第3話:独占の代償と揺らぐ距離

キーホルダーのハートがカチッと鳴る音が、朝の教室で響いた。

「今日から、これつけよ? バッグに」

ゆかりが私のバッグに半分のハートを付けながら、自分のバッグにももう半分を付ける。ぴったり合わさる二つのハート。まるで私たちの関係みたい。でも、教室の空気が、今日は少し違う。

「ゆかりちゃん、朝からあかりちゃんとベタベタじゃん」

クラスメイトの美咲が、笑いながら声をかけてきた。美咲はクラスのムードメーカーで、誰とでもすぐに打ち解けるタイプ。でも、ゆかりの返事は冷たかった。

「うん。私とあかりちゃんの時間だから」

「……へえ」

美咲の笑顔が一瞬凍る。ゆかりは私の肩に手を回して、完全にブロック。私はちょっと困ったけど、ゆかりの熱い視線に負けて、黙ってしまった。

その日から、ゆかりの「独占」はエスカレートした。

休み時間。誰かが私に話しかけようとすると、ゆかりが先に割り込む。

「ごめん、あかりちゃん今、私と話してるんだよね」

昼休み。屋上に行くとき、ゆかりは私の手を引いて、誰にも見られないように階段を急ぐ。

「他の子に見られたら、邪魔されるじゃん」

放課後。図書室に行くときも、ゆかりは私の腕に絡みついて、廊下を歩く。他のクラスメイトがこっちを見てる。噂が広がってるのがわかる。

「ゆかりとあかり、最近ずっと一緒だよね」「なんか、付き合ってるみたい」「百合カップル?」

耳に入るたび、胸がざわつく。嬉しいけど、恥ずかしい。でも、ゆかりは平気な顔。

「私たち、特別だもん。気にしない」

でも、私は気にした。

金曜日。昼休み。屋上で、ゆかりが急に真剣な顔をした。

「あかりちゃん、明日、土曜日。約束ある?」

「え? ないけど……」

「よかった。じゃあ、朝9時に私の家に来て」

「え、家に?」

「うん。親、出かけてるから。二人きりで、ゆっくりしよう」

心臓が跳ねる。二人きり。ゆかりの家。想像しただけで、ドキドキが止まらない。

「う、うん。行く」

ゆかりがニコッと笑って、私の頬にキスした。屋上だけど、誰かに見られたら……。

「ゆかり!」

「えへへ。好きだよ、あかりちゃん」

その言葉に、頭が真っ白になる。

土曜日。ゆかりの家は、駅から少し離れた住宅街。白い一軒家。チャイムを押すと、ゆかりがパジャマ姿で出てきた。

「来てくれた! 入って入って!」

リビングは広くて、窓から陽射しが差し込んでる。ゆかりはすぐに私の手を引いて、ソファに座らせる。

「今日は、ずっと一緒にいようね」

映画を見たり、ゲームしたり。お弁当も一緒に作った。ゆかりはエプロン姿で、楽しそうに卵焼きを焼く。

「あかりちゃん、味見して」

スプーンで口に運ばれる。距離、近い。唇が触れそう。

「美味しい……」

「ほんと? よかった~」

ゆかりが急に私の前に跪いて、両手で私の手を包む。

「あかりちゃん、私のこと、どれくらい好き?」

「え?」

「私、毎日あかりちゃんのこと考えてる。学校でも、家でも、寝る前も。あかりちゃんがいないと、息できないくらい」

ゆかりの目が潤んでる。本気だ。

「私も……ゆかりのこと、ずっと考えてる」

「ほんと?」

「うん」

ゆかりが立ち上がって、私に抱きついてきた。ソファで倒れ込む。ゆかりの髪が顔にかかる。甘い匂い。

「ずっと、こうしてたい」

でも、そのとき、スマホが鳴った。私のスマホ。母さんから。

「ごめん、ちょっと……」

ゆかりが不機嫌そうに離れる。私は電話に出る。

「もしもし?」

「あかり、今日は何時に帰るの?」

「えっと、夕方くらい……」

「友達の家? 女の子?」

「うん」

「よかった。気をつけてね」

電話を切ると、ゆかりがじっとこっちを見てる。

「誰?」

「母さん」

「ふーん」

ゆかりの声、トゲがある。なんか、怖い。

「ゆかり、どうしたの?」

「別に。ただ、あかりちゃんが他の人に話してるの、嫌だっただけ」

「母さんだよ?」

「うん。でも、私以外の人と話してるの、見たくない」

極端すぎる。でも、ゆかりの目が本気で、私は何も言えなかった。

夕方。帰る時間。ゆかりが玄関で見送ってくれる。

「また、来週も来てね。約束」

「うん」

ゆかりが急に私の首に腕を回して、キスした。唇に。初めての、本当のキス。

「ゆかり……!」

「好きだよ。あかりちゃんは、私のもの」

頭が真っ白。ゆかりの家を出て、駅に向かう。唇が熱い。キスされた場所が、ジンジンする。

でも、胸の奥に、モヤモヤが残る。ゆかりの独占欲、どんどん強くなってる。私、嬉しいけど、息苦しい。

