君の目を見れなかった
「別れてください。」
そう言いながら必死に頭を下げた。
彼女を切り捨てるという罪悪感と、どうにか了承してくれという身勝手な焦燥感で、ぶるぶると手が震える。
彼女が沈黙してどれくらいの時間が経っていただろう。
体感では数分から数十分ほどにも思えた間の後、小さな声で彼女が「いいよ。」と言ってくれた。
酷い話だが、その言葉を聞いて真っ先に口をついて出たのは「ありがとう。」だった。
流石にまずい、と思いながら「本当にごめん。」と、それらしい声音で謝罪を何度も口にした。
気まずさで頭を上げることは最後まで出来なかった。
彼女とは大学の頃に知り合い、すぐに仲良くなり交際へ発展した。
それから四年付き合い、結婚も視野に入れ始めていた所で新しい恋を見付けてしまったのだ。
彼女と付き合いながら関係を持ち始め、俺の心は簡単に新しい恋へと移ってしまった。
彼女に対して気持ちが無くなった訳じゃなかったが、彼女を想う気持ち以上に罪悪感の方が強くなってしまったのだ。
だから別れた。罪悪感の根源である彼女を切り捨てた。
彼女と別れた帰り道、俺はすぐに新しい相手へ電話を掛けた。
その時にはもう罪悪感なんて少しも感じていなかった。
だって許されたのだから。
いいよ、と言われたのだから。
これで心置き無く新しい相手を愛せるのだと、そんな未来への希望でいっぱいだった。
結局、新しい恋は上手くいかなかった。
彼女ほど気も利かないし、優しくない。いい所なんて顔だけじゃないか。
(こんな事なら彼女と別れるんじゃなかったな。)
延々続くくだらない愚痴を聞き流しながら、スマホの連絡ツールに残っている彼女の連絡先をタップした。
優しい彼女の事だ。話くらいは聞いてくれるだろう。
そう思いながらメッセージを打ち込み、送信ボタンを押した。
【久しぶり。元気?もしよかったら飯でもどう?】
シュポッという効果音と共にメッセージが送られた画面を見て、また胸がわくわくしてきた。
まるで初めて大学で彼女に恋した時のような高揚感だ。
やっぱり俺には彼女しか居ないのだと確信した。
予想通り、返事は返ってきた。
通知音が鳴るなりスマホに飛び付き、にやにやしながらトーク画面を開いて固まった。
【会わないよ】
それだけだった。
もしかしたら冗談かも、と思い、数分放置してみたが一向にメッセージは増えない。
俺は慌てて文字を打ち込んだ。
【どうして?】
【別れたから】
【飯ぐらい行こうよ】
【なんで?】
その文章を見て指が止まる。
なんでって。なんで?別れたのになんで?
そんな文字が浮かんでくるようだ。
やっぱり好きだから、なんて、どの口が言えるんだ。
あんなに勝手に捨てておいて、まだ彼女が自分を好きでいてくれてるとどうして思い込んでしまっていたのだろう。
俺はやっと自分の軽率な行動を後悔した。
冷や汗のせいで額が冷たい。
指先がかじかんだように感覚がない。
【あの時は本当にごめん。
俺が悪かった。ごめん。
もう一度友達からやり直したい。】
今度のごめんは心からの謝罪だった筈だ。
もしもあの時、こんな風に謝れていたら、まだチャンスはあったかもしれない。
一ヶ月経った今でも既読のつかないメッセージを見て、やっと俺は喪失感に襲われて泣いた。
そういえばあの時、別れを告げたあの時、彼女はどんな顔をしていたのだろう。
同じように泣いてくれていたのだろうか。
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