第9話 幼き獣耳 前

 あの夜から、どれくらい経っただろうか。

 新しい魔法を生み出した興奮は、しばらく俺を寝かせてくれなかった。

 気づけば、研究だの調整だのと理由をつけて、部屋にこもりっぱなしの日々が続いていた。 

 しばらくの間、ずっと部屋にこもっていたせいかな。

 ひさしぶりに外に出てみたが、日差しが眩しい。


 …………


 もし仮に俺が、前世で外に出ていたら、同じ気持ちになったのかなぁ……いや、ありえないな。

 前の俺は、ただ弱い自分を責めてばっかだったかもしれない。そして決まって、家に戻ってベッドの潜り込むだろう。

 だが今の俺は違う。



 心の中は達成感でいっぱいだ。非常に清々しい気分である。

「ビールもって来ぉぉぉい!」

 心の底から欲しい! またあの爽快感がほしい!

 ドーパミンが溢れ出ている今この瞬間にこそ!

 サッ○ロビールは輝きを増すのだぁぁぁ!………

 そんなことを言っても飲めないんだけどな。



 だって未成年なんだもん!

 酒マークのついた缶ビールなんて売ってないんだモン!

 こういう時に限って、前世に戻りたくなっちまう。



 さて、別に何の意味もなく外に出てきたわけじゃない。

 空気を吸いにきた、というのも本音だが、本目的は別にある。

 そう、シアだ。


 3日ぐらいだろうか、シアとも会えてない。

 だから今日は、彼女の家まで行くことにする。

 約束出来てないからな。家に行くのが一番の近道だろう。

 いつも遊んでいたところにいる可能性は低い。

 なぜ急にそんなことを思ったのかって?

 研究重ねて、もっと技を磨けばいいじゃないかって?


 なぜなら!

 そろそろ遊ばないと忘れられてまうやないかい! あんな美少女手放したら終わりやで!――と俺の心が囁いている……っていうのはウソだ。


 今日まで研究した成果を今すぐに自慢したいだけである! ……いや大人気無さすぎるて!



 そしてもう一つだが、研究は正直もう完成と言っても過言ではない。

 ついに完成させたのだ。

 俺の独自の剣術式・を。

 その名も……。

 “人神流 真奏術・派生 魔剣式”……ダッ!


 …………


 死のう。よし、俺にもう存在意義なんてないんだ。

 ちょうどいい樹海があるじゃないか。

 死体の処分の話だったら魔物達が片付けてくれるサ。

 アハッ……アハハハハハハハハ。


 なんて冗談を言っている場合じゃない。

 何だこれは。

 イタイイタイ病並みに痛い。現世だったら……

「……そう……ですか……かっこいいですね」

 って冷酷な顔されるに決まってる!

 そしてそれはシアでも例外ではないはずだ!



 第一、この名前を決めたのはハナから俺じゃない。あの馬鹿面晒してるブラインだ。

「ふーむ。新しい剣術には何か名前をつけるのが常識だ。そうだなぁ……じゃあこれでどうだ?」

 って言って勝手に作られたのだ。冗談じゃない。

 反論しようとしたが、俺だってまともな名前なんて考えられやしない。


 …………――――――…………


 小学校のクラスで金魚飼うことになった時の話だ。

 その時はたまたまお世話係が俺に回ってきた日だった。

「金魚さんっていつも呼ぶのも飽きてきたなぁ」

「そうだよねえ」

「確か今日のお世話当番って磯垣くんだったよね」

「それじゃあトオちゃん(小学校の時のあだ名)に決めてもらおうよ!」


 みたいな感じで、名付け役が俺に回ってきてしまったのだ。

「みんなが言っていくのも何だし、磯垣くんの案で誰も文句なし! いいね!」

「はーい!」

 クラスの代表的ポジションのやつがそういうと、みんな賛成してしまった。

 何だよそれ! めちゃくちゃプレッシャーじゃねぇか!



「えーと……うーんと……」

「…………!」

 皆が期待した目で俺を見つめてくる。まともに思考が出来るわけがない。

 それで結局、俺の口から出てきた言葉は、皆を絶句させた。

「じゃあ……ゴールドオブサカナで!」

 ……終わったぁ……

「…………〇〇君ほんとにこれでいいの?」

 クラスのみんなが、俺に一任してくれたやつに目を向ける。

「……お、おう……男に……二言はない……」


 …………――――――…………


 最後に一回俺の目を見て、睨んできたことだけは鮮明に覚えている。

 あれ以来、金魚のことを名前で呼んだやつは一人もいなかった。当たり前だ!



 この黒歴史を掘り返してまで言いたいこと……それは!

 俺は名付けセンスが一ミリもないということだ!

 だから父がつけた。

 王都の方で働いているし、何せ近衛騎士団の参謀だし、きっとこの名前がこの世界の常識的に合っているのだろう。そうだ。きっとそうなのダ!

