雨の日

天恋 水蓮


その日は、あいにくの雨だった。

雨は嫌いだ。

どんよりとした空気に足を掬われ、暗い気持ちにさせられるから。


彼女が仕事終わりにふらっと寄ったのは、お気に入りの図書館。

仕事が長引いてしまい、あたりは真っ暗だが、彼女に帰るという選択肢は存在しなかった。

本の海に溺れることこそ、彼女に取っての生きがいだからである。


気になる本は、ない。

あてもなく館内を周り気になった本に手を伸ばす。

それが彼女の図書館で過ごすときのルーティーン。

あたりの時もあれば、ハズレの時もある。

しかし、どちらの出会いも彼女にとってはかけがえのないものだ。


雨のせいか、はたまた遅い時間だからか、人が少ない館内をいつもよりゆっくりみて回る。

誰もいないのがなんだか、図書館を自分のモノにできたよう楽しい。


彼女がある一冊の本の前で足を止める。

タイトルで惹かれたその本に手を伸ばす。


少し窮屈に詰められた本。

押し込まれて少し可哀想。

なんてことを思いながら、丁寧に本棚から抜き取る。


今日はこの子にしよう。

彼女は本をカウンターに持っていき、貸し出しの手続きを済ませる。

あらすじさえも読んでいない。

わかっているのは作者とタイトルだけ。


雨に濡れてしまわないように、バックの底に本を丁寧にしまう。


外に出ると雨はまだ降っていた。


しかし、どんよりとした気分はいつの間にか溶けてなくなり、彼女にあるのは本を読むのが楽しみという高揚感だけ。

軽くなった足取りで、彼女が家の方へと歩いていく。

この子はどんな子なのか、とまだ知らぬ本に思いを馳せながら。


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雨の日 天恋 水蓮 @amgi_Suiren

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