魔王論

はゆめる

魔王たちの憂鬱な定例会議

開会

「はい、じゃあ第847回魔王定例会議を始めます。今月の議長は俺、暗黒城の魔王Bです。まず出欠確認から」

「竜の冒険の魔王、出席っす」

「氷の洞窟の魔王、います」

「炎の山の... あー、まだ勇者とバトル中みたいですね。欠席で」

「またか。あいつ毎回タイミング悪いよな」

「あ、そうそう」

魔王Bが声を潜める。

「幻夢城の大魔王さんも今日は欠席。理由は...後で話す」

「?」


議題1:最近の勇者について

「今月のテーマは『最近の勇者どうよ』です。竜の冒険の魔王さん、どうぞ」

「あー僕っすね。やっぱ僕は勇者のしぶとさかなあ。あいつらって異様にしぶとくないですか?倒したと思ったら消えてまた来る、みたいのがめっちゃ多くて」

「あーわかる」

氷の魔王が深くうなずいた。

「しかもその都度強くなってんだよね。武器とか魔法とか毎回新しくなってるし」

「それもあるんすけど」

竜魔王は続ける。

「ぼく、いつもやる行動全部決まってるんすけど。この攻撃のあと、炎吐いて、その次氷の魔法使う、みたいな」

「うんうん」

「そういうの全部なんか向こうわかっちゃってるみたいなんすよね。なんか、炎吐く時はブレス防御するし、魔法の時なんか、僕の詠唱終わるタイミングで全体回復してくるんすよね。まじ萎えますよ」

