幼少期 旅立ち編

第6話 出会い


 師匠とお別れをしてから数日経った。

 今の俺は……「暇」だ。

 朝のトレーニングして、素振りして、朝飯食って――それでも心だけが手持ち無沙汰だ。

 魔法の詳細化などは夜にやっているし、マジで昼間にすることが見つからん。

 普段はリリィ師匠が稽古つけたり、座学したりと色々予定で埋まっていたのに……まあその人はもういないんだけどさ。



 今思えば師匠は俺にとって大事な人だったんだな。

 あの人のおかげで、もう何も怖がる必要がなくなった。

 魔物が来たってそのまんま送り返せる。

 魔法があるしな。街にだって買い物に行ける。

 最近俺が代わりにおつかいに行くこともあって、親の負担がかなり減った。

 感謝しかない。今日もお祈りをしておこう。

 おっと、これは決してやましいものじゃありませんからね?



 それにしてもだ。

 何かすることはないかなぁ。

 遠くの方にいってみるか。

 行き先は家から北東の方向に1キロ先のところにある森だ。

 ここは俺が最近発見した、いわば俺が学んだ全てをアウトプットできるところだ。

 豊富な種類の植物たち、決して強くはない小さな魔物たちなどが詰まっている森だ。

 しかもその魔物がうじゃうじゃいるおかげか、人間の手も加えられていない。

 現世じゃ世界遺産的なものに登録されてるかもな。



「母さま! ちょっと外に遊びにいってきます!」

「え!? あ、わかったわ。夕飯前には帰ってきなさーい」

「分かりましたー!」

 思えば最初、俺が自分から外に行くって言い出した時、父は腰を抜かしてたな。



 それともう一つ。嬉しいお知らせだ。

 ついに初級魔法が詠唱要らずになった。

 魔法というのは使っていくうちに慣れてくるもので、それぞれの属性魔法を使用する時の魔力の流れが分かってくる。

 ただそれを使い分けて使用するだけだ。簡単じゃん。

 詠唱する時間を魔法のコントロールに割けるから

 願ったり叶ったりなんよなぁ。やったゼ!



 森で魔物に会って、初めの時みたいなでっかいの

 ぶっ放したら、帰ってきて両親に相当叱られるからな……前に一回やった時は、シーラに死ぬほど念を押されたもんだ。

 控えめにしよう。



 数日後――



 あれから、もう暇な日はない。

 あの森を見定めた俺の目に狂いはなかった……!

 あそこは宝庫だ。

 実は俺は、あの日森に行ってから、図鑑を作っている。

 紙は自作のものだ。

 売られているものよりも、土魔法で作った方が耐久性もあるし、滑らかだ。



 そしてその図鑑も、もう三冊埋まった。

 森の半分は見て回ったがまだまだたくさんの生態系がある。いつか俺の図鑑がシリーズ化するかもなぁ。

「いつになったら書き終わるのかなぁ…売ったらたくさん稼げそうだなぁ……うへへ」

 そんなことを呟きながら、俺は足を進める。



 その時だった。

 急に泥玉がこっちに飛んできた。

 あっぶねえ! 俺じゃなかったら見逃しちゃうね。

 日頃、父と訓練した甲斐あって、俺の反射神経も研ぎ澄まされている。服に当たる前に避けた。


 それにしても一体誰がやったんだ? 当たらなかったとはいえこれはダメだろう。遊びにも程がある。

 少しガツンと言ってやる!



 近くの木陰に隠れて敵情を探る。

 ササッ……どれどれ……ん?

「魔族は消えろ!」

「なんとか言ってみなよ!」

「俺たち食ってみろよ!」

 ああ……やだやだ…見たくもない。

 いじめだ。

 3対1で1人の子を狙っていやがる。卑怯極まりない。

 こんなことに関わるのはやめよう。

 どうせろくなことになりゃしないんだ。

 弱者を助ける正義のヒーローは、決まってそのあと標的にされるのだ。

 俺は、それを嫌というほど見てきたし、体験した。

 関係するのすらはばかれるのだ。


 こんなのは見送って今日は北東の部分に行こう。

 行って……行って……。



 …………………………………



 いや…ダメだ。見捨てちゃダメだ。

 それでは前世のあいつらと同じじゃないか。

 人が土下座しながら踏まれているところを、

 何も見なかったかのように通り過ぎたあいつらと……

 俺はそんな奴になる気は毛頭ない。

 なんせ前はそいつらのことを何度も恨んだことか。

 そしてもう一つ。俺はもうじゃない。



「や、やめろよ! 三対一なんて卑怯だぞ!」

 咄嗟に出てきた言葉がこれか! ダッセ!



「あ? 誰だお前」

「魔族の味方すんのかよー」

「やっちまおうぜ」

 図体の大きいやつが1人とその周りをほっつき歩いている子分が2人ってところか。

 ふんっ、雑魚め。

「これでも喰らえ!」

「えいっ」

 まず2人が相変わらず泥玉を投げてくる。

 これを軽くステップでかわす。

 ほれほれ当たんね〜よ。



「なっ、当たんねえ!」

「ちっ! このぉ!」

 こっちの殴りかかってくる。でもそれは想定済み。

石銃ストーンバレットほいっ」

「ぎゃ!」

「くっ!」

 指先を弾いた瞬間、石が空気を裂いて飛ぶ。

 鈍い音とともに、額を押さえた二人がその場にうずくまった。


「なにっ! よくもやってくれたなこの野郎!」

 でかいやつが突進する。

「分からず屋め……」

 おお。これは確かあの○マトのセリフ。

 相手の後ろに回り込む。そして……。

「うがっ!」…………バタンッ!

