第22話 親友ルーティーン

 放課後。


「きいちゃん」


 昇降口を出た瞬間、制服の袖をつままれる。いつものやつ。

 それだけで私は海コースかそれとも家コースかって脳内でルート分岐の準備をする。人間って学習する生き物だ。


「今日は、どっち?」


 私が聞くと、さっちょんは少しだけ首をかしげた。


「んー、寒いから、海ちょっとだけ。それからうち」


「ふたつ回しってこと?」


「そう。冬のデートコース」


「デートって言った!」


「えっ今のダメ⁉ いまのダメだった?」


「ダメっていうか心臓が膝から落ちるのでもうちょい柔らかく言って⁉」


「冬の……親友ルーティン」


「親友ルーティンも危険ワードなんだよな」


「やだ、なんでも危険って言われる〜」


 やだって言いながら、さっちょんは笑って歩き出す。

 坂道を下る。日が落ちるのが本当に早い。五時前なのに、もう空は群青に近い。街灯はオレンジと白の中間の光で、冷たい空気だけがやけに透き通っている。


 吐いた息が白くなるのを、お互いちょっと面白がりながら、歩幅を勝手に合わせる。


 港のほうは風が冷たい。

 堤防に座ると、コンクリートはもう昼の暖かさを持ってなくて、制服のスカート越しにじわっと冷たさが上がってくる。


 十二月の海は、音が乾いてる。波の音も、夏や秋みたいな湿ったざわざわじゃなくて、空気の中で少し硬く跳ね返る。


「寒っ」


「寒いね」


「でも今日来たかった」


「うん。分かる」


 すぐ帰ればいいのに、って頭ではわかってるのに、ここに座りに来ちゃう。この場所のことを、私たちはもう自分たちの場所だって思ってる。


 誰にも言ってないのに、ちゃんとそう思ってる。それだけで充分危ない。

 さっちょんは、普通に私の隣に座って、何も言わず、当たり前みたいに私の手を取る。


 制服の袖から指を引き出して、ちゃんと指と指を重ねてくる。さっきまで冷たかった指先が、そこからじわっと温度を取り戻す。


「ねえ」


「ん」


「クリスマスさ」


 来た。

 心臓が、寒さとは別の理由でガツン、と鳴る。


「24日と25日、どっちがいい?」


「……えっ」


「いやどっちもでもいいんだけど」


「えっ、えっ」


「きいちゃんち、24日家族の集まりとかある?」


「うちはケーキ食べるだけ。ショート。毎年スーパーのやつ」


「んーそっか。25は?」


「25は普通に学校あるし……いや、ないんだっけ、終業式?」


「終業式は23だよたしか」


「あっそうだヤバいプリントぜんぶ机に押し込んだからちゃんと覚えてない」


「知ってる」


「知ってる言うな」


「じゃあ24、きいちゃんといる。はい決定」


 決定、っていう声が軽いのに、内容は全然軽くない。

 決定って言われた瞬間、12月24日っていう日付が、カレンダーから普通の数字じゃなくなって、赤ペンで丸されたみたいになる。


「……いいの?」


 やっとのことで出た声は、自分でもちょっとびっくりするくらい弱かった。弱い、というか、素で出た。

 さっちょんは、私の顔を覗きこんで、思ったより真面目な顔をした。


「なにが?」


「いや、その。クリスマスって、そういう日じゃん。なんか、ほら、特別なやつ」


「うん。だからきいちゃん」


「待って心臓がまた倒産する」


「心臓の経営状況忙しいね今日」


「ずっと赤字」


「投資しつづけるよ?」


「投資って言うな」


 私たちはそこで一回、笑った。

 笑ったけど、笑いで逃げきれるほど軽い話でもないこと、どっちも分かってる。

 クリスマスはきいちゃん。


 教室で小ネタみたいに言ってたのと、今ここで実際に日にちを決めるのは、意味が違う。


 これはもう、現実の予定だ。

 親友ルーティンで誤魔化すには、ちょっと重い。

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