誰が死人にさよならを告げるのか
有本博親
第1話
◯
──幽霊は存在する。
五年前、アメリカの某有名大学の研究によって、科学的に幽霊の存在が立証されたそうだ。
幽霊の正体とは何か。
簡単にいうと、『熱』だそうだ。
人間が生きていた時に使っている脳の思考エネルギーが、肉体が死んだ後も現実世界に熱エネルギーとして残り続けてしまう自然現象が、幽霊の正体だとか。
なぜ熱が残るのかまでは解明されていないし、熱の正体が一体何なのかまでは研究中らしい。
──それなのに。
世界的に幽霊が存在していると立証されても、世界はなにも変わっていない──。
五年経った現代でも。
幽霊を信じていない人間はこの世にたくさんいる。
私も幽霊を信じていない人間の一人だった。
この目で死んだおじいちゃんを視るまでは──。
◯
私の名前は芳野一澄。
都内の文系Fラン大学に通っている、来年3月には卒業予定なのに11月になっても企業内定が一つも取れていない、就職浪人ほぼ確の崖っぷち大学四年生だ。
一年前、母方のおじいちゃんが亡くなった。
八五歳でステージ4の肺がん。おじいちゃんは病院に入院する前までタバコをやめなかった。
おじいちゃんは近所で有名な変人だった。
三〇代の頃、上司と大喧嘩をして会社を辞めたと思ったら、東北にある金塊を掘り当てて大金持ちになると言い出して一人で金脈探しの旅に出たり、まだフードデリバリーが浸透していなかった90年代前半頃に、岡持ちの全国チェーンの事業をやると突然思い立ち、タクシードライバーの友達を集めて会社を起こそうとしたりして、何かと家族に迷惑をかける偏屈で変わり者のおじいちゃんだった。
おじいちゃんはとにかくやりたいと思ったことがあったら脊椎反射で動く性格だった。
「いいか一澄」
「自分が今日まで生きてこれたのは、世の中が自分を支えてくれたからだ」
「父母だけではない」
「ご近所さんや学校、お店、会社……」
「みんながお前を育ててくれたおかげで今のお前がいるんだ」
「俺は自分を育ててくれた世の中に恩返しすることができるなら、なんだってやりたいと思っている」
おじいちゃんはいつも私に語る口上だった。
大人になった今では、家族に黙って金脈探ししたり会社を倒産させた人がどの口がいうの? とツッコミを入れたくなるが、小さい頃の当時の私の目には、おじいちゃんが『世の中のため』と言って行動しているその後ろ姿が、子供心ながらカッコイイと感じていた。
偏屈で変わり者のおじいちゃんは、家族のことは深く愛していた。
とくにおばあちゃんのことは大好きで、友達や近所の人、馴染みの麻雀仲間にも、必ずと言っておばあちゃんの惚気話を持ち出して、方々の人たちから「もういいって」と言われるぐらい、おばあちゃんの話をよくしていたそうだ。
「こんな俺と付き合ってくれるのは、あいつぐらいなもんだ」
おじいちゃんはいつも私に言っていた。
おばあちゃんはおじいちゃんのラブラブしてくる感じや惚気話を聞かされる度に、気恥ずかしそうに目を伏せてはいるけど、口元はいつも嬉しそうに笑っていた。
私が小さい頃、おじいちゃんとおばあちゃんが仲良く縁側で並んで座ってる姿を見かけることがあった。
二人の並んだ背中見ると、私はすごく幸せな気持ちになって、いつまでも二人とも仲良く幸せでいてほしいと心から願っていた。
そんなおじいちゃんが、昨年死んでしまった。
悲しいという気持ちはもちろんあった。
だけど、おじいちゃんが入院して末期がんだと聞かされた時、近いうちにお別れがあることを私は覚悟していた。
──人間いつか死ぬもんだ。
病院のベッドで横たわるおじいちゃんが、私に向かっていつも言っていた。その度に私はおじいちゃんに「何か言った?」と言って聞こえていないフリをした。
