【GAME原魔勇】 不遇王子スタートで完全攻略、リアルなこのゲームセカイで俺は……!

山下敬雄

GAME1

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 勇大陸にある最前線武装国家のひとつ、メイヂ国。その国の第九王子であるカール・ロビンゾンは、王命で出向いた魔物狩りの任の途中、旅の物資を補給するためベヌレの街へと訪れた。


 しかしその駐留地点の白昼の街中で、彼の身に予期せぬ事態が起きた。


 路地裏からいきなりあらわれた黒装束の者に、すれ違いざま、腹部を鋭利なリザードナイフで抉られ第九王子カール・ロビンゾンは毒殺された────はずだった。

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 いつものように俺は、寝落ちするまで〝VRカプセルベッドⅡ〟の中に寝転んでいた。


 近頃の流行りである、昔の名作ゲームの豪華VR化リメイク。昔遊んだ懐かしきあの冒険が、今はプレイヤーのもっと間近に映る。映像体験をリッチに補正し直し、まるでそのゲームの世界そのものに浸っているような感覚を味わえる。そんな一本の映画よりも満足できるVRゲームとして、大幅にパワーアップして帰ってきたのだ。


 そのブームのせいもあってか、俺はこのところ大忙しだ。起きている現実よりもVRのセカイに浸っている時間の方が長い、もう随分とそんな生活を繰り返し続けていた。


 コーヒー味のキャンディを口に含み、いつも通りの目の冴えてきた深夜から、今日も今日とて今夜とて、ダウンロードした新作VRゲームのプレイに勤しんでいた俺。


 俺という一介のゲームプレイヤーは、今、ひどい筋肉痛にやられ目覚めた。


 ひどく脇腹が痛むのだ。ひだりの脇腹のあたりが。


 これはいったい何故だ? 寝る前にはちゃんと全身のストレッチをするのが習慣だ。ゲーマーを自覚しながらも、すこぶる健康体でもあるのが俺の誇るくだらないアイデンティティの内の一つのはずだ。


 しかし、今、その取るに足らないアイデンティティが大きく揺らいでいる。いや、揺らいでいるどころか、痛いのだ。何度も言うように左下の脇腹のあたりが。電子的、数値のやり取りのダメージではなく、物理的、肉体的な痛みを伴っていると表す他ないのだ。


 ちょと待て、左下のここってまだ脇腹だよな? 脇腹っていったいどこまでが脇腹だ? 


 ────ちょと待て、さっきからそれしか言ってない気もするが待て、待てと言うのだ俺が。待ってほしいのだ、ちょっと。


 いや……そんなくだらねぇ言葉遊びにも満たない事にかまけているよりも、この状況もしかして……。


 俺って今、【王ヂ】? ここがベヌレの街なら【こいつ】が山賊狩りをサボったルートの?


 ……しかし痛すぎだろ、俺の脇腹が……そう表現せざるをえない。まったくいきなりどうなってやがる。


 俺の見る変な夢と寝落ちしていたゲームがどこかで同期でもしているのか? 痛覚リンクシステムなんて技術が実現できるのは、あと二世代は先になるって、このVRカプセルベッドⅡを作り上げたメーカーの弐創にそうのお偉いさんが言っていたが。風のあらぬ噂では、もうなんか俺の寝そべるこのⅡにも先を見据えた実験機能が密かに仕込まれていて、購入したユーザーのデータを取っているとかなんとか……。


 ってマジで今はどうでもいいな、そんなマニアックな業界の話は。


 まぁ実際のところVRゲームってのは、自由度と臨場感が今までの物よりも増加した反面、出くわすバグってのもまだまだ多いしな。そうそう、プレイしていたゲームを自発的に終了できなくて、気付けば四日間もゲームの世界をそのまま彷徨っていた……なんて、笑える珍事小話を小耳に挟んだこともあるしな。


 とすると、これも何かの動作不良だろうか。俺もあとで誰かに笑って語れるような物語ネタを手に入れられるのかな、ハハ。



 あ、ナラ! えー従者の【チョコ】に視点変更っと。


 よしこれで、あれ?


 なんで俺はうごかないマグロの操作をこう……しているんだろう。これってスキップ不可のイベントシーン?


 何故か今居る【不思議の星の隠し店屋】で、左脇腹がクソ痛くなる最弱王ヂさんの貴重なイベントシーンがはじまっている?


