高校生11 ストレス過多
「立花君はどう思う?」
唐突なパスに一瞬、言葉が詰まった。
他の二人も俺に目を向け、その視線からは純粋な興味が伺える。
作ったのは俺であるしアカウントの意図も解るが、さりとてこの三人に言う必要も無い。何より仲良くする気が無いのにどうして相手は話を振ってくるのか。
すっと冷めた思考が過った。それはやっては駄目だと理性が歯止めをかけるも、振り回されることに変にストレスが溜まっていたのかもしれない。
「別に、興味もありませんよ。 そんなもの」
存外に冷たい返しに根岸は驚いた表情をしていた。
俺も直ぐに口元を手で押さえるも、吐いた唾は呑み込めない。俺の言葉を待っていた咲も驚いた顔をしていて、小森は半目で睨みつけていた。
「なんか、ちょっと冷たくない?」
小森は此方を睨みながら文句も口にする。
こればかりは彼女の方が正しいので素直に悪いと返すが、辺りには気まずい空気が流れた。
無難な着地を望んでいたつもりだったのにと内心で後悔しつつ、本音を隠すために態とうんざりとした表情を作り上げる。
「……予言とかそういうのの話題が俺の家の近所でも多くてさ。 あんまりオカルトに興味無い身としてはそれで騒がれるのは五月蠅くて嫌なんだよね。 俺は静かな方が好きなんで」
「そんなに? ……まぁでも、今まで興味も無いような人達も最近じゃ信じるようになったし、確かに色々騒がしいかも」
「だろ? 俺もアカウントは見たし、的中率が高いってのも知ってる。 世間から注目されるのも解らん訳じゃないけど、個人的にはそれを見てさっさと動けば良いじゃんって感じかな」
予言とされる文言には何が起こるのかが記されている。
それを見て人々は当たるかどうかを騒いでいるのだが、一々騒ぐよりも最速で行動に移した方が間違いなく最善だ。
その騒がしさを用いて知名度稼ぎをしている点は否定しないものの、特に災害について動き出すまでの政府や人々のラグが酷いことは個人的に眉を顰めている。
動けば助かるのに動かず、結局死んだなんて話もニュースで流れていた。被害者遺族はなんでもっと前から教えてくれなかったのかと俺にダイレクトメールを送ってきていたが、発生まで一ヶ月も時間があったのに準備が遅過ぎる。
「……ちょっと意外ですね」
俺の感想を聞いて沈黙が広がる中、咲が呟く。
意外の二字に小森が顔を向け、向けられた彼女は暫し言葉を選びながら口を開けた。
「昔は人助けが趣味みたいな感じだったから、事前に起きることが解っていれば助けることが出来るって言うと思っていました」
「品野さん」
彼女の発言は、確かに昔の自分であれば考えたかもしれない。
未来を知れる。それはつまり、誰かの不幸に事前に準備する時間が取れることになる。
中学生時代の俺であれば率先して被害者に声を掛けて一緒に対策を練るだろうし、道具が必要なら親に頼むこともしていただろう。
それが親の心配に繋がると深く考えず、ただただ偽善者ムーブで行動し続けていた。
「もう人助けは止めるって決めたんだよ。 やったところで大して意味も無いしね」
「そ、そんなこと……」
「あるよ。 危険に突っ込んで怪我だらけになっても金が貰える訳でもないし、感謝だけじゃ腹は膨れない」
過去の自分をバッサリ切り捨てられるのは咲にとってはあまり嬉しくはないかもしれない。
一応は付き合っていたんだ。あの頃を少しでも楽しい思い出として覚えていてくれたのであれば、今の俺の発言を素直に受け入れてはくれないかもしれない。
それならさっさと次の思い出に移行しろと言いたくなるが、流石にそれがノンデリなのは解っている。
こういうのは相手が動くのを待つべきだ。早く今の咲を惚れさせ、距離を取ってもらいたいものである。
「あれ? でも君ってさ――」
「――先輩」
