第5話 師匠という存在

 

「昔、魔族と人族に大きな戦争があって、今では北が魔族領、南が人間領になっています。そしてこの戦争をまとめたのが――――――」


 じっーーー。おお、こいつは………白!

「って聞いていますか? シュウ」

「はぁい」

「それならいいのですが。それともう一つ、白髪で目が赤い人には気をつけてください」

「なんでですか?」

「血族もろとも殺されてしまうかもしれません」


 何とも吸血鬼の一族らしい。吸血鬼!

 異世界らしいワードトップ100には入るやつがまたきやがったぜ!


「それでは僕は寝ることにします」

「はい。それではおやすみなさい。シュウ」

 …………

 ガチャ、キィィィィ、ひょこっ。どれどれ……。

「吸血鬼に殺されますよ」

「はぁい」



 俺ももう直ぐ十歳になる。そういうことなので、今日から体の方も鍛えなさいと父に言われた。

 毎朝ランニング、腕立て伏せ、腹筋、スクワット、ストレッチのように、メニューもガチガチに組まれている。

 前世の俺なら1日も続かないだろう。だが俺は決めたのだ。本気で生きると。こんなことは苦でもない。ムッキムキの男になるってなんか夢あるじゃんか!



 そして魔法の練習の方だが、もう全属性上級までは全て覚えてしまった。たくさん練習したおかげで魔力の流れも熟知したつもりだ。

 今では詠唱中に魔力精製が終わるようになってきた。魔法のスピードが速すぎるってリリィ師匠は言っていた。これからは魔法のコントロール、つまりはエイムを練習するらしい。


 こんなに早く修行が終わる理由はもう一つある。

 全く魔力が底をつかないからだ。もはや底が見えないのだ。そのおかげで一日中休まず魔法の練習ができる。

 素人だと魔法を打つとなっても魔力の燃費が悪すぎて直ぐにぶっ倒れるらしい。その点で師匠は俺のことを教えやすい弟子だと感じているらしい。



 しかし、俺もこの魔力を持て余そうとは思わない。

 なので今は使い果たすための実験をしている。魔法の詳細化だ。俺の場合、毎回放つ魔法の威力がデカすぎるせいで、近隣の住民に被害が及びかねない。


 なので今は魔法を小さくして、それでも威力を弱めないような魔法の練習をしている。

 魔法を圧縮するのにもかなり技術と魔力を要する。

 なので一石二鳥だ。

 今では最初の時に出したやつの二回りぐらいまで小さくできるようには慣れた。


 そしてもう一つ、土魔術だ。これに関してはもう一つ進展がある。小さい出力であるならばいちいち詠唱する必要がなくなった! 


 これは俺の適性なのだろうか? これに気づいた翌日に師匠に聞いてみた。

「魔法って属性があるじゃないですか」

「ええそうですけど、突然どうしたのですか?」

「その……魔法に適性ってあるのでしょうか」

「ふむ……どうでしょう。聞いたことはないですね」

 そうか、もし違うのなら、これは俺の天賦かもな!

 それは嬉しいことだ。もう一つチートが増えたのだ。


 なので、俺は毎夜、土魔術で細かい作業をしている。

 細かい作業には通常の魔法発動に必要な魔力よりも、より厳密で、精度の高い使用が求められる。これにももちろん魔力が必要だ。


 まずは立方体を作る。ここから変形だ。直方体、凸凹、滑り台みたいに、どんどん工程を難しくしていく。

 魔法ってのは面白いもので、使えば使うほど慣れてくるし、それに伴い魔力も増える。努力したら報われるというのはただ妄想とか言う人も多いが、魔法はマジで結果が返ってくる…!

「異世界転生サイコォォ……」



 ――



「私が教えられるのも、これで最後となりましたね」


 ある日突如言われた。え…それって…まさか。

「え…? 僕、まだまだ学ぶことがありますよ?」

「そうですね…でもそれは、今後大人になっていくシュウが自分で学ぶことです。私が教えられるのはこの魔法ぐらいでしょう」

「僕…まだ師匠と離れたくありません!」


 リリィ師匠が優しく俺の頬を撫でる。

「シュウ、明日、大草原に来てください―――」


「別れとは突如訪れるものである」

 なんて言葉が存在する。

 実際俺も急に死んだわけだから分からなくもない。

 だがこれは……

 その時俺は改めて感じた

「明日、リリィと別れる」のだと――


 ――翌日


「師匠、きました」

「よく来ました。私はてっきり寝坊するのかと」

 するわけない。今日は俺の転生後の超重大イベントだからだ。

 第一、父親に毎日朝のランニングを義務付けられた時からは一度も欠かしたことはない。


「それでは、卒業試験です。私と戦い、勝利を収めてください」

「……はい」

 この戦いに勝つ。

 それは、師匠に対する恩返しでもある。

「あなたの弟子は、ここまで強くなりましたよ」って言える。


 でもそれは、師匠との別れにもなる。

 正直なところ、俺はリリィが好きだ。嫁にしろって言われても抵抗感がないくらい好きだ。だから離れたくなんてない。

「ほらどうしたのですか?」



 だがこの戦い、リリィ師匠のためを思うなら、答えは明白だ。

「……はぁ!」

「堅牢なる岩の守りを今ここに。岩壁ストーンウォール!」

「明成たるその輝きで指し示せ、その槍は闇をも貫かん。炎槍ファイヤーランス!」

(ドゴォォォォォン……)

 まずは守りを崩しておく。師匠から教わったことだ。


「私だって一端の冒険者なんです! 子供に負けちゃ立つ瀬がないんです! 本気で行きます……!