 あ、わかったーーーー。寝ぼけた俺が、なんか操作をまちがってVR死体体験Ⅵとかを、今ダウンロードしてプレイしてたりする?


「なわけねぇよなぁ!!!」


「ひぃっ!!?」


 ソバカス顔のメイド従者、〝チョコ〟が突っ立ち驚いてやがる。当然だ、夏の終わりのセミの死骸みたいに地べたで動いてないヤツが突然元気に鳴きだしたら、俺でもちょっとはびびる。


「痛てててて……てか痛ててて!」


 そんな目で俺を見下すなよ従者。せめてなんかしろ、傷薬とか聖水とか慈悲とか適当に喋るこの死体にぶっかけろ。


 ってとにかく考えろ。おそらく俺が自操作するこの王ヂは山賊狩りに出向かず、今現在ここに居合わせた仲間がいつもこきつかっているメイド従者のチョコしかいない。そしてそのルートは、アイツとの親愛度が低すぎると……いや、アイツとアイツが高すぎるとたしか発生する──通称【怠け王ヂ極秘毒殺ルート】だ。


 それはそれで台詞とシナリオが通常からかなり変化する仕掛けのある面白いルートだが……っておもしろくねーー! 


 コントローラーを片手に俯瞰するならまだしも、実際に動かない毒マグロを直接操作してておもしれーわけがねぇ! てことは待てよ……俺ってもうすぐ毒の継続ダメージ次第で死──


「ちょっとー、ここは死体置き場じゃあっりませーん。死体はスケルトンになる前に教会に帰った帰った。──えーっと、骨ものこさないビッグサンダーの魔術書はっとどこかなどこかなー」


 ふざけた銀髪のトンガリ帽子は、世界各地旅するどこにでも湧くこの特別な店の店主だな。そんで【ビッグサンダー】の魔術書なんて、序盤から浴びせられたら確実に死ぬ。てかマグロに対してオーバーキルだろ、笑えねぇな。


 あぁー、あとこいつを無計画で仲間にすると便利な隠しショップが今後一切使えなくなるから、勧誘したいならここで買うものが無くなるぐらいにコンプしてからがいい、そこだけは初プレイする際には非常に注意が必要だ。俺も泣く泣くやり直した記憶がある。


 って敵になるなんてきいてねーぞ、こんなとこまでリアクションの変化に手間がこんでて泣けるぜ。この王ヂのチリゴミみたいな扱い。


「るせぇ! 銭の亡者のえせ魔法師ども! 俺はちょっと床で涼んでるだけの上客だーー!!! 王子だぞ王ヂ!!! 身なりから金持ちに決まってんだろ!!! (って言ってもこんなゲームおそらく序盤に不思議の星の店で買えるようなまとまった金があるわけがねぇ──王ヂ以外はな)おいっチョコ! 帯剣してる俺の剣を俺からはずせ、命令だ」


「は、ふぁイ!!?」


「いつつつつつつ馬鹿!!! それは俺が絶賛ブッさされてるおナイフさんだぁーーー!!! 財布でもねぇ!! あるだろうが無駄に豪華な剣がーー!!!」


「え、あはい、触っても!?」


「触れさわれーー! 勝手に触っていますぐ持ってけ! そのへんの山賊でもご丁寧な許可なんてとらねーぞ。遠慮したらゲンコツもんだ!」


 よく声を出す、死にぞこないの主人の圧と命令にしたがい、従者チョコはおそるおそる腰を屈め手を目一杯伸ばした。そしてお腰につけた華美な装飾のされた金鞘の剣を、王子から奪った。


「ってなんで抜いてんだ」


「えっと、こっこれでブッさすのでは?」


「誰にだよ! ──馬鹿、だれがダレに介錯求めたってんだよ! 王ヂだぞ勇大陸メイヂ国のとても偉い王ヂだぞ! 刺した時点でお尋ね者に決まってんだろうが! そんなに俺のこと恨んでるのか! ハッ、人間こういうときこそ本性が出るぜ! わかったわかった昨日勝手にお前のバッグからたのしみにとっていた【イナヅマチョコ】を食いまくったのは謝るから! さっさとそれをそこの店主に売ってこい! そしてボタン連打して購入した【妖精の粉】を今すぐよこせ。毒のスリップダメージで尊き王ヂがそのうちお陀仏になっちまう前にな! 無駄チョコ菓子を買うなよ! 勝手に他人の命諦めてんじゃねーぞ、俺はまだまだこの死体もどきから始まったクソデータをあきらめてねぇーからな、セーブしろセーブ、俺を! 王ヂを! オマエが!!」


