記憶のない僕は突如得た魔王の力で世界を救い全てを取り戻す

ロナンス

第1話

第1話 ― 目覚め ―


電車の音。

窓の外を、灰色の世界が流れていく。


僕はここが好きだ。何も考えなくていい。何も感じなくていい。

ただ流れていく景色と、規則的な音。

生きているのか、止まっているのかすら分からなくなるこの時間が、僕にとっての“安らぎ”だった。


昔、僕は記憶を失って倒れていたらしい。

何も思い出せなかったけれど、それで良かった。

何かから解放された気がしたから。


今日も僕は、あの海へ向かう。

誰も来ない、静かな浜辺。

他の誰かは退屈だというだろう。けれど、僕にはここがすべてだった。


潮風が頬を撫でる。波が寄せては返す。

毎日のようにここに来て、二時間ほどただ海を眺める――それが僕の日課だった。


だが、そんな日々が今日、壊れようとしていた。


  *


帰り道、夕日を背に歩いていると、不意に声をかけられた。


「お兄さん、後ろのそれ……なに?」


「え?」


反射的に振り向く。だが、そこには何もなかった。


「お嬢ちゃん、何も無いよ?」


そう言うと、少女は目を見開き、涙を浮かべながら必死に叫んだ。


「気づいて! ねえ、どうして逃げるの!? あなたの帰りを待ってる人たちがいるのに!!」


何を言っているのか分からなかった。

“帰りを待つ人たち”? 僕にそんな人がいるのか?

それよりも――奇妙だった。

少女が泣いているのに、周りの人は誰一人として反応しない。まるで、見えていないかのように。


「思い出して! あなたは“正しいこと”をしたかもしれない。でも、私たちにとっては……それが“最悪の未来”だった!!」


その瞬間、頭の奥に何かが流れ込んできた。

痛み。眩暈。記憶がぐちゃぐちゃにかき回されるような感覚。


「違う……僕は、逃げてなんか――!」


言葉を紡ごうとした瞬間、視界の端で“何か”が動いた。

少女の言っていた“後ろのそれ”。


それは空中に浮かんでいた。

UFOのように見えるが、形は歪で、不快なほど不安定。

そして、その存在そのものが僕の頭の中に囁いてくる。


――逃げろ。

――壊せ。


声が響く。脳の奥で、直接、命令されているように。


僕は恐怖で全身が震えた。反射的に走り出す。

だが、あれはずっと僕を追ってきた。


「逃げないで!! あなたは希望!! あなたは無力じゃない!! 帰ってきて――〇〇〇!!」


最後の言葉は、名前のように聞こえた。

その音が耳に触れた瞬間、僕の中で“何か”が弾けた。


溢れ出す衝動。

壊れる世界。

――そして、視えた。


花を捧げ、泣き崩れる誰かの姿。

血まみれで、ただ空を見上げている自分の姿。


「……あれは、誰だ?」


問いかける間もなく、視界が暗転する。

ガラスが割れるような音が響き――すべてが崩れ落ちた。


  *


テレビの音。


「緊急速報! 緊急速報です!

日本全土で大きな揺れが観測されています! 震源は不明! 直ちに避難してください! 繰り返します!」


別の声が重なる。


「行きましょうか。これは……かなりの“大仕事”ですよ。」


「こんな強い殺気……どんな化け物が来やがった。」


視界が光に包まれる。

そして――目を覚ますと、見知らぬ部屋にいた。


僕の前には、二人の大人が立っていた。

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