第18話:特に伏線でもない伏線回収


「どもー。お世話様ー」


「…………え?」


 今日一日中保健室でグロッキーだった須藤さんが哀れで。しょうがないのでネタ晴らし。俺は保健室に顔を出して、彼女に微笑みかける。


「よ」


「pぉきじゅhygtfrですぁq~~~~~~!」


 まぁ当たり前だが声にならないらしい。俺を指差して青ざめた表情で瞳孔を開く。さすがに俺の頸動脈にナイフを刺したのは昨日のことなので、俺が顔を出せば幽霊かと疑うのも事実ではあるのだが。


「ヤバイ! 幻覚見てる! そこまでイカレてるんですか! 私!」


 そうしてベッドの掛布団に潜り込んで、現実とサヨナラ。無論のこと俺がそれを許すはずも無く。


「?」


 俺を見ている養護教諭が、左手で須藤さんを指差して、右手の指でこめかみの辺りをクルクル。狂ったのか、と聞きたいようだが、俺には須藤さんの精神についても理解は出来ていて。


「ぉ……ぇ……」


 さらに襲い来る吐き気に須藤さんがえずき。だが胃にはなにも入っていないので、吐き戻す物質が存在せず。


「大丈夫だって。幻覚じゃないから。俺はちゃんと生きてるぞ」


「だって……だって……じゃああれは……」


「夢でもないぞ。血が出たから制服がダメになって、代わりにジャージ登校する羽目になったんだからな。じゃあ行くぞ」


「行くってどこに……」


「もちろんスタッブだ。お前の奢りな」


「構いませんけど……今は胃に何も入れたくないんですよ」


「俺が生きていたんだから殺人罪は成立しないだろ。もっと気楽に行こうぜ」


「それは確かに」


 なわけでフラつく須藤さんの手を取って、俺は学校を逆流する。手を繋いでいる光景は学校的にも無視できなかったのか。


「恋堕の天使が」

「伏見と手を繋いでる」

「月影の女神ともだよな?」

「殺していいか?」


 殺されたところで死なないんだが。


「で、先輩って何なんです?」


 学校を出て、コーヒーの店。なんたらかんたらペチーノなる謎の飲み物を注文した須藤さんの対面で、俺はブラックコーヒーを飲んでいた。


「名前でわかるだろ」


「伏見……ネバダ……」


「伏見が不死身のもじりで、ネバダはネバーダイの略称」


 で、不死身のネバーダイで伏見ネバダ。


「それ、親が付けたんですか?」


「いや? 書類上名前が必要だったから適当に考えた」


 それもどうよという話ではあって。だが伏見はともあれネバダはネタだ。


「その、つまり、先輩は……」


「不死身だったりして」


「…………」


 まさに「お前は何を言っているんだ?」の心境だろう。俺が気にすることでもないのだが。


「刺しても死なないってことですか?」


「まぁナイフくらいでは殺せないな」


 まったく完全に不死ってわけでもないのだが。


「それであの時は余裕だったんですね……」


 だんだんとコンディションも持ち直してきたようでペチーノを飲みながら思考をする須藤さん。俺があの時殺人に対して余裕があったのはつまりこういう事で。殺しても死なないので、結果殺人罪には問えないという。


「私に復讐……とか?」


「非暴力主義だから、それはない」


 仮にやり返すとしても暴力は手段じゃない。やり様は色々あるが、まぁそれはそれとして。


「聞きたいことがあってな」


「聞きたいこと……」


 そんなどうでもいいことのためにお前は私を見逃すのか、と須藤さんの目が語っていた。とっても俺的にはイエスだが、相手にしてみれば違和感だらけなのだろう。普通なら刺し返しても不思議ではないところ。俺は別にって感じだが。


「人を殺したことがあるって言っていたよな。それってどういう……」


 なんとなく却下ン視サイドシーイングで悟ってはいるのだが、彼女の本意ではない……程度。おそらく人を殺したというのは比喩表現で、正確には人が死ぬ原因になったとか、そういうこと。ただその原因が彼女を責め立てており、今の喉の小骨になっているのだろう。


「……ッ」


 ペチーノのカップを握りつぶすように掴んで、だがギリギリ理性で彼女は差し止めた。


「私の家……その……母が亡くなっていて」


 それはご愁傷さまで。


「父はそのことがショックで壊れてしまって」


「性欲のはけ口にお前を使い、結果妊娠。お前のコンディションが最悪で、流産ってところか?」


「本当に勘がいいんですね……」


 その流産が須藤さんの言うところの殺人。人を殺したという意味ではたしかに殺人だが……。その父親は?


「警察に捕まりましたよ。今私は一人暮らしです」


「あー……」


 それはまたハードな。


「で、お前は男嫌いになって、可愛い女子である月影の女神こと常闇アキラに惚れこんで、彼女の恋路を邪魔しようと」


「だから。死んでください。先輩」


 ニコッと笑む恋堕の天使。


「それが出来れば話は早いんだが……」


 俺の心臓は生憎と止まらんのだ。


「ていうか不死身ってどういう理屈ですか?」


「魔法」


「魔法……」


 安易に言ってしまえば、そういうことになる。説明をすれば二時間くらいグダグダと喋ることはできるが、そんなことは相手も望んでいないだろう。


「つまり、その、伏見先輩って……魔法使い?」


「お前がイメージしているものとはだいぶ毛色は違うぞ?」


 魔法使いかと言われると魔法使いだと自称しても間違いではないのだが、一般的にメゾラーマとかマハギラオンとかを想像しているのなら、誤解だと言い添える。


「難しい設定があるわけですか」


「然程でもない。単に俺が説明するのがめんどいってだけ」


 コーヒーを飲みつつ、俺はそう言う。


「だから、つまり、お前程度では俺は殺せないので心配するなと言いたいわけだな」


「これからも殺していいんですか?」


「ちなみに血で汚れた服は請求するからな」


「ぐ……」


 俺が今ジャージ姿なのは、単純にクリーニングの結果。


「良かったな」


「何もよくないですよ。恋敵も殺せないで。私はアキラ先輩を寝取られて」


 でも、こうしてここにいる……だろ?

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