 死体もどきの茶髪の王子から次々と、うるさい言葉のマシンガンを浴びせられた彼のメイドで彼の従者であるチョコ。


 気の弱い彼女は、雇い主の怒り唱える念仏みたいな注文をおそるおそるも聞き直し。取り上げた金ぴかの剣を動けない尊大な王子様に代わって、店のカウンターへと売りに行った。







 王子カール・ロビンゾンがついに辛い毒の病から回復し、生暖かく汗の染みた木床のベッドから起き上がってしまった。


 メイドのチョコは可愛らしいソバカス顔の絶望顔で、眼前に佇む不敵な笑みを見せる王子と、今、見つめ合い、とても喜んでいるようだ。


「おい、【妖精の粉】ひとつ買うのになぁぁぁーーんでそんなに時間がかかる? 理由を言ってみろ、おチョコさん? 絵本からとびだした妖精さんのいたずらで、売り切れてでもいたかーー?」


「そっそそそそそそのーそのー……メニューを上から下までさがしても、ぜんぜんみつからなくて……」


「メタいこと言ってんじゃねーぞ!! 俺がメニューカーソルでチクチクあそんでいる間に、この程度の毒と脇腹痛でくたばってるとでも思ったかーー!!」


「ひぃっ!?? ごめんなさごめんなさいぃ……」


「ったく、おおかた俺の命と引き換えにまた無駄チョコの1ケースや1ダースでも大人買いしようと算段していたんだろうが……お、待てよ??」


「ちょっとーあと30秒で出ていって、店のまわりにぞろぞろ、たむろされると困るんだけどー。えーっと雷適正はじゅうぶん、さすがわたし、えとえーーーとビッグサンダーの習得方法はっと」


