第10話 幼き獣耳 中

 森の中は、異様に暗かった。

 この濃い霧のせいだ。腕について気持ち悪い。

「……やっぱり怖いよぉ……」



 さっきまでピンピンしていたシアが、急に以前みたいに弱々しくなった。

「大丈夫だよ」

「そぉ……? でもやっぱ怖いよぉ……」



 まぁ……お化け屋敷レベル100って感じだしな……。

「ね……ねぇ、シュウ」

「何だい? シアさん」

「……やめてよその口調」

「すまんすまん、ちょっとからかっただけだよ。

 で、何?」

「あの……その……」

 顔を赤らめている。



 何をして欲しいのか。

 子供が真っ暗な道で“保護者”に要求すること。

 そんなの……決まっているじゃないか!

「手、繋ぎたいの?」

「…………」

 黙りながらこくりと頷く。

 あぁもう!

 ぎゅーってしちゃうぞ!

 この可愛い子め!



 ゆっくり手を差し出す。

「はい、どうぞ」

「…………うん…………」

 漫画だったら、頭の上に煙が出ながら「カァァァァ」なんていう効果音で書かれているような場面である。



 どうやら、俺の予想には根本的な違いがあった。

 確かに森は静けさに包まれていた。

 鳥のさえずりすら聞こえない。

 しかし、魔物はいたのだ。

 入ってきてから分かったのだが、皆怯え、魔力を押し殺し、黙っていた。だから森に入り口で探知できなかったのか。



 それもこれも全部、中央部から放たれてる異次元な魔力のせいだ。こんな物浴びてたら体調不良じゃ済まないだろうな。まるで放射線だ。



 ちなみに、俺とシアも異次元なのでこれの影響は受けないゼ!


 しかしだ。シアはともかく、俺だったらこの魔力量の二倍ぐらいはあるだろう。なのになぜ魔物は俺に近づくのに、今は皆逃げているんだ?


 ……考えられることは一つだ。

 俺らとは違って、中央部にいる“それ”は、魔力を常時「放出」しているのだ。



 ここでまた謎が出てくる。魔力は体から漏れ出ることはできないのだ。とある理由によって。

 しかし、ならばこれは一体……



 ――



 森の中央部までちょうど折り返し地点まで来たって時だ。

 反応も近いせいか、シアがついさっき体調不良を訴えた。

「ここで休んでいいよ? こっから先は僕が片付けてくるから」

「……いや、大丈夫……だよ。ボクも行くよ……一人になる方がイヤだよ……」


 とのことなので、無理はしないことを約束してもらい、このまま進むことにした。

 まぁシアがこうなるのなら、魔物たちがああなるのも分かるなぁ……。



 ――



 そろそろ開けた土地に着く頃だ。

 この森の中央部には大きな岩がある。

 そして、この魔力の漏れ元もその上からである。


 さてさて……なにが原因なんだか。

 ……なるほど。か。


 岩の上には人が横たわっていた。

 体格からして子供だろうか。

 もっと近づかないとよく見えない。

「シア、もうちょっと歩ける?」

「……うん」

 ゴメンな、俺の好奇心に付き合わせちゃって。



「おいおい……マジかよ! やばいって!」

 スゥゥゥゥ……ハァァァァ

 落ち着くんだ俺。落ち着かないと興奮で脳が沸騰しちまうぞ!

 俺の目に飛び込んできたもの。そう、異世界といえばのアレだ。



 つまり…………獣耳だ!

 そうか! やはりいたのだな!

 亜人……コホン、獣族が!


 それにしても尻尾までついているとは……

 ほほぉぉぉ……



 ただ、少し不可解な点があった。

 顔に布が被せているのだ。

 そのせいでオスメスかの判断もできない。

 剥がしてもいいのだが、つけて方にも何らかの事情があったのだろう。だからやめよう。



 個人的には……やっぱり女の子がいいなぁ。

 だってほら、よくあるじゃん? 可愛い獣族の女の子。

 尻尾をゆらゆらさせながら、耳をパタパタさせてるあれ。

 やっぱり握ったら反応するのかなぁ?



 ……その時である。

 何かがものすごいスピードで近づいてきている……らしい。

 気づいたのはシアだった。

「ねぇ、シュウ……何かがこっちに近づいてきてる……気がするんだけど……ねぇってば」

「え? うそ……こんな誰も近づかなそうな森に?」

「……うん。ボク昔から勘がいいんだよね」


 とのことだ。

 昔から勘がいいのか……聞いたこともなかったな。

 しかし、こんな森に近づく勇者なんているのか?

 いやあなたですよシューツ君、なんてね。

 そんなことも相まって、俺は冗談半分で聞いていた。



 ……ん? 何だ……このは……



 俺の右側奥、おおよそ30メートル地点。

 誰かが……いる!!



