第2話 部員

 男は、燃えるように強い視線。白いカッターシャツに黒いジーンズを身につけており、黒髪を短くまとめていた。整った目鼻立ちの持ち主で、肌はうっすら日焼けしていた。安堂に負けず劣らず背が高く、頭一つ高い位置からきみをみおろしている。

「入部希望の子だよ」

 安堂が言った。

「よろしく。部長の石垣だ。文芸サークルにようこそ」

 石垣は、腰をかがめると、事務用の棚の二段目からA4の用紙を取り出し、きみに手渡す。

「入部届だ。サインしてもらえるかな」

 きみは受け取る。記入する。


 その間、値踏みするような視線をきみは感じる。二人の女たちからだ。くすくす。何事かを話し合っている。もうひとりの男はというと、自分に対する関心を取り戻そうと、二人の女との会話を試みる。がみがみとがなり立てるようなその声に、きみは気後れを覚える。

 きみから入部届を受け取ると、石垣はスラリと長い手で、安堂に差し出した。安堂は長い黒髪をかき上げ、その用紙を手に取り、何事か記入して、事務用棚の上の書類置きに投げる様に置いた。


「さて」腕時計を見ながら石垣が言った。「これから飲みに行くところだったんだよ。金城くんもどう? 一緒に行かない?」

「僕は」

 さっきよりも強い視線を感じた。二人の女子ともうひとりの男からは、とりわけ脂っこいネチネチした視線を。

 嫌な感じがして、きみは行く気をなくす。だが、ここで断ると部員と仲良くする機会を失い、今後の四年間孤立してしまうような気分に駆られる。「行きます」と答えた。

「いいね。近場で済ませるから安心して。歩いていくことにしよう」

「安堂はどうするんだ?」

 もうひとりの男が言った。

「僕は」安堂はチラリときみに視線を向けた。「行くとしようかな」

「へー、珍しい」

 女の子の一人が言った。

「安堂センパイと飲みに行けるのうれしいです」

 別の女の子が目を輝かせた。

「決まり。じゃあ行くとしようか」


 初対面の先輩たちの後ろを歩き、胸の高鳴りを感じながら、きみは住宅街のアスファルトを歩く。来たばかりで不案内な街の中を闊歩する先輩たちの背中には頼もしさみたいなものを覚える。夕闇が降りてきて、西の空は赤く燃え上がっている。夜が近い。

「部員は何人くらいいるんでしょうか」

 きみは、安堂に問いかけた。全員が初対面だが、彼に限って言えば、姉の知り合いということで気安い感じがしたのだ。

「これがフルメンバーじゃないよ」石垣が引き取った。「一年から四年まで二十六人が在籍している。と言っても四年は就活やもろもろの用事でほとんど来られないけどね」


「よう、俺は東条。よろしくな」

 もうひとりの男がきみの肩に手を置く。野太い指だった。体格があり、Tシャツの下には厚い胸板があることが透けて見えた。きみは東条に自己紹介する。学年、学部、出身地などの情報を交換し合う。

 その間、何か違和感のようなものをきみは覚える。文芸サークルの一員であるはずなのに、文学愛好家に見られる思慮深さというものが、この男からは感じられないのだ。出てくる会話は下世話で、語彙ボキャブラリーも貧弱。隙を見ては会話にはさまってくる二人の女子も、彼と同じタイプだった。

 もちろん、それはきみの偏見でしかない。文芸愛好家にもいろんなタイプの人間がいる。先入観でものごとを語るべきではない。だけど、きみはどうしてもその違和感を拭えない。そんな自分が恥ずかしいと思う。

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