高校生7 コンビニ少女

 休日が終われば当たり前だが学業が待っている。


 早朝の走り込み、軽い筋トレ、対モンスターに向けた武器の習熟度上げ。


 終わった後には確かな疲労感が残り、学校に到着しては机に突っ伏して予鈴が鳴るまで眠りに入る。


 起こしに来る人間は居ない。友人は居らず、元恋人はきっぱりと絶縁を告げたことで関りが無くなり、今の俺は正しく姿が見える空気そのもの。


 未だいくらかの視線を向けられることはあるも、そこにあるのは僅かな嫉妬だけ。


 咲と嘗て付き合っていた事実そのものを気に入らないのかと思うが、そうであるならば相手をするだけ意味は無い。


 終わったことを蒸し返せば拗れるだけだ。彼女も俺も違う道を進むことになったのだから、そこは自分にチャンスが巡ってきたとでも勘違いしてもらいたい。


 本鈴が鳴り、先生が姿を現して点呼していく。


 軽く答えて一日の予定を聞き、それに合わせて今日も何不自由も無しに時間は過ぎた。


 勉学は高校を卒業するまでであれば大丈夫だ。大学を狙う気が無いのでこのままの成績を維持していれば就職問題も大した問題に発展しない。


 これからの時代は第一に力、第二に金だ。社会的ステータスが有利に働かないとまでは言わないけれど、上を目指す必須材料にはなってくれない。


 より力が重要視される世界はちょっと野蛮めいているものの、そうでなければ生きていけないので仕方が無い。法律も立て直しが済むまではちょっと軽視されてはいた。


 昼休みになれば俺は机の上に弁当を広げた。


 中身は男子学生らしいスタミナ満点な物で構成され、焦げ付いた跡があちらこちらに散見される。


 この弁当は俺の自作だ。それまでは母親が用意してくれていたが、冒険者になってからは最低限の自炊が求められる。


 特にキャンプ飯は幾つか覚えておいた方が良い。仮に食材があったとしても現場で調理する技術が無ければ失敗して炭を食うことになる。


 今はまだ家で弁当を作るくらいで、後からキャンプでも行って自然の中での生活にも慣れていくつもりだ。


 その為に飛んで行く費用を思うと目が遠くなってしまうが、節制を繰り返して何とか安い場所を探す他ない。土曜日の小遣いアップは実は俺にとって有難かった。


 ――と、そんな俺の耳に騒めきが入る。


 普段から何処のクラスも昼休みとなれば騒がしくなるものだが、今聞こえている騒めきはそれとは違う。


 顔を教室入り口に向けると、一人の女生徒が視線を彷徨わせていた。


 誰かを探しているのは一目瞭然。クラスメイトの男子達はどこか興奮した面持ちで彼女を見て、自分が呼ばれることを期待しているようだった。


 彼女の顔を見る。亜麻色の長髪に少々暗めのブラウンアイ。大人びた風貌はとても一年生に思えず、二年か三年かと思われる。


 その顔を俺は知っていた。彼女もまた、彷徨わせていた視線が俺に向けられたことで完全に固定される。


 嫌な予感がする。まだ冒険者になった訳でもないのに、まるで未来で起きた出来事を見て来たかの如く直感が危機を訴えていた。


「あ、そこに居た!」


 おーいと入り口で手を振る彼女から視線を外して違いますアピールをしてみるが、そもそも他クラスの教室で人を呼ぶような人間が遠慮なんてする筈も無し。


 周りの騒めきを無視して教室に入っていき、やがて俺の席の前に彼女は立った。


「あの、少し話は出来る?」


「……どちら様でしょうか」


「え、もう忘れたの? コンビニで私を助けてくれたじゃない」


「それは人違いでは?」


 必死になって取り繕ってみるも、彼女は離れる様子が無い。


 そっと顔を戻してみると、女生徒は笑顔のまま。立ち去らない彼女は俺があの時の男であると微塵も疑っていなかった。


 そりゃあ、あのコンビニは学校とは目と鼻の先だ。この学校からバイトに行くとなれば移動時間は掛からないし、友達と話をすることも出来る。


 とはいえだ。あの時助けた人物が実際に此処まで来るだなんて流石に想像していなかった。