おじいちゃんのそのセリフを聞くたび、私は心の中で「縁起でもないこといわないでよ」とつぶやいていた。今思えば、おじいちゃんは自分が死んだことで、私に悲しい気持ちになってほしくなかったから伝えていたんだと思う。
おじいちゃんのお通夜の日。
──私はおじいちゃんをこの目で見た。
お通夜はおじいちゃんの家で行われた。
私が2歳の頃にひいおばあちゃんが亡くなったらしく、その時にお通夜からお葬式に参列したそうだが、記憶にまったくなかったので、今回が私にとって、初めて経験するお通夜だった。
想像と違って、お通夜は慌ただしかった。
木魚を叩きながらお坊さんが読経をしている中、お父さんやとお母さん、身内の大人たちが参列者の方に挨拶をしているし、年齢が幼い従兄弟たちは、普段寝ている時間に起きているのもあって妙に興奮してしまって、家中を駆け回ろうとしている。
私や高校生の弟が走り回る従兄弟たちを静止させるのにいっぱいいっぱいだったので、おばあちゃんに誰も付き添っていなかった。
お母さんから「おじいちゃんにお焼香をしなさい」と言われた私は、従兄弟たちの面倒を弟に託して、棺桶の中で仰向けに寝ているおじいちゃんにお焼香を行おうとした。
おじいちゃんの遺体の前でお焼香をおでこに当てた時、ふと気配を感じて私は振り返った。
畳の上で正座をしているおばあちゃんの後ろに、おじいちゃんが立っていた。
最初、自分が何を見ているのか、理解ができなかった。
見間違いか何かだと咄嗟に思い込もうとした。
今の今まで、幽霊については肯定も否定もしていなくて、怖い話は嫌いだったのでなるだけオカルト系は関わらないように生きていたクチだった。
おじいちゃんが死んだことでショックを受けたせいで、幻覚を見るようになったのか。でも、こんなにもはっきりとした形で幻覚は見るものか。
周りの様子を見ても、おじいちゃんが立っていることにまるで気づいていない様子だった。
心臓がどくどくと脈打ち、私は胸をギュッと抑えた。
今見えている異様な光景に対して、私は目を伏せて唇を噛んだ。
──こんな俺と付き合ってくれるのは、あいつぐらいなもんだ。
おじいちゃんの幽霊を見た私は、おじいちゃんが生前、私につぶやいていた言葉を思い出す。
私はおじいちゃんの幽霊を見て、ショックを受けた。
おじいちゃんは、項垂れて悲しい表情を浮かべるおばあちゃんの後ろに立っている。
うめき声をあげながら、おじいちゃんは、おばあちゃんの首を力いっぱい両手で締めていた。
翌日、私は四三度の熱を出して病院に入院した。
入院先の大学病院にあった神経科で、私はおじいちゃんの幻覚を見たと正直に告げると、神経科の医者は私のことを笑わず、冷静な態度で『心霊科』の紹介状を書いてくれた。
近年、身内が亡くなったことで『霊視』に目覚める人のケースは多いそうだ。
その数は毎年上がっていて、国内だけで五万人は超えているらしい。
私は霊視の訓練を受けるため、一年間、病院に通った。訓練のおかげで、道端で幽霊を見かけても気絶したり動揺することはなくなったが、就活する時間を犠牲にした影響で、四年生になっても内定をもらっていない危機的状況に陥ってしまった。
「気持ち悪いな、お前」
幽霊が視えるようになったことを彼氏に打ち明けたその日、一方的に振られてしまった。
大学の友達も減って、教授や周りの大人からも奇異の目で見られるようになった。
おじいちゃんの幽霊を視たことがきっかけで、私の人生は大きく変わったような気がする。
──なぜ私は幽霊が視えるようになったのか。
怪談話も都市伝説も興味もなければ大嫌いな私に、この不思議な能力が得られたのには何か理由があるのかもしれない。
運命なんて言葉は幽霊以上に信じていなかったけど、もしかしたら、私のこの霊視能力が、何かしらの意味を持って誰かから与えられたのかもしれない。
