第5話:ビジターでの勝利(ゲームセット)と、監督(おれ)の決意

闘技場(スタジアム)の静寂は、驚愕(きょうがく)へと変わっていた。

「エラー娘」と呼ばれたリゼッタが、ゴブリンを翻弄している。

いや、違う。

観客もバルガスも気づいていた。あの奇妙な服(ユニフォーム)の男。あの男の「叫び(サイン)」が、戦いの流れを支配していることに。

「(あと6体! 一気に行くぞ!)」

慎吾の『監督の視点(マネージャーズ・アイ)』は、残ったゴブリンたちの「エラー」を完璧に捉えていた。

「リゼッタ! 相手の陣形(フォーメーション)が乱れてる! ど真ん中(センター)を突破しろ!」

「はいっ!」

「一番デカいやつ! 振りかぶりがデカすぎる! 懐(インコース)に踏み込んでアッパーだ!」

ズバァン!

リゼッタはもう迷わない。

慎吾の言葉(サイン)が絶対の信頼を置く「指示(データ)」となっていた。

だが、残り3体となった時。

リゼッタの動きが、明らかに鈍った。

「はぁっ……はぁっ……!」

(まずい、スタミナ切れか! 完投目前で捕まった先発みたいだ!)

ウィンドウの表示が切り替わる。

> 【選手:リゼッタ】

> * 状態: 疲労困憊(スタミナ切れ)

> * エラー(懸念): 軸足がブレている。次の回避(ステップ)が間に合わない(-0.5秒)

>

そこへ、残ったゴブリン3体が同時に襲いかかる。

弱点(エラー)は見えている。だが、リゼッタに、もうそれを実行する力(スタミナ)が残っていない!

(データだけじゃ、勝てない……!)

「(——なら、両方だ! これが俺の『勝利の方程式』だ!)」

慎吾は腹の底から叫んだ。

「リゼッタァ! そいつは大振りだ! 攻撃(スイング)の後、右脇(インコース)ががら空きになる!」

まず、正確な「データ(指示)」を飛ばす。

リゼッタが「(……でも、体が……!)」とよろめく。

そこへ、慎吾がスタジアム中に響き渡る声で「歌」い始めた。

懐かしい、あの万年最下位のチームが奇跡の逆転(ミラクル)を起こす時にだけ流れる、伝説のチャンステーマを!

「(♪)——勝利を掴むぞピジョンズ! 決めろリゼッタ! オーオーオー!」

その声がリゼッタの耳に届いた瞬間、彼女の全身が淡い光に包まれた!

「え……?」

鉛のように重かった体が、嘘のように軽くなる。

疲労(エラー)が、一時的に「修正(カバー)」されたのだ。

「(いける……!)」

ゴブリンたちの棍棒が、リゼッタが先ほどまでいた空間を空振りする。

まさにデータ通り、全員ががら空きになる。

「今だあああーーっ!!」

慎吾の「指示(データ)」と「応援(バフ)」を受けたリゼッタの剣が、完璧なフォームで、残る敵を一掃した。

『……討伐完了(ゲームセット)!!!』

スタジアムDJの絶叫が、静まり返った闘技場に響き渡った。

バルガスのタイムには及ばないものの、信じられないほどの好タイム。そして何より、リゼッタ自身の被弾(エラー)は「ゼロ」だった。

「はぁ……はぁ……」

リゼッタは、剣を杖代わりにつき、その場にへたり込んだ。

「やっ……た……?」

「……やった! やったぞリゼッタさん! ナイッバッティン(ナイスゲーム)!」

慎吾が、大声で叫びながら、闘技場(フィールド)に駆け寄る。

観客席が、一瞬の静寂の後、爆発した。

「「「ウォォォォォ!!!」」」

それは、昨日までの罵声(ブーイング)ではない。

ビジターのど真ん中で、不可能を可能にした二人への、熱狂的な大歓声(スタンディングオベーション)だった。

「(……勝った。俺たち、勝ったんだ……)」

慎吾は、元の世界では味わったことのない高揚感に包まれていた。

「リゼッタ選手! 慎吾監督!」

記者のパティが、興奮で顔を真っ赤にしながら駆け寄ってくる。

「すごい! すごいです! 『エラー娘、ゼロ封勝利! 謎の監督(コーチ)の手腕、炸裂!』。見出しが決まりました!」

「ぐ……っ」

バルガスが、屈辱に顔を歪ませながら、部下と共に控室へ戻っていく。

「……覚えてやがれ、道化師が」

その捨て台詞は、もう歓声にかき消されていた。

ギルドのカウンター。

慎吾とリゼッタは、再びエルミナの前に立っていた。

周囲の冒険者たちの視線が、昨日とは明らかに違う。畏敬(いけい)と好奇心に満ちている。

「……計測(データ)、確認しました」

エルミナは、分厚いファイル(スコアブック)を閉じ、銀縁の眼鏡の奥から二人を(特に慎吾を)真っ直ぐに見据えた。

「リゼッタさん。オーク及びバレット・フライの討伐報告、受理します。これが報酬です」

「あ……ありがとうございます!」

リゼッタが、震える手で報酬の袋を受け取る。

「そして……山田慎吾さん」

「は、はい」

「あなたの『異議(マネジメント理論)』、大変興味深く拝見しました」

エルミナは、表情こそ変えないが、その声にはわずかな熱がこもっていた。

「リゼッタさんのエラー率 .320を、即席の指導(コーチング)でゼロにする。そして、あの不可解な『強化(バフ)』。これは、既存のデータ(セオリー)では説明不可能です」

彼女は、一枚の羊皮紙(契約書?)を取り出した。

「もしよろしければ……あなた、リゼッタさんと正式に『パーティ(チーム)』を結成する気はありませんか?」

「え……パーティ(チーム)?」

「そうです」とエルミナは続ける。

「あなたの『視点(エラー分析)』と、それを実行できる『選手(リゼッタ)』。そして、それを限界以上に引き出す『応援(バフ)』。このコンビ(バッテリー)は、このベースリアの常識(データ)を覆せるかもしれない」

「……」

「ギルドとしても、あなたの能力(スキル)を正式に『監督(マネージャー)』として登録し、サポート(バックアップ)します。どうですか?」

慎吾は、隣に立つリゼッタを見た。

彼女は、不安と期待が入り混じった顔で、まっすぐに慎吾を見つめ返してきた。

(……二流の監督(マネージャー)。そう言われて、会社(オフィス)から逃げ出した俺)

(けど、ここでは……俺の「エラー」しか見ない目は、誰かの「エラー」を救う力になるかもしれない)

9回裏2アウト満塁。

絶体絶命のビジターゲームは、終わった。

そして今、新しいシーズンが始まろうとしている。

慎吾は、深呼吸を一つして、最強の「女房役(ギルド受付嬢)」になるかもしれないエルミナに向かって、ニヤリと笑った。

「その話(オファー)、受けます。監督(・・)として」

こうして、エラーだらけの俺と、エラー娘の剣士、そしてデータ至上主義の受付嬢(?)による、異世界最強のチーム結成に向けた「契約交渉(トライアウト)」が、今、始まったのだった。

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