 ……やっぱりこの世界って厨二……コホン。


 ――


 目的地到着だ。

 シアの家は、村の外れにある。

 そこにもたくさんの家屋と子供の姿が見えているのに、やはり彼女の家だけ異質な空気を一際漂わせている。

 差別とか受けているのかな……

 考えるだけで頭が痛くなる。こういうことに関して、俺は痛いほど共感できるのだ。


(ドンドンドン)


「ごめん下さーい。シューツと申しまーす。誰かいらっしゃいますかー?」

 扉の奥でガタガタという音が聞こえる。


(ガチャ)


「……あ、どうも! どうぞいらっしゃい」

 出てきたのは、とても寛容そうな顔をしているシアの父だった。

「いえいえお構いなく! ちなみにその……リシアっていますか?」

「あー……えっと確か……丘の方に行ってくるって言ってたような……」



 結局いつもの所なんかい! 反対方向やねん!

「そっちでしたか! すいませんご迷惑をお掛けして」

「いえいえこちらこそ、君には本当にお世話になってるよ! つい前までは、活力も気力もない顔をして帰ってくるばかりだったあの子がねぇ。

 今では毎日勝ち誇った顔をして帰ってくるからさ。こっちも気が楽ってもんさ」



 何やら俺がいない間に、また例のいじめっ子達が来たらしい。

 前までは俺がいたせいで手を出せなかったみたいだ。まったく懲りない奴らだぜ……

 だけどシアも前みたい弱くない。俺が“徹底的に”仕込んだおかげで、簡単に撃退したそうだ。

 クゥ! 見たかったぜ! いじめっ子がいじめられっ子に仕返しされちゃうっていうスカッとシーン!

 あとは……師匠として見ておきたかったなぁ……。



「だから君は本当に感謝しているんだ。これからも、娘をよろしく頼むよ、坊や」

 ちょっと御父様!? そう言うのは……えっと……その……もう少し先のお話では?

「は…はい!」

 だけど、任された以上仕方がないさ! 俺が責任持って守ってやる。



 …………――――――…………




 ……はぁっ!……はぁっ!……スゥゥゥハァァァ……

 よし、やっとここまで来れた! ここなら丘の方も見えてくるはずだろう。

 さてさてご本人はどこに……って眩しっ!

 何だあれ……丘の頂上で何かが光ってる……?

 しかも結構大きい! 大体五メートルくらいか。

 ってかこれ反射光じゃ……てことはあれは……



 近づくにつれてだんだん輪郭が浮かび上がってくる。仮説が確信に近づいていく。

 あれは……氷の柱だ! デカいな、俺が作れる半分はある。


 で、その麓にいる華奢な人影、リシアだ。

「おーい! シアー! 久しぶりー!」

「……あ! シュウー! こっちおいでー!」

 おぉ……随分見ないうちに色々と成長したね……

 身長もそうだし、魔法もそうだし、スタイルもそうだし……そして一番は、性格だ。

 前のような弱気な感じが一切ない。自信に満ち溢れた顔をしている。


「見て見てシュウ! ボク、頑張ったよ! ここまでできるようになったよ!」

 そう言ってはしゃぎ回るシアは子供みたいだ。

 ま、子供なんだけどさ。

「すごいねこれ……これも無詠唱なの?」

「そうだよ! ひゅーって感じで、ぽんってやったら出来たよ!」


 …………


 ダメだこりゃ。やっぱりわかんねぇや天才肌は。

 シアもブラインと同じルートを辿ってしまうのか。可哀想に……


 ――――


「へっくし! うーん……」

「あなた、風邪でも引いたのかしら?」

「最近冷えてきたからなぁ……」


 ――――


 さてと、シアにも何かサプライズをしないとな。

 俺の新技術、“魔剣式”を披露するとしよう。

 でも実践がいいなぁ……どうしたものか……。



 その時だった。

「……ねぇシュウ……その……森に行かない?」

 シアの口から考えもしなかった言葉が出た。

「森……か」

 今までシアのことを考えて、遊びで行くことはなかったのだが、確かに今の彼女は強い。

 自己防衛なら一人でできるかもしれない。



 だが問題は別にある。そう、最近の噂である。

 あの件だけは危ないと踏んでいる。

 俺だけならまだしも、彼女を守りながらとなると他の魔物が厄介になってくる。

 もしものことがあれば、リシアパパに示しがつかないし、最悪両方とも……。


「……ダメかな……ダメだよね、ボクなんかがいても、多分足手纏いになるだけだし……もうい…」

「いいよ」

「……え! いいの? やったー!」


 何を甘えたことを言っているのだ俺は。守ると決めたのなら、死んでも守るのだ。



 …………――――――…………




 森は、前とは明らかに違かった。

 そのことにはシアも気づいているみたいだ。



 まず一つ目に、森の魔物数が著しく減少している。

 周辺の魔力濃度でよくわかるほどに。

 これは前から知っていたことだから、あまり驚きはしない。



 だが問題は二つ目だ。


 森の中央部、凄まじい魔力量だ。

 この森でこれほどの異質を放つ魔物はいない。少なくとも俺が今まで調べてきた中には……いない。



「……シュウ……やっぱりちょっと怖いね……」

「……まぁ良くあることさ」

「本当?」

「本当だとも」

「……分かった」


 シアをとりあえず安心させておかないとな。

 それにしても、この量の魔物を退治できるほどの強者がいるとはな。想定以上だ。


「とりあえず先に進もう」

「…………うん」

そして俺たちは歩き出した。

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