「だから待てよ星屑の商売人、〝コイツ〟であと3分延長だ。ソレとソレもな────さぁて…………怠けた人生の振り直しのじかんだぜ、ハッ」


 腹のナイフを豪快に引き抜きそのままカウンターに置く。イカれた顔つきの男が、とんがり帽子をピンと立たせた銀髪の女店主と、商品棚を指差して笑いかけた。





▼▼

▽▽





「へっへ。ここに逃げたな」

「間違いねぇチョコ菓子のにほいのするオンナダァ!!」

「血のにおいじゃねぇのかよ」

「死んだ男のにほいなんて覚えざいねぇーーほいっ」


「「「「ギャーーーーッハッハッハッハ」」」」


 隠遁のマジナイのかけられた隠しエリアの平原に、ぽつんと佇む不思議の星の店。その店前に、たむろして騒いでいる若葉色のバンダナをつけた迷惑客たちがいる。


 のどかなみどりに不穏な空気がざわざわと漂い始めたそのとき、星型のこじゃれたドアが開いた。


 そして、一歩一歩、勇み外に踏み出す。開いたドア先から出てきたソバカス顔の女が、古杖を手に持ち構えて、小刻みに震えながらそこに立っている。


「おだちん……おだちん……イナヅマチョコ……」


 奇妙な念仏を小声で繰り返し唱えながら、ソバカス顔の小娘が一人立っている。


 もう既に若葉色バンダナの輩たちが、出てきたメイド服のその女に、にじりよって来ている。


「へへへ、えらいねえらいね、ひとりででてこれてえらいねぇ……オラ!! さっさと大人しくしやがれソバカスゥ!!」

「チョコのにほいチョコのにほいいいいいいいいダウナーメイドのチョコのにほいいいいいいい」

「アァン?? そんなへんてこな杖構えてナニしてんだゴラァぶち犯すぞ!!」

「魔法なんて練り上げるなよ? 練り上げるなよ? その瞬間、俺の石斧でアタマぽぽぽんダゾ??? ダゾ???」



「おだちん……おだちん……イナヅマ……チョコぉお……!!!」



 派手な雷電のオーラがチョコの全身から漏出する。狂った覚悟が呼び覚ます、危険な危険な【魔法発練】の匂いに────


「クッソ殺せーー!!!」

「殺すな半殺せーー!!!」

「あぶないニホイいいいいいいい!!!」

「ブチ切れたぜブッチギレたぜえええドタマまで冴える【ぽぽぽん】喰らえッ、ヤーーーー!!!」

『テメェ〝ら〟がな。【パワーブーメ】!!!』


 それは剣よりも速く、それは剣よりもしなやかに曲がり、手元を自由に離れ自在に風に乗り、風のみちびく獲物を切り裂く。


 店の横窓を割り、右にとびだした──やがて左を横薙ぎに流れるような美しい軌道で。

 首筋、ドタマ、左脇腹、右脇腹、敵兵のクリティカルポイントをひと薙ぎに縫うように貫いた。


「名付けて、テンプテーション&クリティカル、──パワーブーメラン」


 白目を剥いて汚いアワを吹き出して────。


 虚仮脅しの大魔法のオーラを発していたメイドのチョコに見事につられ、襲い掛からんとしていた4人の賊たちが、一斉に草地に倒れていく。


 緊迫の刹那に飛び交った白鳥は、かの者の手元へと今ばっちりと戻った。


 思い描いたように賢く帰ってきた白骨のブーメラン。その手応えとその曲線美を王子は手元におさめ、ゆっくりと撫で上げた。


「さぁ、今宵潜ろうか。設定難易度はおそらくベリーハード、【GAME原魔勇】の新たなセカイをよ……!」


 草色にとけこむ若葉バンダナの案山子どもなど、投げ心地を確かめるただのチュートリアル。


 飾られた重苦しいだけの黄金の剣を捨てて、今、手になじむ新たな武器と、新たな能力値で。


 王ヂ兼プレイヤー、カール・ロビンゾン第九王子のあらたな人生たびが始まってしまった。





⬜︎登場キャラクター

カール(リセットのタロット9)


ぱわー⬛︎⬛︎⬛︎

かたさ⬛︎

きよう⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

はやさ⬛︎

まほう⬛︎


装備

コンパクトボーンブーメ

なし

なし


メイヂ国の第九王子。従者のメイド兵たちを引き連れて魔物狩りの旅に出た。

メイド兵ではない剣士のアモンと魔法師のクピンとは、雇う従者でありながら唯一彼が気を許せる同世代の幼馴染である。

日頃の怠けと浪費癖と女遊びでいい噂を聞かない王子であるが、父王の此度命じた魔物狩りの任は、頼れるアモンたちと一緒に自分ものらりくらりこなすつもりだ。

能力値は尊大な態度とは裏腹に平均的であり成長も平凡で遅いが、ゲーム内では彼にしか扱えない武器もあるのだとか。

しかし現在のカール王子の能力値は不思議の星の店で購入した、救済措置アイテムでもある【リセットのタロット】を使ったことで、きようさに尖った歪なものになっている。



チョコ

ぱわー⬛︎

かたさ⬛︎⬛︎

きよう⬛︎⬛︎

はやさ⬛︎⬛︎⬛︎

まほう⬛︎⬛︎⬛︎


装備

へんてこな杖

ショコラメイド服

ミントブリム


お金に困っていたところメイヂ国の王家に拾われ、カール王子の従者として雇われた下位メイド。

おもにカール王子の不満のはけ口にされ、ていよくこき使われてしまう。

お使いを頼まれたときには、水増しして無駄チョコを買い込んでいるのだとか。

⬜︎










 カール・ロビンゾン王子は、メイヂ国に伝わる由緒正しきブーメラン操作術で、不思議の星の店前に現れた賊の四馬鹿を倒した。


 トレードマークの若葉バンダナ。汚い根性に似合わないその鮮やかな色を頭に巻きつけたこいつらは、山賊の仲間であり、このベヌレの街一帯に日常的に生活をしながら溶け込んでいた。


 そして、住み着いたそんな狡猾で横暴な賊連中に困っていた善良たる街の住人たちに依頼され、山賊狩りを二つ返事で勝手に受け合ったのは、カール王子。


 ではなく、カール王子の従者であるアモン・シープル。今頃ヤツらのアジトに向かったそいつは、賊主催のパーティーに手厚く歓迎されていることだろう。


 つまり、この街自体が着々とのっとられつつあった、半分山賊の支配下でアジトだったってことだ。


 外面だけは旅人を歓迎しているが、実際は半分、悪どいヤツらと結託をしているのが実態だろう。勇大陸は原大陸とちがってほとんど無法地帯だからな。俺のいえとちがって、街の規模の治安水準はこんなもんだろ。賊にオチたヤツも、平原を闊歩する魔物ぐらいそこらにいるぜ。