二人の間が更に重くなる中、根岸は俺の意見に何かを言おうとした。
その口は直ぐに止めさせる。彼女の発言が色々と地雷に繋がることを俺は理解していた。特にコンビニの一件をここら辺の奴等に聞かせる訳にはいかない。
根岸を睨むと本人は口を噤んだ。これで黙ってもらえると思ったが、何故か本人は俺の行動に嬉し気だ。
妙にニコニコとした笑みでパンを食べ、実に機嫌が良くなっている。その表情に思う所が無いでもないが、突くことで藪蛇になることを避けた。
だが、咲は俺達の顔を交互に見ている。表情に僅かに悲しみが混じるのは、俺達の関係が普通とは違うと朧気であれど解ってしまったのかもしれない。
「…………」
無視を決め込み、昼休みの時間が終わるまで俺は黙りこくった。
小森はどこか居心地の悪い顔をしていたが、それについては申し訳ないと思うも我慢してほしい。
次からは声が聞こえた段階で別の場所を探すとしよう。人の居ない所となると後は校舎裏や空き教室の無断使用が候補として挙がる。
根岸は来年になれば卒業だ。来年時点であれば進学も就職も問題無かったので、彼女とはそこで俺との接点を完全に断つことになる。
未だに俺との関係に踏み込もうとしているものの、年末付近となれば彼女にも余裕は無くなる。
その時点で俺の勝利は硬い。なれば、年末まで我慢をすることにしよう。それでもまだ引かないなら、残念ながら最悪の選択をする他ない。
食事を終えた俺達の耳にチャイムの音が鳴る。
聞き慣れた終了の時間に一番に腰を持ち上げ、すたこらさっさと彼女達の傍を離れた。
別れの挨拶も何もない。昼食でばったり遭遇なんてのはこれっきりにしてほしいと願いつつ、俺は自分の所属する教室で午後の授業に精を出す。
勉学の時間はグループで行うモノ以外は常に一人だ。静かな一時は俺に安心を齎し、同時に平穏の有難さを教えてくれる。
何も知らなかった時、俺はこの平和に特に何も感じてはいなかった。
当たり前の如く明日は訪れると信じていたし、家族は何時までも生きていると確信していた。街は時間の流れの中で僅かに姿を変えることはあれど、ああまで破壊されるだなんて思わなかったんだ。
平和は一瞬で崩れる。奴等が崩す。俺の安心が、安息が、平和が、まったくの無関係な化物共に踏み躙られて終わらせられるのだ。
自分のストレスはまだ抜けきっていないのかもしれない。
解り切っていることにまだ嚇怒の炎を燃やし、何かに八つ当たりをしたくて仕様がない。けれど下手に周りに八つ当たりをしては一人ぼっちのままではいられなくなる。
放課後の時間になって、俺はこれまでよりも早く学校を出た。
背後から誰かの声が聞こえた気がしたが、そんな声を一切無視して自宅近くの公園に向かう。
普段から鍛えている場所で、俺は学ランの上着だけを脱いだ。
「耐えろ、俺」
鞄に入れてある普段使いの棒を振り回す。
自分にエールを送って、この努力が明日の自分の力になると信じて無心で鍛え続ける。
周りの言葉に感情を揺さぶられるな。感情的な人間なんてどこで墓穴を掘るか解ったもんじゃない。
折角良い状況なんだ、それを台無しにするのは本意じゃないだろうが。
切り捨て、切り捨て、大切なモノ以外を捨て去って。望みを果たすただ一念を持ち、未来の惨劇を乗り切る覚悟を常に持つ。
多くの人間が死ぬ。例えその中に咲が居たとて、俺は突き進もう。望んだからこそ、俺は何かを支払わなければならないのだから。
夜になり、親から電話が来るまで俺は棒を振るい続けた。
電話先で母親からの心配の声が聞こえてきて、そこで漸く俺は大きく息を吐く。
自然と重かった肩が軽く感じた。安堵と安心が胸中を支配し、自分でも驚く程素直に謝罪の言葉が口から出たのだった。
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