第6話:シュートが出来なければダンクをすればいいじゃない


「バスケットボール……ね」


 そもそも以前の高校ほどではないとはいえ、この米糠高校も結構な進学校。勉強第一かと思ったら、思ったより部活動にも精を出しており。たしか文武両道は学校のテーゼだったか? 勉強だけでも片手落ちと。


「ネバダくんはバスケできます?」


「経験はあるぞ」


 そこそこ体躯は恵まれているし。


「じゃあ部活動体験してみませんか? ネバダくんのカッコいいところ見たいです」


「あくまで経験者ってだけで、現役には敵わんと思うんだが」


 これは嘘じゃない。スポーツ関連って、少し離れると勘を失ってしまう。


「えー。いいじゃないですか。出来るなら見せてくださいよぅ。ネバダくんのカッコいいところ見たいです」


「それはさっきも言っただろ」


 で、月影の女神を侍らせて、体育館の隅っこでイチャイチャしている俺。常闇アキラと伏見ネバダは周りから見ると相当目障りだったらしく。


「おい。体育館に来てまでイチャつくな」


 ガタイのいいスポーツ選手が脅すように俺に言う。ちなみに砂漠谷エリはここにはいない。用事があるとかでそそくさと帰った。なので学校の部活動見学は俺の課題だったが、案内してくれるのは常闇アキラで。


「体育館に来たってことはバスケの入部希望か?」


「いえ、別に」


真盛まさかりさん! ネバダくんは経験者らしいですよ」


「ほう。じゃあ即戦力になるかもな」


 いや、だから。経験があるだけで勘所はだな。


「試してやるよ。ほら。ボール持て」


 ひょいとバスケットボールを渡されて、仕方ない。俺はコートに上がった。とはいえ、流石に内履きではスペックがアレだったので、善意でバッシュを貸借してもらう。


「試合形式でやるか? それともワンオンワン?」


「ワンオンワンにしましょう。仲間のスポーツメイトに迷惑かけてもアレですし」


「あの月影の女神が推すんだ。そこそこのものは見せてくれるんだろ?」


「あまり期待はしないでください」


 そんなわけでバスケの先輩とワンオンワンをすることになった。


「先行は譲るぞ。まずは攻めを見せてみろ」


 あー。


「はい。でも期待しないでくださいよ」


「頑張れー! ネバダくん! 愛しているよー!」


 体育館でここまで燃料を投下するアキラがすげえ。そのまま俺はキュッキュとバッシュで床との摩擦を確認し、それから受け取ったボールを下に落とす。そのままダム、ダム、ダムとドリブル。真盛と呼ばれたワンオンワンの相手はバスケット部のレギュラーで、神鳥も高いしガタイもいい。センターかパワーフォワードだろう。となると速度は重くなり、だがシュートへのブロックはアドバンテージがある。


「とはいってもなぁ」


 そもそもシュートの感覚があまり思い出せない。しょうがない。ダム、とドリブルを突く。瞬間、俺は加速した。チェンジ・オブ・ペース。一瞬で真盛先輩を抜き去る。


「ペネトレイト!?」


「速いぞ!」


「ちょ、待て! 真盛さんが反応できない!?」


 そのままドリブルしてペネトレイト。あっさりと真盛先輩を抜き去って、ゴール下。グッと足をたわませて、ジャンプ。俺はダンクシュートを決めていた。ガツンと直接ゴールに素手でボールを叩きこむ。ミシィミシィとゴールが悲鳴を上げて、俺はゴールに片手でぶら下がったまま、一呼吸。そしてゴールリングから手を離して、落下する。


「こんな感じでどうっすか?」


 聞いては見たが、多分そこそこ評価はされるだろう。ただダンクをしたのは、そもそも普通のシュートがあまりに時間が空きすぎて自信が無かったが故という。


「お前、そのドライブ……」


 俺をゴールの下に見て、抜き去られた真盛先輩が唖然とする。


「じゃ次はそっちの番っすよ」


 そして俺は今度はディフェンスに回る。腰を落として、相手をマーク。とはいえ相手もバスケット部のレギュラー。ドリブルを突きながら、俺の隙を窺っている。キュッキュッとバッシュの床とこすれる音がして、そのまま真盛先輩がドライブ。俺を抜き去った……と思った瞬間、俺は抜き去ったはずの真盛先輩の背後でターン。俺を抜いたと慢心した真盛先輩のドリブルの手。その少しだけ離れたボールをスティールする。俗にバックファイヤーと呼ばれるスティールの技術だ。抜き去られた相手の後ろに回って、ドリブルのボールを弾く技。思ったより身体はバスケットを覚えていたみたいだ。


「真盛先輩をスティール!?」


「バックファイヤーとか初心者じゃねえだろ!」


「さっきもあの身長でダンクしたし!」


「どういう運動神経だよ!」


 あれ? やりすぎたか?


 ワンオンワンをやって、結果は十対六で終了。四点差で俺が勝った。


「きゃー! カッコいいです! ネバダくーん!」


 あんまりひけらかす気はなかったのだが、バスケ部のレギュラー相手にワンオンワンで勝ってしまった。とはいえ俺のシュートはほぼダンクだったし、評価に値するとは思えんのだが。


「伏見ネバダ!」


 その俺に真剣に真盛先輩が迫ってくる。


「な……なにか?」


「バスケ部に入ってくれ! お前の力が必要だ!」


「いえ。遠慮します……」


「俺よりもペネトレイトが上手い奴なんてそういない! お前はそれを持っている! あんなドライブは初めて見る! マジで入部してくれ!」


「いえ。文芸部志望なんで……」


「それだけの技術があってか!」


「まぁそこそこ出来るってだけですよ。シュートもほとんどダンクでしたし」


「あれだけジャンプ力があればリバウンダーとしても重宝する。身長はそこまででもないのになんでそんなに跳べるんだ!」


 色々ございまして。


「入部するなら俺が自費でバッシュを買おう!」


「遠慮しまーす……」


「お願いだ! お前はバスケ部の光なんだよ!」


 そんなこと言われてもー。


「ネバダくん! 最高でした!」


 で、キラキラした瞳でアキラが憧れる。


「ネバダくんがバスケ部に入るなら私はマネージャーをします!」


「入らないから」


「あんなに上手いのに?」


「ワンオンワンと試合は違うから」


 ワンオンワンが強いことは重要な要素だが、それでバスケットの試合に差が出るわけでもない。特に俺はペネトレイトからディフェンスを抜いてもダンクシュートをするにはゴール下を守っているセンターやパワーフォワード相手にパワー勝負をしなければならない。ゴール下でしかシュートが出来ないのに、ゴール下での立ち回りが想定されていない。ワンオンワンなら目の前のディフェンスを抜けばフリーだがバスケットはそもそも五対五だ。一人を抜いてもあと四人待っている。少なくともセンターがゴール下にいる以上、最低二人は躱さなければならない計算だ。それだって相手がマーツーマンだったらであって、ゾーンディフェンスだとさらに話はややこしくなるのだ。


「なわけで戦力にはなりませんよ」


「でもカッコよかったですよ! ネバダくん! 超濡れました!」


 さいですかー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る