 あぁ、もちろんアモンに山賊狩りを依頼した住人は善良なんかじゃねぇ、だが今ごろ良心はそこそこ痛んでもいることだろう。


 そして俺は、あれからついでの追加で、押し寄せる若葉バンダナの馬鹿どもを、15馬鹿ほど肩慣らしがてらに狩っておいた。


 料理方法はというと、賊の1匹が持っていたアイテム【天使の呼び鈴】というアイテムを使い、もうひとつの【天使の呼び鈴】に共鳴させラブコールをした。そして、店前の隠し草原にあらわれた新手の若葉バンダナ隊を芋づる式で……ってわけだ。


 その辺に死体が転がっているが、王ヂの成長速度は激渋だからな、きっと腹の足しにもなんねぇ。


 おそらくな? さっきから獲得経験値がバグって表示されねえから、それも分かんねぇが。せっかくリセットのタロットで苦労してブーメランが使えるきようさを手に入れたってのに──まさかこれ以上レベルアップしないなんてことねーよな?


 まぁゲームとしての救済措置は色々設けられていることだ。……はずだ。それより、そろそろ不意打ちで増援の雑魚どもを美味しくいただくのも飽きたことだ。先に進みたいところだが──


「こいつで最後か。おい番犬、ホイ番犬、他に今街にいる馬鹿バンダナの仲間はいねぇな」


「クセになる……ヘンなにほいほい……。いないほい……ご主人様」


「きっしょくわりーから俺のメイド以外で俺のこと、ご主人様っていうんじゃねぇぞアホ番犬、その鼻へし折られたいか」


「ホイ……若旦那ァ」


「若旦那か? リアルで言われたことなんてねぇが、まぁいいだろ。よし、じゃあそうだな? さっそくてめぇの〝元ご主人様〟のアジトへと案内しろ」


 やべっ、素で場所をどこか忘れたぜ。なんせ20年前のSRPGのVR化だからな。てかこの山賊イベントに王ヂ視点のイベントが組み込まれてあるなんて、驚きの初めてだ。プレイに少々の粗がでるのも致し方ない、今回なんせ追加要素も多いと噂だしな。そもそもジャンルがアクション系にうまくおとし────────。



 まだこの空気と体、立つ地の感触に慣れないカール・ロビンゾンは、色々と思考を巡らせながら、地に腹を見せ寝そべる犬人間の踏み台を踏み続ける。


「わ、わかったホイ!! ケ、蹴らないでホイ!!!」


 使えそうな特殊能力持ちのユニットは、変態だろうがとりあえずキープだ。まぁ今後切ることになるかもしれねぇが、序盤だからな。こんなのでも、いないよりマシだろう。


 装備させたおしゃれな犬の首輪は、不思議の星の店主がサービスして譲ってくれた。その辺の死体処理も、こいつらが不浄のスケルトンになる前に、魔法で焼きながらしてくれるとのことだ。


 これで準備に抜かりはない。というかお金がないので、店主も俺もお互いに用はない。


 次へすすむ時が来た。


 苦い表情をした従者のチョコにリードを持たせて、元山賊で番犬男のホイ(仮)の散歩係に任命した。かるく準備を整えた俺たちは、滞りなくそのまま山賊のアジトへとその足で向かった。











 戦闘中のどさくさにまぎれ、女盗賊頭から投げ放たれたするどいナイフが、白い太腿を掠めた。


 魔法師のクピンは咄嗟にすばやく反応しながらも、白肌を一筋赤く染め上げられてしまった。


「しまった?? クピン大丈夫か!?」


「ちょっとかすっただけ大丈夫!! アモンは前だけ見てて!!」


「くっくっく、これはこれは、やけにしぶとい袋の鼠だねぇ。オリーブ山賊団のアジトに、わざわざハイキングしながら歯向かいにくる──馬鹿がいるとはねぇ!! ハッハッハ!! 必死に食らいついて、なかなか可愛いことじゃないか」


 女盗賊頭のオリーブは、バンダナからはみ出た豊かな癖のある白髪を、ひとつ優雅になびかせた。


 どこぞのパーティー玩具のように、幾本ものナイフをブッ刺した葡萄色の血を流す樽の上に、オリーブは腰掛けながら。また一本、刺さっていたナイフをその手に取り、自分のアジトに誘い込んだ獲物たちにイヤな笑みを見せた。