「シア! 後ろに2回跳べ!!」

「へ? ひゃあ!」

 とっさに腰の剣を抜き、“敵”の攻撃を受け止める。


「二式『颯緩そうえん』!」

 剣の腹で相手の攻撃を受け、風魔法の応用でそのまま威力を殺すq

 魔剣式の防御技だ。



 ってそんな解説をしている場合じゃない。

 いきなり何なんだ! こいつは。

 あまりにも急すぎて顔すら見れなかった。

 しかも、一撃が重い。

 俺だってそこそこ剣術は真面目に習っているつもりなので、相手の剣を止めるなんてことは容易にできる。


 だけど今回は危なかった。

 咄嗟に剣を引き抜いていなければ肩からザックリと切られていた。



「これを防ぐか……」

 相手が声を発した。

 男っぽい声だ。


「……どういうおつもりで……?」

「俺の縄張りに入られた以上、放っておくわけにはいかない」

 そこに立っていたのは、ブラインより少し肩幅が広く、二回りくらい高身長の、ガタイのいい男だった。

 フードをかぶっているせいで、顔は見られないが……


 縄張り?

 この森はずっとこの人の所有物だったのか?

 いや、そんなわけない。

 今までここには何度も足を運んだが、襲われるようなことはなかった。少なくともこいつには……。



「聞いたことがないですね。ここが誰かさんの領地だなんて……」

「……ふん」

 相手が俺の剣を弾いて距離を置く。

 そしてとてつもない殺気を放つ。

 構えておかなければ、死ぬ。

 シアが隅で震えている。まだ状況を把握していないのだろう。

 当然だ。



「無駄話は嫌いだ。さっさと出ていけ」

「それは無理なご相談ですね。僕たちもこの先に用があるので……」

「……! そうか……ならば死ね」


 とてつもない轟音とともに、敵が踏み込む。

「……ハァ!」

「フンッ!」

 俺も瞬間的に反応する。

 剣が交え、大きな金属音が森に響く。


 やっぱりこいつ……とんでもない力してやがる。

 こうやって打ち合い続ければ、先に折れるのは俺だ。

 ならば先に技を繰り出す。結局は先手必勝だ……!


「壱式『炎閃斬』」


「ぬぉっ……!」

 剣身を火魔法で瞬時に高温に熱し、発火させる。

 そしてそれを振りかざす。



 一番楽で簡単な方法。そう、先に武器を破壊するのだ!

「ハッ!」

 その瞬間、敵が空を舞う。

 ちっ……なんて運動神経だ。

「奇妙な技を使うようだ」

 しかし、今ので完全に警戒されてしまった。

 そう簡単に攻撃が当たることはないだろう。



「次はこちらから行かせてもらうぞ……!」

 やばい……来る!


「人獣式剣術『龍爪ドラゴスピア』!」


 上から大振りで襲いかかる斬撃。

 一度しか振っていないにも関わらず、

 それは三つの斬撃となって、俺の脳天、両肩を正確に狙っていた。


「くっ……うわっ!」

 気づいた時には、頬の肉を削がれていた。

 咄嗟に後ろにバックステップをかましてもこれほどとは――

 ……かなり厳しい戦いになりそうだ。


「……シュウ! 大丈夫!?」

 な!? まだ逃げていなかったのか!

「ダメだシア! こっちに来るな!」

「で……でもシュウが……!」

「いいから! 早く逃げろ!」

「……うん……」

 シアには申し訳ないけど、剣の戦いにおいて魔術師は足手まといでしかない。

 今回に限っては逃げてもらおう


「先に女を逃すのか……男らしいとでも思っているのか? 今際の際だぞ」

「あいにく、カッコつけたいものでしてね……」

「……笑止千万だな」


 少しでも時間稼ぎをしておこう。

 その分シアも逃がせるし、こっちもこっちで対策を練れる。

 頬が痛い。

 先に治癒魔術をかけておこう。



 それにしても、さっき人獣式って言っていなかったか?

 いつだっけか……聞いたことがある。

 獣族に伝わっている独自の剣術である。

 彼らに備わっている天性の五感を駆使して戦うというものだ。

 俺たち人族にとって、この剣術を知らない者にとっては初見殺しレベルに強いらしい。


 そりゃそうだろう。

 今俺はそれを身をもって思い知ったからな。

 確かに避けるのは難しい……というか気づかなければ無理だろう。



 しかし……そうか。

 人獣式ねぇ……ふふふ。



 俺の戦闘狂の部分が刺激される。

『俺のヤツとどっちの方が強いのか?』


 これは

 多分この体に備わっていたものだろう。

 元ニートにそんな負けず嫌いな精神があると思うか?

