トモダチランキング

ガビ

第1話 愛ちゃん

「ユウくんのトモダチランキング、私って何位?」

 小学2年生だか3年生だかの夏休み。

 公園で逆上がりの練習をしていたら、愛ちゃんがそう聞いてきた。


「え?」

 完全に集中していた僕は、愛ちゃんが言ったことをよく理解できなかった。

 もう1時間近く練習しているから、汗がTシャツに張り付いて若干気持ち悪かった。

 もう一踏ん張りしたら成功しそうだと自分と対話していたから尚更。


「トモダチランキング、私は何位?」

 改めて言われて、なんとなく意味は分かったが、当時ピュアだった僕はつまらない回答をした。


「友達に順位なんかつけられないよ。愛ちゃんもたっつんも潤也も同じくらい好きだよ」

 愛ちゃんは、いつもの穏やかな笑顔を見せている。


「同じくらいってことは、ほんの少しでも差があるでしょう。私、女子の中では1位の自信があるけどたっつんとかより上かどうかは分からない。だから知りたいの」


「……みんな1位だよ」


「そっか。ユウくんは優しいね……あ! ちなみに私のトモダチランキングはユウくんが1位だよ!」


「……ありがとう」

 お礼は言ったが、嬉しくは無かった。

 可愛くて、僕やたっつん達の会話を笑って聞いてくれている愛ちゃんとは違うと感じだから。


 なんだったら、友達をランクづけするなんてと怒ってすらいた。

 しかし、今思えばその怒りは正義によるものではなく、推しが解釈違いな発言をした。みたいな不快感からくるものだったと思う。

 可愛い愛ちゃんは、そんなこと言わない。

 そんな自分勝手な決めつけを裏切られたから拗ねていただけ。

 そんな浅はかな想いから一緒にいるのが辛くなり、僕は愛ちゃんと遊ばなくなっていった。

 


\

「ハァァぁぁァァ。ダルい」


 年月は流れ、高校2年生になった俺は平日の昼間に神社の中にあるベンチでスマホをイジっていた。


 10月28日。火曜日。

 もちろん、開校記念日でもなんでもない普通の平日だ。


 同級生達は将来のために勉学に取り組んでいる。しかし、僕は学校に行ってすらいない。


 理由はウンザリするほどに簡単だ。

 友達がいないから。


 いや、中学まではそれなりにいたんだよ。


 でも僕は馬鹿だから、みんなが入るような普通の偏差値の高校には受からなかった。

 結果、この辺では底辺と言われている友達が1人も選ばない高校に入学することになったわけだ。


 最初は新しい友達を作ろうと頑張った。だけど、なんかノリが違うんだよ。こっちが何を言っても反応薄いし、僕抜きで、いつも教室の片隅でコソコソ何か話している。


 その聞こえるか聞こえないかの絶妙な声量の会話は、「自分の悪口を言っているんじゃないか」と疑心暗鬼にさせる魔力を持っていた。


 そんな被害妄想をしていたら、明るい方だった性格が捻れてボッチになるのに1ヶ月もかからなかった。


 その結果、学校に行くのが苦痛になり神社でサボタージュしている。


 何故、神社なのかと問われれば人が少ないからだ。

 たまに神主さんと目が合うが、話しかけるわけでもなく放っておいてくれるのがポイントが高い。


 ガッツリ制服を着ている学生を好きにさせておくのは神様の教えに反しないのか疑問に思うが、こちらとしてはありがたい限りだ。


 ザッ。


 そんなことをダラダラと考えていると、足音が聞こえて憂鬱な気持ちになる。


 神主さんは足音は不思議なほど静かだから、しっかりと聞こえるこの音は参拝客のものだ。

 このパターンは苦手だ。こっちをチラチラと見られていると自分の現状に気付かされるから。

 下を向いて参拝が終わり去るのを待つ。


 ザッザッザッ……。


 しっかりとした目的地のある人間特有の力強い足音は、何故か俺の前で止まった。

 痛いくらいに視線を感じる。


 やめろ。見るなよ。

 情けない俺を見るなよ。


「あ! やっぱりユウくんだ!」


「……え」


 顔を上げる。

 そこには、あの頃と変わらない満面の笑みを浮かべた愛ちゃんがいた。


 もちろん、身体は変わっている。

 小学生の頃は見下ろすくらいに小さかった身長は僕を軽く超えるほどになっていたし、艶のあるロングヘアだった髪はショートボブになっている。


 そして、最大の成長部分は胸だ。

 結局はそこに注目してしまうところが、自分が阿呆であることを再確認させる。


「ユウくん! ユウくん!! 久しぶりだねぇ。元気だった!?」


 しかし、僕の呼び方や口調は全く変わっていない。

 日に日に変わっていくこの世の中、変わらない存在というこは貴重だ。僕は久しぶりに自然と笑みが溢れた。


「あぁ。久しぶり。元気……だよ」


「? ユウくん、あんまり元気じゃなさそうだよ?」


 速攻で見栄を見抜かれた。

 格好悪い。

 取り繕おうとしたが、気づけば愛ちゃんに今のザマを話していた。

 懐かしさが、感情のリミッターを外したのかもしれない。


「そっか……。たっつんとかと遊んだりしないの?」


「たっつんか。また懐かしい名前だね。アイツは私立の中学校に行ったからとっくに疎遠だよ」


「あー。そうだっけ?」

 これは小学校時代の出来事だから愛ちゃんも知っていると思っていたが、かつての友達の進路に興味が無かったのだろうか。


「あ! ってことは今のトモダチランキングって私が1位!?」


「……」

 トモダチランキング。


 そうだ。この奇妙なものが原因で僕は愛ちゃんと距離を置いたのだった。


 でも、今は割と受け入れられる。

 人にランキングをつけるという歪んだ思考回路が、少しは理解できるようになっていた。

 これは成長なのだろうか。退化なのだろうか。


「……うん。愛ちゃんが1位だよ」


「ヤッター!!! 私もユウくんが1位だよ!!!」

 万歳をして喜ぶ愛ちゃん。

 今の僕でも、人を喜ばせられるのだと気付かされて、少し泣きそうになる。


「じゃあさじゃあさ! 私の家くる!? 行く場所に困ってるんでしょ!?」


「え……。でも、ご両親とかは?」


「いない」

 今まで太陽のような笑みを浮かべていた愛ちゃんが、スッと真顔になった。


 複雑なご家庭なのだろうか。

 本音を言うと、いきなり女子の家に行くのは抵抗がある。しかし、コミュニケーションに飢えて死にそうな状態でもある。

 悩んだ末、僕はこう答えた。


「じゃあ、お邪魔しようかな」



\

 間違えた。

 僕は愛ちゃんを……松島愛を見誤っていた。


 愛ちゃんの家に上がってから、もう1週間は経つ。

 自由に動くことができない生活にも慣れてきてしまった。


「ユウくん。そろそろお風呂に入ろうか!」


 他人の家の風呂は得意ではないが、僕は頷くしかない。


 何故か。

 両手を手錠で塞がれているからだ。

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