 炎乱壁ファイヤーウォール!」

 上級魔法“炎乱壁”。鉄製の剣で攻撃すると溶けてしまうほど高温である。火属性には風魔法だったはず!

「荒々しく吹き荒れる風よ、その力を一つにし、今ここの敵を撃ち破れ。風槍ウィンドランス!」


 よし!

 障壁はなくなった。あとは本体……ん?

「水の神よ。

 我が願い聞き届け、その力欲するとこに授けよ。

 求めるは万物を押し流す濁流の波。

 我が敵を打ち破り、その力を世に示したまえ!

 波よ! 我が前に顕現せよ!」


 なんだその詠唱は! 俺はその魔法を知らないぞ!


「……大津波タイダルウェーブ!」


 な…なんだこの水の量は! まずい飲み込まれる!

「巻き上がる大地の力は……うわっ!」

「や……やりましたか!」

 リリィ師匠が勝利を確信したような表情を浮かべる。


 まずい! どうにかしなくては……。

 思考を巡らせる。


 ……これだ。

 ここに全力であれをぶつけてみたら、どうなる? 相手が使ってるのは水魔法……なら!


「天高く登りし炎帝の手よ! 我が前に渦となりて、全てを飲み込め! 

 炎旋風ファイヤーサイクロン

 うぉぉぉりゃぁぁぁ!」

「きゃっ!」


 俺が放った上級魔術”炎旋風“は、師匠の魔法をつつみこんだ。

 その途端、激しい水蒸気爆発が起こり、双方反対方向に飛ばされる。

「ぐぅぅぅ!」

「きゃあぁぁ!」

 師匠の叫び声が辺り一面に響く。

 まずい! まともに受けたか!


 咄嗟に風魔法を落下地点に放つ。衝撃緩和材のような役割を果たしてくれればいいが……。


 ――


 リリィ師匠は地面に伏せていた。

 やばい、やりすぎたか……

「師匠! 師匠、大丈夫ですか……」

「…………」

「し…師匠……?」

 おいおい嘘だろ!? 俺ほんとにやりすぎたのか……!

「………ふがっ!」


 ほっ……よかった。大切な人を失うのかと思った。

「師匠! 大丈夫ですか? 起きれますか?」

「うっ……ん……はは……私のより大きい魔法を使えだなんて言ってませんよ……」

「それは……はい……どうしようもなくて……すんません」

 ここまで大きい爆発が起きるとは思っていなかった。未熟者だな……俺もまだ。



「まあいいですよ。こうなるとは思ってましたし……シュウ。合格です。これで私の教師期間も終わりです。長い間、いろいろと…その…ありがとうございました」

「もう…終わりですか……」

 寂しい。もっと一緒にいてほしいと深く思う。

 でもそれは俺のためであってリリィ師匠のためにはならない。

「負けちゃったので、約束通り一つ願いを叶えて差し上げましょう」



 ……? そういえば、そんな約束いつの日かしていたな。

 ならこれはチャンスだ。残ってほしいと言えば残ってくれるのだろう。

 …………

 いや、それはもう諦めよう。迷惑をかけてはならない。この人生では誰にも迷惑はかけたくないのだ。

「なら一ついいでしょうか」

「なんでしょう」

「最後に見せてくれたあの魔法を教えてくださいますか」

「あれですか……あれは王級魔法”大津波“です。あれを学びたいのですか?」

「はい。そうです」

「……これも覚えられちゃったら、わたしはもう何もシュウを超えるものを持っていませんね……」



 そんなことはない。リリィは俺にとっての師匠であり、俺の人生の救世主だ。

 この人ほど俺のことを気にかけてくれた人はいない。

「そんなことはありません。先生は存在自体が僕の遙か上の次元の生物です」

 嘘偽りのない本音だ。

「そんなことは言わないでください。余計惨めになりますから……」

「はあ、まあ分かりました」

 なぜだろう。悪気はこれっぽっちもない。



「それでは一度しか見せません。何回も打てるほど私に魔力はないので……」

「分かりました」

 師匠の形見になる魔法だ。しっかり目に焼き付けてやる。

「……」


 さっきとはまるで別人のようだ。かなり集中している。空気の流れでわかる。魔力を身体中から集めているのだ。

「水の神よ。

 我が願い聞き届け、その力欲するとこに授けよ。

 求めるは万物を押し流す濁流の波。

 我が敵を打ち破り、その力を世に示したまえ!

