第30話 マフラー

「何、片付けたじゃん」


「片付けたよ」


「クリスマス仕様ってそういう意味?」


「そう」


「どこがクリスマスなの?」


「きいちゃんが、クリスマスくらいはここでグダグダとしてもいいやって思える仕様。散らかってるといつも通りだから」


「クリスマスだったら、飾りつけとかすればよかったじゃん」


「確かに、そうだったかも」


 あくまでその袋には気づかないフリをする私。

 言ってしまえば、後の楽しみがなくなってしまうから。


「はい、じゃあ座って」


「うん」


 ベッドの端をポンポンと叩かれる。私はそこに座る。ニットの袖をぎゅっと握って、落ち着けって自分に言い聞かせる。

 さっちょんも隣に座る。少し近い。ほんの少しだけ肩が触れる。この距離感だけで、もう身体がポワっとしてしまう。


「でさ」


「うん」


「先に渡していい?」


 そのときは突然と来た。


「え、ちょ、待って心の準備――!」


「はいこれ」


「ちょ待っ……」


 私があたふたとしている暇もなく、完全に押し切られた。膝の上に、さっき机で見えた小さい赤い袋が置かれる。

 袋を乗せられた私の膝は一瞬で熱くなった。火っていうより、電気。


 ラッピングは、雑じゃないけど、プロでもない感じ。


 この家のリボン。家のハサミ。家のテープ。そういうのが逆に聞いた。

 ちゃんと「あなた用に用意しました」っていう匂いがする。


「……なにこれ」


「プレゼント」


「見りゃわかるよ」


「じゃあ聞かないでよ」


「言い方ぁ……」


 私は、袋のリボンをそっと解いた。

 中には、白いふわふわのものが入ってる。

 取り出した瞬間、息がふっと止まった。


「……マフラー?」


「うん」


 白い。真っ白というより、ミルクっぽい白。ふわふわで、でも厚すぎない、柔らかい手ざわり。


 タグのとこを見たら、聞いたことないような安めのブランド名がついてて、それが逆にリアルだった。大人っぽいハイブランドでもなく、中学生っぽいキラキラでもなく、ほんとに手の届く、でも特別扱いって位置。


「なんでこれ……」


「きいちゃん、首すぐ冷えるじゃん」


 ちゃんと、私のことを分かってくれているプレゼント。


「坂でさ、夜の風当たるとすぐ肩すくめるでしょ」


「見てた?」


「見てる」


 即答。迷いゼロ。


「そんなに見ないで欲しいかも」


「見るでしょ。きいちゃんだよ?」


 ぐっ、って口から出た。語彙の骨が折れた音かもしれない。


「ほんとは、灰色と迷ったんだけど」


 と、さっちょんは小さく続ける。


「灰色だとたぶん、きいちゃんって『普通』って顔するなって思って」


 私はもうダメだった。

 なんなのそれ。


 何私の身に着けてるときの顔まで想像して選びました、みたいな選び方。好きって言った? いまそれ、好きって言ったのとほぼ同じだよ?


 いや言ってはない。言ってない。危なかった。まだ言ってない。危ない。

 セーフ……セーフか? セーフってことにするけどほんとにギリだよ。


「……ありがとう」


 それしか言えなかった。ほんとに。他の言葉は全部、喉から先に行く前に溶けた。


「うん」


 さっちょんは、そこで一旦満足したみたいに小さく頷いて、それから、ちょっといたずらっぽく笑った。


「じゃあきいちゃんの番」


「あ」


「あ、じゃない」


「いや、自分から言うのかーと思って」


「心の準備なんてさせないよ」


「……だと思った」


 私は、トートバッグから小さい袋を取り出した。

 指の先が少し震えてるのが、自分でも分かった。

 マフラーを貰った後だからとかじゃない。単純に、これを渡すこと自体が告白になってる気がして、それがもう、照れ死にしそうだから。


「……はい」


「ありがと」


「開けて……いいけど、あの、笑わないでね?」


「笑わないよ?」


「いや、さっちょんってニヤニヤするじゃん」


「ニヤニヤしないよ? 私いつニヤニヤした?」


「今」


「してないよ、多分」


 してる。めっちゃしてる。目の端が緩んでる。

 それもうニヤニヤっていうんだよ。

 でも私は、止められなかった。止められないっていうか、もうここまで来ちゃったからもういいや、って、ちょっと腹をくくった。こういうの、勢いがいちばん大事かもしれない。


 さっちょんは、丁寧に袋を開ける。乱暴に破らないタイプ。こういうとこも好きで困る。

 中から、リップバームと、小さめのハンドクリームが出てくる。


「わ……」


 さっちょんが、ほんの一瞬だけ、素で黙った。

 その沈黙が、私にはもううるさいくらいに伝わる。

 あ、これ、ちゃんと刺さってるな。言わなくても分かる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る