「お前がここの頭か! なぜ山賊行為をする! ベヌレの街が泣いているぞ!」


 執拗に取り囲もうと殺到する山賊たちの斧や剣の攻撃を、幾度もすばやい身のこなしで対処する緑髪の剣士。アモン・シープルは、ようやく姿を現した女盗賊頭に怒る剣を振るい向け、部下の山賊を次々と斬り捨てながら問うた。


「アッハッハッハそいつは傑作、ウソ泣きかもねぇ!! 坊やみたいなかわいい正義マンをだ・ま・す」


「なん…だと……??? ──ッ!」


 言葉で動揺を誘いながら、ゆったりとした女の所作からタイミングをズラし放たれた投げナイフは、緑髪の剣士の剣に、またはじき落とされた。


 思った以上の反応としぶとさに、女盗賊頭は舌打ちをしながらも、山のように湧き出てくる部下たちに、その若い剣士の相手を押し付けるように号令をかけた。


「チッ──よし、野郎どもかかりな!!!」


「姐さん、オレあいつ、つよいこわい」

「るさいねぇ!! あの美剣士をぶっ殺す気概でいきなさいな!! あんたブサイクなんだから戦闘で負けてんじゃないよ! 腐ったメンタルにしけったマッチで火つけて数で圧すんだよ!!! 頭つかいな!!!」

「姐さんソレて精神論!??」

「面で大差で負けてんのに精神でも負けてちゃあんたに帰る家はない!!! 嫌ならよその子になりな!!! そのヨダレ血まみれの服もこれからは自分で洗濯するんだよ!!!」

「オレ、アイツ、コロス!!!」


 オリーブは、へたれな面をした大男の部下に発破をかける。

 図体だけは勝っている大男は、ふるえるメンタルに後戻りのきかない火をつけて、緑髪の美剣士へと大斧を担いで襲いかかった。


 武器の消耗は避けたい。アモンはその突っ込んできた図体男と直接は打ち合わず。握る普通のソードで、躱しながら確実に斬撃を当てていく。


 血を流しそれでも怯まない圧をかけつづける気合いをみせる図体男は、遠方で目を凝らす女頭の的確なナイフスローの援護をもらいながら、大振りの大斧でアジト内の床板を引き裂きはがしていく。


 剣士のアモンには数と巨体で執拗な圧力をかけつづけ、魔法師のクピンに対しては未知の魔法を練り上げるその時間と隙を与えない。そんな意図を孕んだ中距離からの投げナイフの攻撃が、無類の強さをみせるアモンの割り込みができないタイミングを見計らい飛んでくる。


 ただの山賊にしては手の込んだプランで、地の利、数の利、心の利、を盤石におさえる。アジト内におびき寄せた獲物の2人を、着実にスパートをかけていき追い込んでいく。



(いくら坊やが存外強かろうとも数は2人。強くてもそれに劣る、大事そうな魔法師の雌ちゃんの方を先に弱らせる。あと2、3かすりでもすれば、この魔具【スロウナイフ】の効果がそろそろきいてくるはずよ。ナァーニ、ここでオリーブ山賊団のかわいいブ男どもの半数、いや全部をくれてやってもお釣りがくるほどの美しい獲物さね。にしても予想よりポンポン死にすぎねぇ? ほんとつっかえないわねー、魔大陸のお隣さんの勇大陸の住人がきいてあきれるわ。まさにアタシの目に今映ってるいるのがピンキリね。まぁ、今はこんな馬の骨どもでも部下、慈悲の愛だけはたっぷりあげるわ。後で手厚く街の教会で賄賂をそなえて祈ってでもやれば、すけべなスケルトンにはなっらなァい! 無法の勇大陸、逆恨みはこわいからねフッフ。さぁて、オリーブ山賊団もそろそろ身辺を小綺麗にしつつ、原大陸中央部に住む物好きな連中にしみったれたこの街ごと売りに──)


