花天月地『紫闇』

七海ポルカ

第1話




 奥庭の池のほとりに甘寧かんねい陸遜りくそんがいた。


 池に浮かんだ睡蓮の花を指差して、なにか笑いながら話している。

 二人の関係を知っている呂蒙りょもうは最初の頃、この二人が共にいるところを目にするとわけもなくぎくり、としたものだったが、最近ではそれも慣れて戦の合間に時間を見つけては仲睦まじく笑い合っている二人を見つけると、反対に微笑ましくなるようになった。

 まるで忘れがちな平穏な日常を見つけたように気持ちになるのかもしれない。

 嬉しかった。


 ……見る者が見たら、

 あの二人の間になにか他の者にない絆があることにきっと気づく。

 

 だがそれでもいいではないかと呂蒙は思う。

 あの二人は共にいることで甘寧は平穏を、陸遜は強さを手に入れた。

 それは、良い形で呉への働きに還元されているのだから。



「あら、心が洗われる光景ね」



「姫」



 呂蒙は孫黎そんれいの姿に一礼をした。

 彼女はひらひらと手の平を動かしてそれに応えると、呂蒙の隣に立って同じように二階から池のほとりを見下ろした。


「……なんか、甘寧が誰を好きかなんて一目瞭然よね」


 孫黎は笑う。

 呂蒙も苦笑した。


「……不思議です、あの二人は。性格も正反対、戦においても担う部分は随分違うのに、ああして会うと何とも言えない雰囲気を作る」

周瑜しゅうゆさく兄様なんかも近いものがあるわよね」


「ああ、そうですね」

 甘寧の投げる小石が描く水紋を見守る陸遜の表情は和やかだ。


「我々の国だけではない、蜀でも劉備りゅうび殿とその腹心関羽かんう張飛ちょうひの三人は遠い昔に義兄弟の契りを交わされた仲だとか。

 ……この時代、別々の場所に生まれた者達が同じ場所に生き、共に命を賭して戦っております。不思議な縁というものがあるのやもしれませんね」


「そうねぇ。あなたは?」


 孫黎そんれいが呂蒙に聞くと、呂蒙は腕を組んでうーん、と考え込んでから「俺はまだ、独り身です」と笑った。


「同じね。私もだわ」


 孫黎は二階の廊下の手すりに腰掛け、溜め息をつく。



「……いいわね。会ってみたい。私も、不思議な絆を実感出来るような相手に」



 呂蒙が孫黎そんれいを見たが、彼女は一瞬間を置いただけで立ち上がり、元の明るい表情に戻った。


「策兄様から伝言よ。今夜軍議を開くから出席するようにって。あの二人にも伝えといてちょうだい」


「夜ですね、分かりました」


 孫黎を見送ると、呂蒙はもう一度眼下を見下ろす。

 軍議は夜からだという。


 ――もう少しあのままにさせてやるか。


 呂蒙は笑むと、一端自室へと戻った。



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