 お、これは成功みたいだな。

 手刀で気絶させるやつ。



「お! 親分!」

「何してくれてんだこの野郎!」

 おうおう、負け犬の遠吠えを聞くのは、すがすがしいですなあ。

「もういい。分かったならとっとと失せろ」

「ちっ、チキショー!」

「覚えてろよー!!」

 悪役キャラの逃亡セリフTOP1いただきました!



 ふう。

 さて、いじめられてたあの子は大丈夫かな。

「おーい。君、大丈夫?」

「ひっ!……あ…うん……大丈…夫」

 この声……恐らく女の子かな?

 全く! さっきの3人は一体なにをしているんだ。

 女の子ひとりをいじめるなんて、将来モテないゾ。

「傷がないか見てみようか」

 その子がゆっくりこちらを振り向く。


 その時、俺はこの子いじめの原因を理解した。


 髪が真っ白だった。まるで雪のように。

 いつかの師匠の言葉を思い出す。

を持つ人には気をつけてください」だったっけ。

「……!」

 とっさにバックステップをする。

 それじゃあこの子は……。

 いやまだ決まったわけじゃない。


 少し開いている口から中を注意深く見る

 牙は……ないな。

 よし。この子は吸血鬼なんておっかない種族ではない。



 だったら、この子に白髪はもう錦上に花を添えているようなものだ。

 これはダメだろう。こんな美少女が存在していいのか。俺のタイプにどハマりなんだが……。

 なんて顔面偏差値だ。



 とりあえずこのことは置いておいて……まずは泥を落としておこう。全身泥まみれだ。

「とりあえず脱いでよ。洗ってあげるから」

「え!? ……う〜ん……うん」

 こっちで一旦桶と洗濯用の石鹸を作っておこう。この世界の魔法は本当になんでも作れるな。

「脱いだ? じゃちょっとこっちき………うぉぉぉぉ! 何しとんじゃぁぁぁぁぁ!」

 俺の目に映ったもの。お分かりいただけるだろうか。


 どう見ても俺が口下手なせいだ! 何を脱げって言ってなかったから……。

 うーわ終わった……絶対嫌われた……いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない、どうやって言い訳すれば……。

 いや待て俺。落ち着け。これは事故だ。決してやましい意味じゃ――ない!

 あ、やべ。鼻血が。



「と、とととりあえず服着て! コートだけこっちに渡して!」

「…え……あ…」


 顔めっちゃ赤らめてる! 可愛すぎんだろ!

 っていうか……この髪型……。

 決して長くはないが、耳元で止まっている。

 そして2本だけクルンって巻かれている。

 前髪も整っていて……やべ、追い鼻血が。

「……むぅ…これ」

 そう言って俺にコートを渡してくれた。

 頬を膨らましてる……ちょっとやりすぎたかな?



 ま、とりあえずこのコートは桶の中に入れといて、

 水入れて、石鹸溶かして……渦巻く魔法を付けとけば勝手に洗ってくれるだろう。よし。

 で、この子の頭も洗っておくか。

「ちょっとそこでおじぎしてよ」

「…うん……分かった……うぷっ! 何これ……やぁ…」

 どうやらあまり抵抗しないタイプらしい。

 こういうやつがいじめられやすいんだろうな。



 一通り洗ってあげた。

 頭と髪、そして腕とかかな?

 コートの方は風魔法で乾かしておいたが、やはり洗い方が良くなかっただろうか。シミができている。

「服とコートは家に帰ってから洗ってね。なるべく早く洗ってもらいなよ」

「うん。分かった」



 あまりおどおどしなくなったな。いいことだ。

「でも……その……君は大丈夫なの? ボクなんかと一緒で……ほら、ボク髪色があまり良くないみたいだし……」

 ……今……“ボク”って言った? なんという設定だ。

 これは……

 完全にあのお方と同じじゃあないか。



「別に僕は気にしないよ?」

「で…でもほら。村の人たちと遊んでもらえなくなっちゃうよ……」

「大丈夫だよ。そもそも遊んだこともないし」

 思えば友達の1人もいなかったな。

 この世界でも。



「で…でも」

「じゃあさ。君が友達になっておくれよ」

「…え!」

「君が僕と遊んでくれればいいじゃないか」

「いいの? ボクなんかで…」

「もちろんさ」



 こんな美少女と遊べるんだ。嫌なはずがない。

「ところで君、名前は?」

「えっと…リシア」

「じゃあシアだね」

「……! うん!」

 いい笑顔だ。

「僕はシューツ」

「えっと……じゃあ…シュウ!」

 驚いた。この世界では俺の愛称は決まっているのだろうか。皆シュウって呼ぶ。皆って言っても親と彼女だけだけどな。



 今日、俺はこの世界で初めて他人の“友達”になれた。

 たったそれだけのことなのに――胸が、少しだけ温かかった。



 …………――――――…………


 母日記

「今日はシュウが女の子を連れてきた。あの子に友達ができるなんて……何か感慨深いものがあるわね。

 なかなかな可愛い子だったけど、シュウも恋する男の子になったのかしらね。でもいきなり女の子を家に連れてくるなんて……将来が心配だわ」

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