 もちろん俺にそんなものはない

 なのに心の底から湧き上がってくる。

 力比べがしたいと。



 無駄話をし過ぎたかな。

 相手側が先に切り出してきた。


「そろそろ終わりにしよう。俺にもやらなければならないことがあるのでな」

「ええ、そうですね。終わりにしましょう」



 さっきと同じ空気に戻る。ピリついたやつだ。

 お互い精神を落ち着かせ、統一させる。

 一瞬たりとも油断ならない。

 一瞬の隙が致命傷につながるのだ。


「人獣式剣術……」

「二式……」


 両者同時に踏み込……まなかった。

 俺は「受け」を選択したのだ。


「『飛龍一閃』!」


「『颯緩』」


 音速並みの速さで敵が突っ込んでくる。

 まるで龍が急降下してくるようだ。

 その鋭いくちばしは、俺の喉元をピンポイントで突いてきた。



 だが、俺にその攻撃は当たらなかった。

 俺も反応速度で負けてはいない。

 しっかり威力を殺してやった。

 そして一気に攻勢にでる。

「ぬぅ……またもや防ぐか」

「そんな状況判断してる暇……ありますかっ!


 六式『千刃嵐』!


 ハァ!」

「これしきのこと……なに!」

 六式『千刃嵐』は、『炎閃斬』と同じように風魔法を斬撃に付与したものだ。


 だが、決定的に違うのはその斬撃だ。

『千刃嵐』は、何とその斬撃の上にもさらに斬撃を加えられるのだ。

 そして、それは不規則かつ大小様々である。


 だから、敵もさらに一歩避ける必要が出てくるのだ。

 詰まるところ、これは一式の後に使うのが一番効果的なのだろう。

 ただの一閃を見せて、「これ以上大きいのはないでしょ」と思わせておいてからの六式である。


 …………


 はっきり言おう。

 タチが悪いなぁおい!




 どうやら効果はテキメンのようだな。

 剣を握っていたと思われる腕の方は、逃げきれずに結構ズバズバ切られている。

 もう使いものにならないな。


 やはり獣族は、持ち前の機動力を活かした早期型決戦兵器なのだ。

 なので、悪く言って仕舞えばちょっと頭が足りない。

 行動の一つ一つが単純で読みやすい。

 もっとも、戦闘においてまともに考えるなんて無理な話だけどな。

 何で俺がこんな冷静なのかは知らんけど。



「ウグッ……チッ!」

 敵が痛みに悶絶しながら後ろに引き下がる。

「さて、話してもらいましょうか。一体何が目的なのですか?」

「……貴様が知る必要は……ない!」


 刹那、放たれる横薙ぎ。

 だが、それは当たることはない。

 不意打ちでもしようと思ったのか?

 甘いわ!

「そんな刃こぼれした剣で、この首が切れるとでも?」

「ぐぬぬ……」


 もういいだろう。そろそろ言えよ。

 俺だって早くシアを探しにいきたいわけだし……


「はぁ、いいだろう。どうせ助からん命なら、誰かに託すことはできよう」

 おぉ! ついに口を割る気になったか!


「……一体どういう意味ですか」

「名乗っていなかったな。

 我が名は獣神戦士団副隊長、

 ボルティアス・ヘーゲルである」



 ボルティアス……。

 どこかで聞いたことがあるような、ないような……。


 あぁそういえば現世のゲームでそんな名前のヤツいたな。

 結構最強格のやつだったはずだが、やはり名前は持ち主の強さの代名詞……と言ったところか。



 ”ヘーゲル“が話を進める。

「この森が私の縄張りだというのは、半分嘘だ」

 だろうな!

 ほら言っただろ。この森に所有者なんていないって!


 ……ん? 今半分て言ったよな……ドユコト?

「半分ってどういう意味ですか?」

「なんだお前、そんなことも知らなかったのか?

 来る途中で気づいただろ。この森一帯に”マーキング“したはずだぞ」

 マーキングって……そんなのお前ら獣族しかわからねぇよ!


 っていうか……マーキングってもしや――

「コホン! で、何のために来たのですか」

「本題に入るとしよう。我がここに来た理由……それは……」



 彼が指を指したのは、岩の上に横たわっているあの子供だった。


「あの子の病気を治すためだ」


 病気?

 この魔力の放出過多が?

 いや……そうか……そういうことか!


 俺の中にとある心当たりがあった。

 リリィが以前、教えてくれたのだ。

「私の故郷では、時々、この病気にかかって生まれてくる子供がいました」

 そう、今の状況と同じだ。

 種族間で子供で作った場合、遺伝子異常でたまにかかる病。



 その名も……


「先天性魔溢まいつ症」

 である。

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