月曜日。教室に入ると、ゆかりが待ってる。でも、今日は様子が違う。私の机に、誰かの手紙。

「ゆかり、これ……」

「知らない。捨てていいよ」

手紙を開くと、クラスメイトの男子から。『あかり、最近元気ないみたいだから、話聞くよ』って。

ゆかりが手紙を奪って、破り捨てた。

「ゆかり!」

「ダメ。私以外の男と、話さないで」

「でも、ただのクラスメイトだよ」

「ダメ」

ゆかりの目が、怖い。初めて、ゆかりを怖いと思った。

昼休み。屋上。ゆかりが急に泣き出した。

「ごめんね、あかりちゃん。私、怖い?」

「え?」

「私、昔、親の転勤で友達いなくなって、孤独だった。だから、あかりちゃんを取られたくない」

ゆかりの涙。胸が痛くなる。

「私、ゆかりのこと、大好きだよ。取られないよ」

「ほんと?」

「うん」

ゆかりが抱きついてくる。でも、そのとき、屋上のドアが開いた。美咲と、もう一人の女子。

「あ、いた。ゆかり、あかり、昼ご飯一緒に……」

ゆかりが立ち上がって、二人を睨む。

「出てって。今、私とあかりちゃんの時間」

美咲がびっくりした顔。

「ゆかり、ちょっと……」

「出てって!」

大声。美咲たちは黙って去っていった。

私は、ゆかりの手を握った。

「ゆかり、やりすぎだよ」

「でも、私……」

「私、ゆかりのこと好きだけど、友達も大事だよ」

ゆかりの顔が曇る。

「……わかった。でも、私が一番でいて」

「うん」

でも、心の中で、何かがひび割れた。

その週、ゆかりの行動はさらにエスカレートした。

• 私のスマホをチェック。「誰とLINEしてるの?」

• 休み時間、私が他の子と話すと、すぐに割り込む。

• 放課後、ゆかりの家に毎日誘われる。

私は、疲れてきた。ゆかりのことが大好きだけど、息が詰まる。

金曜日。放課後。ゆかりがまた家に誘う。

「今日は、泊まっていかない?」

「え?」

「親、旅行でいないから。二人きりで、朝まで」

ドキッとする。でも、

「ごめん、今日は用事ある」

嘘。母さんに頼んで、断る口実を作った。

ゆかりの顔が、初めて怒った。

「用事? 何?」

「家庭の……」

「嘘。私、知ってる。あかりちゃん、最近私と距離置いてる」

「そんなこと……」

「あるよ! 私、怖い?」

ゆかりの目が涙でいっぱい。

「私、あかりちゃんがいないと、ダメなんだよ!」

叫び声。図書室の隅で、ゆかりが泣き崩れる。

私は、ゆかりを抱きしめた。

「ごめんね。私も、ゆかりのこと大好きだよ。でも、ちょっと、息抜きしたい」

ゆかりが顔を上げる。

「……わかった。でも、約束して。私が一番だって」

「うん」

でも、心の中で、決めた。少し、距離を置こう。

週末。ゆかりからのLINEが、数十件。

「どこにいるの?」「返事して」「寂しい」「ごめんね」「好きだよ」

既読スルーした。胸が痛いけど、必要だ。

月曜日。教室に入ると、ゆかりがいない。席、空いてる。

美咲が近づいてきた。

「あかり、ゆかり、今日休みだって。なんか、熱があるって」

心配になる。ゆかりの家、行ってみようか。

でも、行ったら、また同じ繰り返し。

放課後。ゆかりから電話。

「もしもし……」

「あかりちゃん……ごめんね……来て……」

声、弱々しい。

「ゆかり、大丈夫?」

「熱が……あかりちゃんに、会いたい……」

胸が締め付けられる。

「今、行く」

ゆかりの家。ドアを開けると、ゆかりがパジャマ姿で立ってる。顔、真っ赤。

「あかりちゃん……」

抱きついてくる。熱い。本当に熱がある。

「ゆかり、寝てて。看病するから」

ベッドに寝かせて、額に冷えピタ。お粥を作って、食べさせる。

ゆかりが私の手を握る。

「ごめんね。私、わがままだった……」

「ううん。私も、悪かった」

「でも、私、あかりちゃんがいないと、ダメなんだ……」

ゆかりの涙。キスする。熱い唇。

でも、そのとき、ゆかりのスマホが鳴った。画面に、『田中くん』。

ゆかりが慌てて切る。

「……誰?」

「クラス委員。プリントのことで……」

「ふーん」

今度は、私がモヤモヤする。

ゆかりが私の手を強く握る。

「信じて。私、あかりちゃんだけだよ」

「……うん」

でも、心のひび割れは、広がってる。

夜。ゆかりが寝た後、リビングで考える。

ゆかりの独占欲、私の嫉妬。この関係、どこまで持つんだろう。

壊れる前に、何かを変えなきゃ。

でも、ゆかりの寝顔を見ると、離れられない。

百合の花は、綺麗だけど、棘がある。

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