第5話:エピローグ

――あれから、八年。

五月の風が、街路樹の新緑を揺らす。
駅前のカフェテラス。
私はスーツの袖をまくり、アイスコーヒーを待っている。
向かいの席、ゆかりは白いブラウスにデニム。
髪は肩まで伸びて、ポニーテールはもう卒業した。
でも、笑顔はあの頃のまま。

「遅れてごめん。電車、遅延で」
「いいよ。待ってる時間も、ゆかりのこと考えてたから」

ゆかりは頬を染めて、メニューを隠れ蓑に顔を伏せる。
相変わらず、照れ屋。

――私たちは、別々の大学を卒業した。
私は地元の出版社に就職。
ゆかりは東京の広告代理店。
二年付き合って、遠距離になった。
週末の新幹線、夜行バス、ビデオ通話。
喧嘩もした。
「会えなくて寂しい」「信じてるけど不安」
でも、毎回、ルール通り言葉にした。
そして、乗り越えた。

――去年、同棲を始めた。
小さなワンルーム。
玄関に、二人分の靴。
冷蔵庫に、ゆかりのハート型卵焼き。
ベッドの脇に、あのペアリングを飾った箱。
毎朝、ゆかりが先に起きてコーヒーを淹れてくれる。
「好き」って、キスと一緒に。

――今日は、記念日。
高校で出会って、ちょうど十年。
ゆかりが小さな紙袋を差し出す。
「開けて」

中身は、写真立て。
高校の文化祭、私たちのメイド&バニー姿。
裏に、ゆかりの字。

『十年後も、二十年後も、
 あかりちゃんの隣にいるよ。
 約束。』

私は、涙が出そうになった。
「ゆかり……」
「泣かないでよ。私も泣いちゃう」
二人で笑いながら、涙を拭う。

――夕方、公園。
桜はもう散ったけど、八重桜が満開。
ベンチに座って、手を繋ぐ。
ゆかりが私の肩に頭を預ける。

「ねえ、あかりちゃん」
「ん?」
「私、昔は怖かった。
 あかりちゃんを取られるんじゃないかって」
「知ってる」
「でも、今は違う。
 あかりちゃんがどこに行っても、
 私の心には、ずっとあかりちゃんがいるから」

私はゆかりの髪を撫でる。
「私も。ゆかりは、私の特別。
 ずっと、ずっと」

――夜、アパート。
二人で作ったカレー。
ゆかりがスプーンで「あーん」。
相変わらず甘えん坊。
食後、ソファで映画。
ラブコメ。
あの頃と同じ。
でも、今は自然に、ゆかりの膝に頭を乗せてる。

――寝る前。
ゆかりが私の左手を握って、
「明日も、明後日も、
 ずっと一緒にいようね」
「うん。約束」

電気を消す。
暗闇の中、ゆかりの温もり。
百合の花は、季節を越えて咲き続ける。
私たちの愛も、そう。
永遠に。

――おしまい

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百合の独占欲 @gato_huki

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