リヴァネアの孤狼 ― 水と武で闇を断つ ―

しろねこちゃん

第1話・こんな世界なんかクソくらえ

20XX年某日、東京都内のとある高校。


「おい、杉原!机の中にまた漫画でも隠してんのか?」

森坂蓮夜が笑いながら泰司の机を蹴った。取り巻きがクスクスと笑う。


泰司は顔を上げず、ノートを握り締めた。

「……やめてください」

小さな声を出しただけで、森坂はさらに苛立った。


「なんだと? もっとはっきり言えよ」

森坂は肩を殴り、続けて横わき腹を強く蹴った。椅子ごと「ガタンッ!」と倒れ、泰司は床に崩れ落ちる。

「うっ……ぐっ……」

ノートや筆箱が床に散らばり、唇から小さな血がにじむ。


泰司の体は、合気道や剣道、弓道で鍛えた筋肉と柔軟さを備えていた。

森坂の攻撃は簡単に避けられるはずだった。しかし、振れば相手を傷つけてしまう。だから、必死で耐えるしかなかった。


「弱っちいな、杉原」

森坂はさらに顔を掴み、頭を机に押し付ける。取り巻きが足で腰を蹴る。

痛みが体中に走り、泰司は小さく「うっ……う……」と息を漏らす。


周りのクラスメイトたちは、ちらりとこちらを見て、目をそらす。

誰も助けない。声を出すでもなく、ただ見て見ぬふりをする。

胸の奥で、孤独と怒りがぐるぐると渦巻いた。

助けてくれない奴らの顔が、胸の奥で火のように燃えた。


教師に訴えたこともあった。

「泰司くん、まあ落ち着いて…」

先生は軽くあしらうだけで、何もしてくれない。


家に帰れば、両親も同じだった。

「我慢できないなら殴り返せばいいんじゃないか?」

泰司は言葉を飲み込む。

誰も、俺を救ってくれない。


胸の奥で怒りが膨れ上がる。孤独と無力感が体を重く締め付ける。

この腕力と技量を使えば、森坂たちなど簡単に制圧できる。しかし、泰司は決して暴力で返すことを選ばなかった。


放課後、ビルの屋上。

冷たい風が髪を揺らす。目の前には遠くまで広がる街の景色。

胸の奥の孤独と怒りが、ますます大きくなる。


こんな世界なんか、クソくらえ……!


泰司は手すりに手をかけ、冷たい鉄の感触を確かめる。

武術で鍛えた体も、今は重く、心の強さも空虚に思えた。

そして心の中で静かに決意する。


さようなら、この世界。


深呼吸を一度だけして、視界が揺れ、意識が遠くへ流れていく。

都市の喧騒も、森坂たちの笑い声も、教師も両親も、すべて遠くなった。

泰司の心は、ついに解放されることを求め、暗闇の中へ沈んでいった。


柔らかな感触に包まれ、白い光が揺れる。

小さな手足は自由に動かせず、体全体が新しい世界の一部であることを知らせる。


「おぎゃあ……おぎゃあ……」

小さな声が漏れる。暖かい布に包まれ、柔らかな光の中、すべてが優しく、安心感に満ちている。


胸の奥で微かに、前世の記憶がよみがえる。あの絶望、孤独、そして怒り。

だが、それらはここでは遠く、霞んでいるようだった。


小さな手をゆっくりと握り、口から再び小さな声を漏らす。

「おぎゃあ……」


泰司――まだ名前もない小さな命――は、異世界リヴァネアでの新たな人生を、ゆっくりと歩み始めるのだった。

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リヴァネアの孤狼 ― 水と武で闇を断つ ― しろねこちゃん @tora_shironekochan

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