 波よ! 我が前に顕現せよ!」


 長い詠唱の末、放たれるもの……


大津波タイダルウェーブ!」



 突如、何もないところから水が集まってくる。そして横一列になり、一斉に走り出す。

 それは波のように荒々しく、そこら一帯の草原を根こそぎ持っていった。

「……すごい…」

 さっきは焦ってよく見ていなかったが、普通にこれはすごい。魔物が複数体いたとしてもこれで全部一件落着になりそうだ。


「……はぅ」

 師匠が倒れた! それもそうだ。これほどの魔法を2回も使って、常人が保つわけがないのだ。

「お疲れ様でした。師匠」

「……はい。それじゃああなたもやってみてください」

 俺は立ち上がり、師匠を岩牢ロックベールで囲う。


 少し離れたところで試してみよう。どうせコントロールできずにとんでもないことになるのだろう。

「それでは、やります……」

 さっきの師匠の言葉を一つずつ口に出す。

「水の神よ。

 我が願い聞き届け、その力欲するとこに授けよ。

 求めるは万物を押し流す濁流の波。

 我が敵を打ち破り、その力を世に示したまえ!

 波よ! 我が前に顕現せよ!」


 ええい! ままよ!



 ――



 そのあとはもうめちゃくちゃだった。

 俺の出した大津波タイタルウェーブは横幅数百メートル、高さは18メートルはあった。

 危うく俺たちの丘の家にまで届く高さだ。


 あたり一帯の草原を押し流し、向こうの木を数本折ってしまった。実に1キロは遠くまでいった。

「私のより数十倍は大きかったですね……はあ」

「なんかすいません」


 ついつい調子に乗っちまったゼ。

「これで私が教えられることはもうないです。よく出来ました」

 優しくなでなでしてくれた。

 小さくて、弱くて、それでも頼り甲斐のある、優しい手だ。

「……へへ」

 つい笑ってしまった。これは単純に嬉しい笑いだ。



 ――翌日



「それでは私はもう行きます。2年半の間、お世話になりました」

「えっと…そのだな。うちに残ってもいいんだぞ?」

「そ、そうですわ…まだいろいろと教えてないこともありますのに……」

 ブラインとシーラが呼び止めようと必死だ。

「その気持ちは大変嬉しいのですが、私は少しじぶんを見つめ直そうと思います。少しつけ上がっていました」

 それは…その…タイヘンモウシワケナイ。


「それは…なんか悪いな…うちの息子の出来が良すぎて……」

 何を言ってるんだコイツは。フォローになってねぇよ。

「ははは……」



 すると、リリィ師匠は俺に話しかけてきた。

「シュウも将来どんどん成長していくと思います。いつか私の身長を超えるでしょう。そこで、一つだけ忠告しておきます。決して魔法を人に向けて故意に使わないこと。吸血鬼にあったらすぐに逃げること。そして……そして……」

「僕、絶対に師匠のことは忘れません!」

「……!」


 恐らくリリィ師匠は最後、忘れてしまってくださいというと思った。いつかの話で聞いたのを覚えている。

 彼女は彼女の師匠の間に深い溝ができてしまい、今でも気に病んでいるらしい。だから俺にはそういうことがないようにしたいのだろう。


 だが俺はもちろん嫌だ。


「……はい!」

 最後に師匠は目に涙を浮かべていた。俺までつられて泣いてしまいそうだ。だが男に涙は似合わない。そんなプライドがどこかにあった。


「それでは……また」

「いつでも帰ってきていいんですからね!」

「ウチでずっと待ってるからな!」

 師匠が手を挙げて揺らす。


 もう我慢できない。

 俺は走りだしていた。


 ……! ……! 伝えなくちゃな。この思いを。


「はぁ、はあ、シショーーーーウ!」

 パッとリリィが振り返る。

「僕! 師匠のこと! 大好きですから! 絶対に! 忘れたりしませんから!

 長い間! お世話になりましたぁぁ!」


 叫んだ。声が続く限り叫んだ。

 師匠がニコッと儚げに笑っていた。伝わったのだろう。

「……私もですよ…シュウ」


 ――


 最後に何か呟いていたが、俺には聞こえなかった。

 この人には本当にお世話になった。


 魔法を教えてもらった。

 馬の扱いを教えてもらった。

 礼儀作法を教えてもらった。

 算術、読み書きを教えてもらった。

 あとはそうだな……乙女心とかも。



 そして…


 何より俺に人の温かみを教えてくれた。

 俺を街に連れ出してくれた。

 この人がいなければ、俺は結局どこにも行けずにここにとどまるだけのつまらない人生だっただろう。

 あの小さい背中には、ちゃんと重みがあった。

 とても頼もしい背中だ。


 尊敬しよう。あの小さい魔術師を。

 崇拝しよう。我が師匠……いや……神を。




 …………―――――…………


 母日記

「シュウの部屋を掃除していたら、誰のか知らない下着が出てきた。問い詰めたらしどろもどろしていた。

 私の息子にも思春期があるのかしらねえ」

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