赤嶺悠斗の場合ー誰かの、配信ー


「──なるほど、なぁ……」

「どう? どの方向からか、わかるか?」


 俺はあの後、自分の中の全ての力を振り絞ってカメラを持って部屋を飛び出し、『serious』編集部へ駆けこんだ。


 終業時刻にはまだ少し早いが、まばらに人は仕事をしていて、その中に佐久間を見つけた俺はすぐにそのカメラをつきつけ、解析を頼んだのだった。


 カメラをパソコンにつないで、じっとその録画映像を見つめながら音を聞いていた佐久間が、難しい表情で唸る。


「んー……。これ、まるでいろんな方向に反響してるみたいなんだよね。何て言うの? 例えるなら、ピンポン玉。壁に跳ね返って又反対側に跳ね返って、今度は左右、上下、いろんなところから跳ね返ったものが一つになって聴こえてる、みたいな……。少しずつわずかにずれてんだよね、この音声って」

「ピンポン、玉……」


 なんとなく、その表現はしっくりときた。

 一方向だけというよりも、どの方向からも同時に同じ音が聞こえている感覚。

 一か所から1つの声。

 だけどかすかに“ズレ”ているようにも感じる、少しばかり気持ちの悪い、かっちりとはまらない声。


「ピンポン玉、ではあるんだけど、さぁ……。発声源は、多分ここ」

 そう言って指をさしたのは、画面、部屋の中の壁。

 ──そう、202側の壁だ。


「まじか……」

「……なぁ。ちょっとヤバい案件、じゃない?」

「ん。そう、かもな。だけど──」


 だけど、もう少し。

 もう少しで何かが掴めそうな気がするんだ。


「もう少し……もう少しだけ──」

 自分でも何を根拠に言っているのかわからないまま、そう呟いた、その時だった。


「――おい、なんだこれ!! ちょ、編集長!!」

 編集部の奥のほうで、誰かが声を上げた。


「何だよ、今忙し――」

「いいから!! SNS、今!! すぐ見てくださいって!!!」


 ざわっ、と編集部内が異様な空気に包まれる。

 キーボードを叩く音が止まり、椅子が軋み、部屋にいた数人が一斉に一つのモニターに集まった。


「……生配信?」

「アカウント、誰のだこれ。一般人か?」


「っ、これ……」

 画面に映っていたのは、見覚えのありすぎる光景だった。


 薄汚れた畳。剥がれかけた壁紙。

 小さな、6畳間の一角に、赤黒い染み。


「203号室だ……」

 ──そう、俺が今入居調査をしている、みどりそうの203号室の室内だった。


「……おい、赤嶺」

 佐久間の声が、やけに遠く聞こえた。

「これ、お前が今……」

「……ああ」

 俺は思うようにいかない呼吸を整えながら、静かに言った。


「──俺が、今入ってる部屋だ」


 配信は手ブレが全くなく、部屋の隅の方から全体が映るようにカメラが固定されているようだった。


 どこか、奥の方で鼻歌が聞こえた、その直後。


「――――ギャアアァァァアッ!!」

 女とも男ともつかない、甲高い叫び声が、スピーカー越しに編集部を貫いた。


「うわっ!?」

「今の何!?」

「叫び声!?」


 同時に、バックで流れ始める、あの音。


 しゅー……

 しゅー……ぷすぷす……


 なんだろう、これは。

 何だかわからないけれど、とても……不快な音だ。


 この音、大家さんのくれたメモと同じだ。

 たしかあの、3年前の田島慧の録音記録にも、同じ擬音が書かれていた。

 その間にも、絶え間なく遠くで聞こえる断末魔の叫び。


 コメント欄が、凄まじい勢いで流れていく。


 @kokomin

 なにこれ?


 @yoyoyonng

 ドッキリ?


 @skyfarm0102

 声ヤバくない?


 @reikosasami

 え、マジちょっと待って。音おかしいんだけど。


 @goring

 何か溶けてる?


「……溶けてる?」


 すると今度は、画像が早送りになった。

 どうやらこれは生配信ではなく、録画を配信しているだけのようだ。


 再び動画が再生を始めた時には、もう叫び声は聞こえなかった。

 だが音はまだ、聞こえる。かすかに、だけれど……。


『あぁ、やっと溶けてくれた。綺麗に溶けたね』


『ねぇ、聞こえてる? もう、聞こえないか』


 誰かの声がした。

 それからしばらく、鼻歌が聞こえる。


 そして鼻歌が、奥の方からこちらへ近づいてくるように大きくなってくる。


 誰か、来た。

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