 これはマズいぞと俺の脳が警鐘を鳴らす。そして、警鐘が誤作動ではないことを直ぐに思い知らされた。


「店長にもお願いして画像はあるよ? そしたらもう嘘は言えないと思うけど」


「ぐ」


「あ、観念した」


 物的証拠がある以上、喚いても意味はない。


 それでも呻き声が漏れてしまう。こればかりは勘弁してほしいと誰ともなしに懇願しつつ、溜息と共に机に顔面を押し当てた。


「……何の用でしょうか?」


「感謝だよ感謝。 あの時助けてもらったことに改めてお礼をしたくて。 お父さんとお母さんからはお礼の品も持たされたの」


 顔を上げる。よくよく彼女の姿を見ていなかったが、その手には少々大き目な白箱があった。


 洋風の店名だけが記されたそれが彼女の語る礼の品であるのは一目瞭然であり、そうであるならば受け取らない訳にもいかない。


 俺としては注目を受けないのが最大のお礼だったのだけれど、そんなことを言われても彼女には意味が解らないだろう。


 まさかこんなことになるとは。自身のマイナス的な考え方を今一度見直した方が良いのかもしれない。


 白箱が机の上に置かれ、そっと蓋が開けられる。


 中身はクッキーやフィナンシェ等の洋菓子セット品だ。数多くある菓子は俺にとっても嬉しいもので、変に高価でないことが有難かった。


 金品なんてことになると生々しいからな。そういうのは大人になってからの方が良い。


「命を助けてもらったお礼としては小さいかもしれないけど、有難うね。 本当にあの時は怖かった」


「助けようと思って助けた訳ではないので気にしないでください。 昔からああいった状況になると勝手に身体が動いてしまうので」


「へー。 だからあんなに強かったんだ」


 感心した声に苦笑する。


 実際、やると決めても肉体の動作は意識的なものではなかった。あれをもっと己の意思で自然に振るえれば合格点に手が届くのかもしれないが、それでも現時点では及第点だろう。


 昔からの行いで無駄じゃなかったのは、やはり人助けの経験だ。あれがあったればこそ危機に飛び込む臆病さを振り払うことが出来る。


 今後は回数を減らす予定であるも、この咄嗟に動ける状態は残しておきたい。この反射的な行動こそが命を救うことに繋がるのだから。


「私、二年の根岸ねぎし小夜さよって言うの。 君は?」


「立花・翔と言います。 やっぱり先輩でしたね」


「まぁね。 一年で私みたいな美人は居ないっしょ?」


 勝気な笑みを浮かべてVサインを送る姿は自信に溢れている。


 容姿も彼女が誇るように確かに上澄みで、きっと二年の中でも話題になっている生徒なのだろう。


 そんな人間を偶発的であれ助けてしまうことになるのは個人的にあまり良いものではないが、出会いなんて所詮は一期一会。一回助けたくらいでそこから何かが始まるなんてことはない。あったとして、それを俺は拒絶してみせる。


「確かに。 きっと告白も多いのでは?」


「勿論。 でもビビっとくるような人が居ないんだよね。 正直同年代の男子って子供っぽく見えちゃってさ」


「それは……解らないでもありませんね」


「でしょー?」


 そこから俺と根岸は昼休みが終わるまで雑談に興じることになった。


 周りの視線はこれまでとは比較にならない程に強くなっている。二年で何度も告白されるような人間なら、一年の人間に知れ渡っていないと考えるのは愚かも愚か。


 これは彼女が居なくなった後が大変だなと胸中で呟き、何とか周りに変にならないよう無難な話題だけで進めていった。


 彼女は眉を寄せて不満に感じていたようだが、余計な真似は断じてさせない。


 俺達の関係はここまで。後は廊下で会った時にでも会釈するだけの間柄に終われば、周りからあれこれ言われることもなくなる。


 人間、何時までも供給が無ければ忘れるもの。嵐は何時か過ぎ去るものだと俺は知っていた。

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