帰れなかった夕焼け
望海ウミ
帰れなかった夕焼け
雨上がりの午後。
澄み渡る空の朱は、地に広がる水鏡に輝く。
みな早々に帰路について、教室にはあなたとわたしのふたりきり。遅れて顔を出した陽の光に照らされた今も、教室は湿っぽく、籠った香りに満たされたまま。あまり気分のいいものではないけれど。それでも、わたしたちはここにいる。
窓の外を眺めるあなたの髪が風を含んで靡き、瞳は夕陽を映しこんで輝く。奪われたわたしの視線に、あなたはこそばゆそうに笑った。
「なあに」
羽のようにやわらかい声色が、わたしの耳をくすぐる。なんだか照れくさくなって、誰もいない校庭を見つめた。見えるはずもない砂粒をひとつひとつ数えるように、きっとわたしの瞳は揺れている。
「ううん、なんでもない」
「嘘。髪をさわるくせが出ているもの」
思わずその手を背に隠すと、あなたは悪戯っぽく微笑んだ。あなたの前でわたしは、隠しごとのひとつさえできやしないのだ。ばつが悪くなって、顔を背ける。
「当ててあげる。あなたの気持ち」
「……なんのこと」
逸した目を向ける。
透き通るような、すべてを見通してしまうような、あなたの瞳がわたしを捉えて離さない。
「あなたは、わたしのことが好き。そうでしょう」
熱が、あっという間に耳まで染めるのを自覚した。開いた口は、言葉を紡ぐことすらできずに息をのむ。返事を待って首を傾げるあなたの耳に、届いてしまいそうなほどの鼓動。筒抜けになったわたしのすべてを、もはや隠すことさえばからしかった。
静まり返った教室に落ちるふたつの影が、寄り添いひとつになる。触れ合う肌、交わる熱。互いの鼓動が重なるほんのわずかな永遠が、その答えだった。
どちらからともなく顔を見合わせ、くすくすと笑う。この一瞬が、どこまでも長く続くかのように思えた。
青く滲む空、帰れなかった夕焼け。
朱はわたしたちを置いて沈んでゆく。
涼しさを纏う風に吹かれて、繋いだ手の指先が交わる。そのあたたかさが気恥ずかしくて、その気恥ずかしさすらも心地よく思えた。
眠りから覚め瞬く星々を、数えながら歩く。きっとこれからも、こうして並んで歩くのだろう。これまでのように当たり前に、これまでよりふたり寄り添うように。
帰れなかった夕焼け 望海ウミ @mochiumi_umi
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