異世界で見つけた 富と癒しが巡る究極のFIRE(早期リタイア)
とろ
第1話 白い天蓋の下で
俺の名前はツミター・テル。
見ての通り、赤ん坊――いや、“癒される側”だ。
……まあ、正確には“癒し契約者”ってやつだけどな。
生まれ持った固有スキル――
周りからは「呪いレベルのゴミ能力」と言われてきた。
けど、俺はそれで富と自由、そして永遠の癒しを手に入れた。
貧しく、何ひとつ恵まれなかった俺が、
どうして今こうしてミルクの香りに包まれているのか――
少し、語ってみようと思う。
白い天蓋のすそが、風もないのに静かに揺れている。
やわらかな陽が差しこみ、部屋の中にはミルクと花蜜の匂いが満ちていた。
ここは、癒し
小鳥の声も、街のざわめきも届かない。
“癒されること”だけが許された場所だ。
俺は今、ベッドの上で眠っている。
体は赤ん坊、意識は大人。
(……ミルクの香りが濃すぎるって。けど、沁みるな。)
考えるほどに頭の中がぽわっと溶けていく。
霧が深くなるほど、“俺”という意識が静かに残る。
「よく眠っていますね。」
耳元で、やさしい声がした。
声の主は、白衣のようなローブをまとったサキュバス族の女性――リュミエール。
淡く光る肌、金の環を宿した瞳。
その手が俺の髪を撫でた瞬間、胸の奥がふっと温かくなる。
「今日も安心して眠れています……あなたの中の光が、とても穏やかです。」
声は歌みたいだった。
息を吸うたびに、花と母乳の香りが胸を満たしていく。
俺はただ、その呼吸の中に沈んでいった。
前世で“サキュバス”といえば、男を惑わす淫魔のイメージしかなかった。
でも、この世界では違う。
彼女たちは、母性を癒しの形で満たす一族。
欲を吸うんじゃなく、涙を受け止めるために生まれた存在だ。
古い神話では、“夜の母”と呼ばれていたらしい。
迷える魂を抱きしめ、再び光へと送り返す女神の眷属。
人が恐れたのは、その優しさがあまりにも深かったからだ。
(……なるほど。エロいどころか、崇高じゃないか。)
リュミエールはその末裔。
抱擁と眠りを司る《リグレス》――魂を赤子のように還し、再び歩けるようにする癒しの魔法を扱う。
彼女が胸に手を置くたび、記憶の奥が静かにほどけていく。
泣きたかった夜、誰にも抱かれなかったあの感触が、
いまになってようやく“抱かれた記憶”として満たされていく。
俺はいま、その《リグレス》の真っ最中。
泣いて、笑って、何も考えず、ただ生きる。
“癒される”ってのは、こういうことなんだと最近わかってきた。
壁の向こうで誰かが小さく話している。
「第1号永続癒し契約者、ツミター・テル……」
ああ、それが俺の肩書きらしい。
帝都の金融街で、俺の名はまだ残っている。
「複利で永遠に癒される男」――そう呼ばれているらしい。
けど、あの仕組みを作ったのは“金のため”じゃない。
癒しを理論にできれば、誰かが泣いても誰かが笑えると思った。
痛みと富、どちらも回る世界。
それが、俺の最後の発明――《バブFIRE》だった。
リュミエールがそっと俺の胸に耳を当てる。
「あなたが眠るたび、わたしの心も静かになるのですよ。」
(……そうか。あの頃、こうしてもらえたら――俺、もっと早く泣けたのにな。)
彼女の髪が頬をくすぐる。
その香りの中で、心が完全に融けた。
その瞬間、世界がわずかに揺れた。
白い光が反転し、黒に溶けていく。
鉄の軋む音、突風、ブレーキの悲鳴。
(……ああ。あれが、俺の“終わり”であり始まりだったんだ。)
光が弾け、記憶の扉が開く。
――俺の、最初の積立の話から始めよう。
⸻
✒️作者コメント
富も心も、流せばめぐる。
“資産運用”と“退行療法”を重ね合わせながら、
癒しの本質を描きたくて書きました。
泣くことは、再投資です。
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