 女山賊頭のオリーブは展望する妄想を膨らませながら、チェックメイトのナイフを樽から引き抜き手に取った。


 しかし、オリーブがナイフの柄に手をつけた瞬間──それはいきなり舞い飛んできた白鳥にかっさらわれた。小さな刃が砕かれ、賊女の手元から勢いよく弾け飛んだ。


「痛ッ!? なんだいっ!??」


「難題ってほどでもねぇ。──おい、なに山賊相手にご丁寧にてこずってんだアモンくーん? お安い剣のお手入れでも怠っちまったか?」


 痺れた手を痛そうに振りながら目を細めた女山賊頭は、今一瞬視界をよぎった謎の白鳥の行方を追った。


 アジトの入り口、悠然と佇む男の手元へと、白鳥と見紛ったその見慣れぬ武器は収まった。


 オリーブは、長めの茶髪を生意気にかきあげる、ニヤつくどこぞの王子の顔を見つけてしまった。







「カール!? 山賊狩りには来ないって?」


「はっ? お前がここでも後先考えず余計な首を突っ込むから、草色頭巾の汚ねぇヤツらに大挙して絡まれてよー。おかげで白昼のしけたバーの安酒なんて、飲んでる暇が全然なかったぜ?」


「草色頭巾? 山賊の仲間が?? ご、ごめんカール」


 振り返る剣士アモン・シープルは、姿を見せた俺に驚きながらも事の顛末を理解し、謝った。自分の考えになかったところで、従者として仕えるカール王子の身に危害が及んでしまったからだろう。


「ちょっとアモンが謝る必要ないんだから! 元はと言えばカールッ、あんた、遅いわよ! アモンになんでもまかせてーー!」


 こいつの名はクピン・シープル。アモンと同じく緑髪、キュートなくせっ毛が特徴のもじゃ髪じゃじゃ馬娘。といっても育ての親は馬ではなくただの羊飼い。その娘であり、突然変異した才のある魔法師だ。


 カールよりアモンの方が親愛度と優先順位は高いはずなので、一国の王ヂに対するクピンのこの反応は当然である。


 指摘されるよう、援軍として駆けつけるには遅いのは事実だからな。ただ、さっきまで店の冷たい床で半分死にかけていたカール王子に対する仕打ちにしては、ちょっとひどいのは言わずもがなだ。


「はいはいごめんなせぇ、で? 手助けいるか剣士様? 今日なら特別、マけとくぞ」

「あぁたのむ! だけど……あれ? 剣は? カール? ……それは?」

「ありゃ売ったぜ。ずっと握り心地がなんか痒くて気に食わねぇと思ってたからな。それに俺の適性武器は、今はぶくぶく肥えて見る影はねぇが、あぁみえて強かった勇者パーティーの父親おやじゆずり……なのさ!」

「?? あはは、カール笑えるな! あんなに女子たちにキンキラなあの剣を自慢げにしてたのに!」

「女も剣もファッションも見た目は3日で飽きるってこった、言わすなよ。ハッ、金の価値は今が売り時だってな!」

「美男子とボンボン小僧がいちゃついてんじゃないよ! 興奮するじゃないかい!」

「ハッいい趣味してんじゃねぇか。──って気持ちわりぃなおい!! おい、さっさとぽっと出のこいつをボコって黙らせてから一旦飲み直しに行くぞアモン、クピン! まったく、せっかくのニューゲームだってのに、出くわす雑魚ばかりの相手ですっかり酔いもさめちゃったぜ?」

「あはは、わかったカール!!」

「……ふぅん、やる気なんか出しちゃって! いつもみたいに途中でほっぽって逃げないでよ!」

「安心しろ。いつもみたいに賊は賊とて序盤だ。たっぷり能力厳選しながら片手間にぶっ殺してやる!」

「このオリーブ様相手に簡単に言ってくれるねぇーー!!! 興奮してきたじゃないかい!! しょんべん臭い田舎のガキども!!!」


 アモンは遅れて出てきた王子と談笑をかさねながら、纏わりつく巨体の賊を凌駕する膂力で弾き飛ばした。


 戦力が、ひとり、ふたり、あわせて3人になった──。魔法師のクピンはその足でさがり、さらに後方へと立ち位置を変えだした。遅ればせの王子の登場に文句を言いつつも、すかさず得意の魔法を練り上げながら攻撃の機会をうかがう。


 父王譲りのブーメつかい第九王子のカールは、高値で売り捌いた【黄金の剣】に替わり【白骨のボーンブーメ】を装備、まだ馴染まぬその曲線美を撫で上げながら妖しくニヤつく。


 三人の愉快な会話劇に勝手に混ざり勝手に昂った女盗賊頭は、天にぶら下がる謎の紐を一気に引いた。


 その威勢よく引いた紐をいま合図に、隠していた予備の山賊たちの増援を、汚い血に染まりゆく戦場のアジトへと、惜しみなく解き放った。

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