たとえば。
もしかしたら死んだおじいちゃんが。
自分が死んで悪霊になって、家族に危害を与えないように……霊視能力を持った私に見張ってもらうために。
私に、幽霊を視る力を与えたのだろうか。
心霊科の医者に思い切って相談をしてみた。
医者は「可能性は否定しないが、今の研究ではまだ証明されていない」と言われた。
多分、きっとだけど。
この霊視能力には、私が思うような特別な意味なんてないのかもしれない。
計算が早かったり絵を描くのが上手なのと一緒で、たまたま自分の中で埋もれていた才能のひとつなだけかもしれない。それ以上に、深い理由はない気がする。
──だけど。
私に授かったこの霊視の力を使って、何か世の中のためになることをしたい。
別にスーパーヒーローとか大それたモノになりたいわけじゃない。
おじいちゃんがいつも言っていたみたいに、少しでも私の力で世の中に役に立つことがあるなら、私は自分のためではなく、困った人のために使いたい。
そうすれば──。
死んだおじいちゃんも天国で喜んでくれるかもしれない。
霊視の訓練を受けていた最中、生意気だけど私はそんなことを考えていた。
四年生が始まった四月のタイミングで、私は片っ端から神社仏閣、もしくはキリスト教関係で、霊視を必要とする仕事の応募がないか調べてみた。
調べた結果、霊視能力を必要とする仕事はなく、きちんとした宗教法人で就職する場合は、専門の修行を受けるか偏差値の高い宗教系の大学を卒業しないとダメだということがわかった。
何より、僧侶になるにしてもシスターになるにしても、宗教の信者になることが絶対条件になる。別に宗教にハマりたいわけじゃない。私の目的とは相反するとして、宗教関係の仕事は早々に切り捨てた。
霊視を使った職業について他にないか調べみたが、どれもこれも胡散臭い新興宗教の勧誘営業か、高額請求するインチキ霊媒師のバイトしか見つけることができなかった。
心霊科の医者も言っていたが、霊視能力が社会のスキルになることはほとんどないそうだ。
幽霊の存在が立証されたとはいえ、そもそも幽霊が見えない、信じていない人の方が圧倒的に多数派の世の中だ。
大多数に向かって幽霊が見えることをアピールしたところで、気持ちがられるか揶揄われるかのどちらかしかない。
だから、霊視能力保持者の人は、自分が幽霊が視えることは伏せていることがほとんどだそうで、中には家族にも打ち明けていない人もいるそうだ。
──幽霊が視える人にとって、生きづらい世の中だ。
たとえ幽霊の存在を科学的に証明されて、少しずつ幽霊の存在について肯定派が増えてきたとしても、何百年も培われた「幽霊が存在しない」という常識を覆すことは難しいことなのかもしれない。そう医者は私に言った。
ちょっと無理かも……。
霊視を使った仕事を探すことに疲れを感じてきた私は、現実に目を向けるようになり、新卒採用を締め切っていない企業を探し始めた。
そんな時だった。
スマホの画面に『株式会社ホワイトクリーン』という特殊清掃の企業からスカウトメールが届いていたことに気づいた。
“霊視能力をお持ちの方急募‼︎”
“あなたの特技を弊社で活かしてみませんか?”
登録していた採用サイトからの広告メールだった。
内容もテキスト文書だけの簡素な体裁で、ぱっと見は迷惑スパムみたいなメールだった。
だけど、私はこのメールを見て、気持ちが昂った。
私はメールに返信すると、すぐに担当者から返信がきた。
面接の日程はトントンと決まり、私は株式会社ホワイトクリーンの採用面接に臨むことになった。
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