「いやでもそれはパターン変えればいいんじゃ?」

氷の魔王が提案する。

「いやあ、なんか無理なんすよね。こう、この次はこれって決まりでやらないと、なんか気持ち悪い」

「あー、それは仕方ないわ。魔王の性っていうか」

魔王Bが口を開く。

「でもちゃんと死闘になってるならまだいい方だよ...」

「え?どうかしたんですか?」

「俺のとこなんかさ、やばいぞ。勇者が旅立ったと思ったら、すごい最短で俺んとこまで来たのよ。もう無駄を全て省いて来ましたって感じで」

「ええー、それはうざいっすね。でもそんな最短で来たら弱いままでしょ?」

「それがさ」

魔王Bは頭を抱える。

「なんか何回か逃げようとするから、その都度回り込んでたら、突然全部の攻撃が俺にめっちゃ効くようになっちゃって」

「なんすかそれ!?魔法っすか?」

「いや違うのよ。なんか戦闘してるとたまに『めっちゃいい攻撃できたー』って瞬間あるやん?あれがずっと相手のターンで続くのよ...」

「全部会心の一撃になってるじゃないすか!」

「そう!急所に全部入るの!なんなのあれ!?」


議題2:勇者以外に負ける悲劇

重い沈黙が流れた後、魔王Bが咳払いをした。

「実はさ、最初に言った大魔王さんの欠席理由なんだけど...」

「どうしたんすか?」

竜魔王が心配そうに聞く。

氷の魔王が声を潜める。

「大魔王さん、勇者じゃなくて『破壊神』にやられたらしいよ」

「「「えっ!?」」」

「いやいや、勇者にやられるならいいよ...」

魔王Bが同情的に言う。

「それが俺たちの役目だし」

「でも破壊神にやられるって...」

「しかも聞いた話だと」氷の魔王が続ける。

「勇者たちが破壊神瞬殺した後、遊びで『じゃあ大魔王と戦わせてみようぜ』って魔王城に連れてきたらしい」

「ひっでえ...」

「見世物かよ...」

竜魔王が震え声で言う。

「で、結果は?」

「瞬殺。しかも大魔王の必殺技が全部効かなかったって」

「「「...」」」

「いや、詳しく聞いたんだけどさ」

魔王Bが続ける。

「大魔王さんの『煉獄の業火』とか『絶対零度』とか、あれって絶対避けられない必中技じゃん?」

「そうそう、回避不可能なやつ」

「それが全部『ノーダメージ』だったらしい」

「は?」

「いや、もっとひどい。『涼しげな顔してた』って」

「なにそれ...」

若手の溶岩魔王が恐る恐る聞く。

「あの、大魔王さんって弱いんすか?」

「いやいやいや!」

全員が即座に否定する。

「大魔王さんは俺たちの中でも最強クラスよ」

「実際、あっちの勇者たちも昔はギリギリで倒してるし」

「でも破壊神は...なんていうか、この世の理そのものを無視してくるらしい」

「最後なんて」

氷の魔王が震え声で言う。

「大魔王さんが破壊神を掴んで締め付けたのに、逆に腕もがれたって」

「「「ひいいい!」」」

「で、破壊神が『お遊びはここまでだ』って言って、伝説級の呪文を連発」

「大魔王さん、何もできずに消滅...」

「あのさ」

若手が不安そうに言う。

「それって、俺たちにも起こりうる...?」

「やめろ」

「考えたくない」

「でも実際、最近の勇者って倒した後も俺たちの城うろうろしてるじゃん」

魔王Bが不安そうに言う。

「隠し階段探したりな」

「宝箱漁ったり」

「で、もっと強いやつ見つけたら...」

「「「やめろおおお!」」」

全員の脳裏に、見世物として破壊神に差し出される自分の姿が浮かんだ。

「せめて勇者に負けさせてくれ...」

氷の魔王の呟きが、全員の切実な願いを代弁していた。


議題3:魔王の存在意義について

大魔王の一件で場が重くなったところで、氷の魔王がぽつりと言った。

「なあ、そもそも魔王って何なんだろうな」

「は?」

「いや、だってさ、結局俺たち勇者の当て馬だよ。大魔王さんですら、最後は破壊神の引き立て役にされた」

「いや、みもふたもないこと言わないでくださいよ」

竜魔王が慌てる。

「でも事実じゃん。俺たちがいないと勇者は勇者になれない。でも俺たちは絶対勝てない」

「最近ではスライムから成り上がって国作った魔王もいるくらいですから」

竜魔王が反論を試みる。

「可能性はあるんすよ」

「いや、そういうのは特別よ」

魔王Bが首を振る。

「もっと俺らみたいな汎用魔王の幸福って何なんだろうな」

「世界征服ですかね...」

「あのな」

氷の魔王が身を乗り出す。

「確かに欲求はあるよ、世界征服したいって。なんていうの、本能から来るもの?でも俺らってこう、理性もあるわけじゃん」

「まあ、そうっすね」

「理性が訴えてくるのよ。『世界征服して何か意味があるの』って」

「深いっすね...」

「でもぼくらから世界征服を取ったら存在意義がなくなりませんか?」

竜魔王が不安そうに言う。

「いやいい過ぎー、はい、お前いい過ぎー」

「すみません」

「でもさ」

魔王Bが真面目な顔で言う。

「大魔王さんの件見てたら、もう世界征服とか以前の問題じゃね?俺たちの存在自体が、勇者の都合でどうとでもなるってことじゃん」

重い沈黙が流れた。


議題4:日々の不満

「つーかさ」

魔王Bが話題を変えようとする。

「最近の勇者、なめてない?」

「どうした?」

「この前来たやつ、パンツ一丁だったんだよ」

「は?」

「裸。ほぼ裸。武器は錆びた剣一本」

「それで勝てるわけ...」

「負けた」

「「「...」」」

「縛りプレイっていうらしいよ」

氷の魔王が説明する。

「わざと制約を科すんだって」

「制約って...俺たち遊ばれてんの?」

「まあ、そうなるな」

竜魔王が涙目になる。

「せめて真剣に戦ってほしいっすよね...」

「だよな。俺たちだって一応、魔の世界の繁栄とか、そういう大義名分背負ってるわけじゃん?」

「そうそう。それをパンツ一丁で来られても」

「しかも負けるんだよな...」

「最悪なのはさ」

氷の魔王が付け加える。

