高校生16 未来のサンライフ

 ファミレスでの会話は三十分も掛からなかった。

 最後に二人でブラックの珈琲を頼んで帰宅し、家族の心配の声にいくつか言い訳を述べてから布団に転がる。


 心中に焦りは無かった。人間に完璧など無いし、そもそも自分が完璧な人間であるとも思っていない。

 何時かはそうなることは解っていた。それが今日訪れただけであり、ならば起きた出来事に後悔をしている暇は無い。


 寝るだけの段階となった今この瞬間に意識を落す。

 穴の底に緩やかに自身を落とし込むような姿をイメージし、そうして辿り着くのは一つの椅子が新たに配置された暗闇空間。


 椅子に座った瞬間に眼前の景色が明るくなり始め、未来の映像を自動的に流し出す。


「さぁて、俺はちゃんと見てたのかな」


 探すのは当然、株式会社サンライフ。

 あんなブラフを口に出した以上、幾つかは未来の情報は掴んでおきたい。何も知らないままでは簡単に落とし穴に嵌まってしまいそうだし、何より嘘であると周囲に広められかねない。


 相手の出方ははっきり言えば不明だ。依頼者の為人が解っていない以上、最悪の最悪も考慮する。

 具体的には家族を人質に取ること。俺の最も回避しなければならない事態の為に、前以て種も撒いておくのを忘れてはならない。


 未来の記憶を見る時、基本的に欲しい情報のみを引き出すことは出来ない。

 出来るのは速度の変更と停止の二つのみ。未来の俺が情報収集に精を出すようになったのは大学入学時の襲撃以降であり、故に最初は飛ばし続けることになる。


 そうして解るのは、大学入学時にはまったく情報が無かったこと。

 認識出来る範囲ではサンライフはCMだけ。社長の名前やその家族の名前も見つからず、噂話の中にも出て来ることはない。


 何年分もの情報を調べるのは骨が折れる。此処が一種の夢であるからこそ終われば次の日の朝になるものの、精神的な疲労はやはり相応に掛かってしまう。

 モンスターばかりの環境で情報が錯綜していく様子が見える。ネットどころか本も出版されなくなり、人の話に嘘と真実が混ざって混沌としていく。


 何年も何年も時間が流れていき、やっと落ち着いた頃に――その情報は雑誌に掲載されていた。


「社長交代?」


 株式会社サンライフ新社長、坂本さかもと辰信たつのぶ就任。

 雑誌の表紙にも特ダネの一つとして並び、内容もサンライフ新社長就任へのインタビュー記事が殆どだ。


 映像を停止させて文面を読む限り、交代した原因は社長本人が病気で余命間近になった為。事前に二年前から話は来ていたものの、今回初めて公表したそうだ。


 この雑誌以降からサンライフの露出は増えている。ダンジョン発生後の有力冒険者のスポンサーになり、製薬会社のノウハウを利用して各回復薬や強化薬の販売。

 販売価格を落すことで市場の独占を狙い、実際にサンライフ製の薬が冒険者達の必需品になっている。


「……怪しいな」


 映像が数年進んだ先でまた停止させる。


 考えるのはこの新社長について。この男は交代前は副社長の席に座っていたようで、ゴシップ記事の中で目に見えて目立つ功績が一つも無いことが指摘されている。

 ゴシップ雑誌を信じるかどうかは兎も角、社長交代の発表があまりに唐突だ。


 そして一番怪しいのは、交代した後のこの成功の数々だ。

 契約した冒険者が高位のもので固められているが、俺が映像で見た限りで彼等が具体的な功績を残したことはない。


 未来の俺は二度だけ一軍の戦いを見ている。

 ボスに対して本気で立ち向かう姿は、優しい表現でも化物みたいだった。


 故に契約した冒険者が本当に高位に属するのかは疑問が残る。良くて中位の強さしかないのではないだろうか。

 他に薬品の販売価格を落して販売したこともおかしい。


 薬品の素材は全てダンジョンでしか取れない。地球上の何処にも代替可能な素材は存在せず、冒険者が命を賭けて薬草なりモンスター素材を集めて来るのだ。


 薬品の質が悪ければ安くなるのは仕方がない。効果の薄い薬を買う層は少ないのだから。

 だがサンライフは高品質な薬品の値段も落とした。


 けれども、誰もがサンライフの薬を使うようになってからも値段は下がったまま。

 これで黒字を出すならば、何処かで経費の削減をしなければならない。


 だが新社長の姿は相変わらず痩せた様子も無かった。

 度々登場する契約した冒険者達も余裕の態度を崩していない。


 ならばと映像を進め、薬品や冒険者周りの情報を漁っていく。

 質が下がった等の情報。冒険者の死傷者数。


 しかしそんな努力は一人の女性の告発によって完全に無駄に終わった。


『これからお伝えすることは、株式会社サンライフの社長の不正行為についてです』


 動画投稿サイトの配信システムを利用して、白一色の壁の前にレディスーツ姿の女が居た。

 赤茶の三つ編みのお下げ、鋭い茶の瞳、縁の無い丸眼鏡。車椅子に座った彼女の左右には鎧の男達。


 女性の名前は伊月いづきさくら

 サンライフ前社長・伊月いづき直史なおふみの娘であり、彼女は父が坂本に殺されたと告発した。


 加えて、薬品が安かった理由は「サポーター使い潰し」による最低賃金以下の搾取。


 彼女には証拠があった。

 動画、音声、画像、契約書類──全てが偽物の余地を与えないものだった。


 桜が動いたのは偏に復讐。

 障害のあった彼女を父は深く愛していた。だが坂本は冒険者を使い父を殺し、会社を奪った。


 事件が公になり、サンライフの信用は暴落。坂本たちは逃亡を図るも捕まり、一部は冒険者で反撃を試みたが鎮圧。


 契約冒険者達も賄賂により黙認していたため、ダンジョン挑戦権を剥奪され檻行き。


「こいつは凄いな……」


 薬品の信頼は地に落ち、大量の在庫を抱えた店は損失。

 サンライフは業務停止、大量退職、誰も社長を引き受けたがらない。


 倒産寸前のその時──告発者・桜が社長に就任した。

 二本の足で立ち、歩き、堂々とした会見。


 そこまでを見た段階で俺は映像を切った。


 未来のサンライフの情報を知り、胸の内には安堵が広がる。

 彼等の生活は今後苦しいだろうが、地獄ではない。桜は社長として前へ進む。


 ならば今の社長の話を聞く必要も無い。

 スタンスは常と変わらず、相手の意思を無視する形で十分だった。

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