第2話 となりの天然爆弾


「新任の先生がまだきてない!?」


始業式は思ってたより何事もなく終え、次は朝会。これから生徒と先生の顔合わせが始まる。




……

はずだった。


今、教務室から戻ってきたデカブツ、東条 助八に皆、疑惑の視線を投げつける。


「おいスケ、新任が初日に来ないとかまずないだろ。」


「無理して嘘つかなくてもいいのに…」


「お前はそのままでも十分存在感あるよ。」


クラスメイトがまたガヤガヤしだした。


それにしても散々な言われようである。

対するスケは、若干焦りながらも必死に弁護している。


 「ふっざけんなまマジだってぇ!教頭先生に聞いたんだよぉ!あっ、ほむっち!ほむっちなら信じてくれるよねぇ!」


何故か俺が弁護する流れになってしまった。そんな親友に、一言告げた。


「信じる前に、こないだ貸した2000円、そろそろ利子含めて全額返してもらおうか。」


クラスメイトの目が一斉にスケの方に向く。


「まじかよスケ…」


「東条くんってそんな人だったの?」


「将来は深海魚の餌だな…」


みんなニヤニヤしながら芝居じみたセリフを言ってみたり、茶化してみたりしている。


ここでスケ一言

「ん゛ん!えー、記憶にございません。」


この一言で教室爆笑。良かった、思ってたよりあったかいクラスみたいだ。


だが少し気になることがある。


 このクラスメイトほぼ全員が騒いでいる助八騒動のなか、何故か隣が静かだ。

ちらりと覗いてみる。

 …どうやら麻袋に入っていた大量のボールペンをマスクの紐で切ってるみたいだ。

何だ大したことじゃないな。



…ん?

思わず二度見する。


俺の目がおかしくなければ、島崎が顎で使い切ったボールペンを抑えながら、マスクのひもでこすっていた。


「島崎さん…何…してんの?」

思わず質問が出てしまった。


「あっ、焔くん!ちょっと手伝ってよ!」


そういうと、彼女は俺の手を取る。


「えっ、ちょっ、まっ!?」


「ねぇ…」


彼女は上目遣いでこちらを見ている


「ダメ…?」


 情けないことに動揺していた俺は、かろうじて「いいです…」としか言えなかった。

 スケの方をちらっと見てみる。


 スケだけじゃなくて、一部のクラスメイトまでこっち見てにやついてやがる…

 バックに「ニチャァ…」という効果音が聞こえた気がした。(主にスケだが)


しかし島崎はそんな周りの状況など意にも介さず、俺の手を机の上で引っ張った。

 

「やってくれるんだ!ありがと!じゃあ、私がこのボールペン固定するから、焔くん切ってよ!この作業、多分焔くんにしかできないと思うからよろしく!」


 えっ…なんで俺以外できない前提なの?


…こうして、俺は「ボールペンをマスクの紐の摩擦で切る」という、なかなか無意味な共同作業を、ニチャっているスケたちの視線を浴びながらすることになった。


マスクの紐を動かそうとしたとき、突然、島崎のスマホから、ガマカエルを踏み潰したみたいな、筆舌に尽くしがたい通知音が流れてきた。


「ちょっとまってて…」


彼女はメジェド様のシールが貼られたうぐいす色の携帯を取り出して、通知を確認した。

「あっ、先生いま沖縄にいるからしばらく来ないって。」


……………

「「「「はぁ!?」」」」


クラス中がざわざわし始める。

クラスメイトたちが、疑問の声を上げている。


待ってくれなんて?沖縄?ここ関東地方だよ!?てゆうかいきなり旅行は普通にクビだろ!?それより…

「なんで先生の居場所しってるの?島崎さん!?」


「うーん、ひみつ!」


あいも変わらずわけがわからない。


終わった…担任の先生がいないということは、動物園の檻がすべて撤去されている状態と等しい。


俺が一人絶望していると朝会の終わりを告げるチャイムが鳴った。


「あっ朝会終わっちゃった!」


彼女は席を立ち、扉の方へ向かおうとする。


しかし、ピタリと止まり、俺の方を向いてこういった。


「そういえば、私の呼び方、島崎じゃなくて神奈ってよんでよ!」


彼女はいたずらっぽく笑ったあと、そのまま廊下に消え用としていた。


…と、おもったら「ぎゃ!」っと扉に足をぶつけて扉を外してしまい一瞬停止し、教務室に向かって走っていった。


情報量が多すぎる…

ちなみに俺はしばらくフリーズしてた。


このあと、彼女にこんなことを言われたひとは、お前ぐらいだぞとスケに言われて赤面したところを、クラスメイトの女性陣に弄り倒された。


◇◇◇◇◇


「ほむっちってさ、島崎さんのこと気になったりしてる?」


学校の帰り道、いきなりスケにそう言われて、思わずキョドってしまった。


「ばっ!?おまっ!?そんなんじゃないし!?」


「相変わらずわかりやすいなぁ」

少し小馬鹿にされた気がする。


「うるさい!」


「まあほむっちそこまで恋愛慣れてないからなぁ」


スケに一発腹パンをお見舞いしたい衝動を抑えていたら、不穏そうな一言が飛んできた。


「…正直やめたほうがいいと思うけどね。あの件、覚えてるだろ?」


「そりゃあそうだけどさ…」


彼女を、「ヤバいヤツ」と認識しだした、きっかけを思い返す。


…数秒の沈黙の後、スケがやけに軽く言った。


「どっちにしろ、行動は早いほうがいいとおもうよ?島崎さん、前の年には4人から告白されてたし。」


衝撃の情報が飛び込んでくる。


「1年に4人!?正直あまり持てなさそうなのに!?」


「失礼だよ?」


「いやっ…でもっ…」

すると、スケは少し考え、続けた。


「まあ、僕が見るにあの人の天然なとこに、計算とかそういうのは無さそうだからね…。そういうのに男の人ってのは弱いんだよ。」


「まあそうかぁ…うーん…」


「まあせいぜい頑張ってくれたまえ。」


「うっさい非リア。」


「べつに彼女はおるよ?」


「知ってる。」


いつも通り若干偏差値の低い会話をしながら、心地よい夕暮れ時の空気を胸いっぱい吸い込んだ。


このあと俺は、離れたいとも思っているが、もっと関わってみたいと思ってしまった彼女に向けている感情は何なのか、じっくりと考える羽目になった。

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