「倒された後、死体蹴りされたり屈伸されたりすることもある」

「え、まじ?」

「プライドずたずたじゃん...」


議題5:攻めの魔王という選択肢

「でもさ」

新入りの溶岩洞窟の魔王が発言した。

「魔王って基本待ってるだけじゃないですか、勇者が来るまで」

「うん、それがどうした?そういうもんだろ」

「いやいやいやいや、ここまで来る途中にめっちゃ強くなってんすよ。だったらこっちが行ってやろうかなって」

「へー、なかなかええやん。で?」

「だから次、勇者が誕生したら、やってやろうと思うんすよ」

「あー、それやったやついたわ」

氷の魔王が思い出したように言う。

「え、まじすか?」

「うん、たしか竜の冒険4の魔王がやってたね、それ」

「どうなったんすか?」

「いやそれがさ、勇者取ったどーって思ったら、結局幼馴染が偽装してたのよ」

「うわあ...最悪じゃないすか...恨みまで買って...」

「だろ。だから安易にこっちから行っちゃいかんのよ。待ってなきゃ」

「それにさ、お前どうやって勇者探すん?」魔王Bが聞く。

「いや、それはあれですよ。一番弱い魔物がいる地域にまず行きますよ」

「なんで?」

「知らないんすか?なぜか魔物の強さを逆に地域をたどっていくと勇者に会えるっていうオカルト」

「ああー、聞いたことある」

「でも試したやついないだろ?」

「だって、そんなことしたら大魔王さんみたいに、世の理から外れた扱いされそうで怖いじゃん」

全員がまた大魔王の悲劇を思い出して黙り込んだ。


議題6:若手魔王の転職願望

「先輩たち」

若手の溶岩魔王が手を挙げる。

「さっきから聞いてて思ったんすけど、ぶっちゃけ、転職とか考えたことないんすか?」

「「「...」」」

「あるに決まってんだろ」

「特に大魔王さんの件聞いた後だと...」

「でも魔王以外に何ができる?」

「世界征服?」

「それ魔王の仕事」

「破壊?」

「それも魔王」

「威圧?」

「魔王」

「詰んでる...」

「しかも」

氷の魔王が付け加える。

「最近は『元魔王』の肩書きも微妙らしいぞ」

「え?」

「ほら、城下町に住んでる元中ボスいるじゃん。あいつ、今は武器屋やってるけど、『昔は悪いことしてました』って言うと客が来ないから隠してるって」

「世知辛い...」

「だから俺たち、ここにいるんだよ」

魔王Bが若手の肩を叩く。

「他に行くところがないから」


議題7:それでも魔王は続ける

会議も終盤に差し掛かった頃、魔王Bが立ち上がった。

「まあ、愚痴ばっか言ってもしょうがないか」

「そうっすね」

「明日も勇者は来る」

「来るね」

「俺たちは負ける」

「負けるね」

「大魔王さんみたいに、破壊神の見世物にされるかもしれない」

「それは嫌だ...」

「でも」

「でも?」

「それでも俺たちは魔王だ」

竜魔王も立ち上がる。

「確かに。勇者がいないと暇っすもんね」

「むしろ来てくれてありがたいまである」

氷の魔王も同意する。

「待てよ、それストックホルム症候群じゃ...」

「やめろ、考えるな」

「あと、ストックホルムってなんだ...」

魔王Bが深呼吸をして言った。

「俺たちのプライドはな、勝つことじゃない」

「じゃあ何?」

「負け続けても、それでも魔王でいることだ」

「お、おお...」

「かっけえ...」

「深い...」

「例え勇者に遊ばれても、パンツ一丁で来られても、破壊神の見世物にされても」

「それでも俺たちは明日も城で待つ」

「なぜなら...」

「「「魔王だから!」」」

「うわ、今めっちゃいいこと言った気がする」

「でも大魔王さんみたいになったら?」

「...その時は、せめて勇者に負けたって言い張ろう」

「間接的には負けたから間違ってはいない」

「「「それだ!」」」


閉会

「さあて、じゃあ今日も勇者さんたちにやられに行くか」

魔王Bが伸びをしながら言う。

「じゃあ俺も行くわ」

氷の魔王も腰を上げる。

「せめて服と武器くらいは着てきてほしいな、今日の勇者さんはよお...」

「期待すんなよ」

「分かってる」

「あ、そうだ」

竜魔王が思い出したように言う。

「大魔王さんにお見舞いのメッセージ送りません?」

「何て書く?」

「『破壊神は災難でしたね。でも生きてるだけマシです』」

「やめろ、傷口に塩塗るな」

「じゃあ『次は勇者に負けられるといいですね』」

「それも微妙...」

「『第848回の会議、お待ちしてます』でいいだろ」

「そうっすね」

竜魔王が議事録をまとめながらつぶやく。

「でも、こうやって集まって愚痴言えるのは楽しいっすね」

「まあな」

「来月もやる?」

「やるに決まってんだろ」

「議題は?」

「『勇者の倒し方』」

「「「無理じゃん!」」」

笑い声が魔王集会所に響く。

明日も彼らは負けるだろう。

でも、それでいい。それが魔王だから。

ただ、破壊神の見世物だけは勘弁してほしい。

せめて、勇者に負けさせてくれ。


付録:本日の決議事項


勇者への要望書作成(内容:ちゃんとした装備で来て)→ 届ける手段なし、保留

縛りプレイ対応マニュアル作成(担当:氷の魔王)

大魔王さんへのお見舞いカード送付(全員一致で可決)

「破壊神を連れてこられた時の対処法」緊急検討 → 対処法なし、祈るのみ

転職サポートセンター設立 → 予算不足により否決

来月の議題「勇者の倒し方(第848回)」に決定


次回開催日

来月第一金曜日(勇者が来ない日)

※大魔王さんの復帰を心よりお待ちしております


後日談

この議事録は後に勇者の手に渡り、勇者ギルドで回し読みされた。

「魔王たちも大変なんだな」

「でも破壊神と戦わせるのは面白そうだな」

ある若き勇者たちはそうつぶやきながら、魔王城へ向かった。パンツ一丁で。

魔王と勇者の関係は、今日も変わらない。

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