幼少期 魔法と師匠編

第2話 新生

 ――頭の中に白い文字が浮かんだ。

 まるで夢の中に、デバッグ画面が出たように。


 《強い再生願望を確認》《転生システムへの承認を要求》

 《……成功しました》


 ……は?


「何だこの声……いや“音声”か? ゲームのイベントかよ?」



 視界が霞み、身体が空気に溶けていくような感覚に包まれる。

 軽い。ふわふわして、どこまでも沈んでいくみたいに気持ちいい。

 ……あれ? 俺、火事で死んだよな?

 じゃあ、これは何だ?


「転生……? いや、そんな馬鹿な……」


 そうだ、転生なんて……

 確かに俺は漫画アニメラノベを読み漁る達人だが、

 だからといって本気で異世界転生を信じていたわけじゃない。

 そう思いながらも、意識はどんどん遠のいていく。

 これって……マジかもしれない……。

 なら、俺がその世界で叶えたいことは……。



「もし仮に……本当に転生できるなら……絶対にいい人生にする……」



 ――そして俺は眠った。



 …………――――――…………



「…………はっ」

 頬にあたる風が心地いい。

 気づけば、広大な草原の真ん中に立っていた。


「……え?」


 手を見た。小さい――子どもの手だ。

 体もやけに軽い。



 丘の向こうに、小さな木造の家がぽつんと建っていた。

 屋根から立ちのぼる煙が、青空にまっすぐ伸びている。

 不思議と――あれが“自分の家”だと分かった。

 気づいたら走り出していた。親に会いたい。

 そんな気持ちがした。



 家に入ると、目の前には――知らないはずの二人。

 イケメンと美女だ。まあお似合いだこと。

 この人たちとは俺は一度も会ってない。


 でもなぜか、分かる。

 この二人は俺の“父さんと母さん”だ。


「父さま!母さま!」


 出てきた言葉は日本語じゃなかった。

 それなのに、意味がわかる。

 舌の動かし方も、音の響きも、全部初めてなのに――なぜか懐かしい気がした。



「おかえり、シュウ。ちゃんと遊べたかしら?」

「父さんは仕事に行くから、いい子にしてるんだぞー」

「はい!行ってらっしゃい父さま!」

 他愛もない家族の会話だ。

 けれど、その何気ない声の温かさが胸の奥にじんわり広がる。

 思えば家族とまともに話すのなんて、もう何年もなかった。

 それだけで、涙が出そうになる――。



 その前に、俺は大混乱だ。

 いきなり原っぱに現れたのだ。

 ここは地球……なのか?

 とりあえず現状を理解するために“母”に色々と聞いてみた。



 どうやら俺――いや、この体の名前はシューツ・キュロプラスっていうらしい。


 名前の響きからして、もうここが日本じゃないことは確定だろう。


 そして、ここの名前はツキナミ村。「神聖タルタロス連邦国」っていう王国の領土に含まれている。そして近くには「タンタロス」と呼ばれている王都があるらしい。


 ……名前からしてファンタジー臭しかしねえ。


 父の名はブライン。タルタロス連邦国――通称“王都”の近衛兵の参謀をやっているんだとか。

 つまり超強い。


 母の名はシーラ。「美人確定!」のような名前に相応しいほどの絶世の美女である。スタイルも抜群だ。

 親に惚れる趣味はないが、これは……むふふん。



 ただ、まだ地球の可能性はある。あるのだ。

 その可能性を試してみる。

「ハロー……?」

「何?何て言った?」


 ああ、英語圏でもない。そして、この日本語でも英語でもないようなこの言語は一体……

 意味もわかるし使えるが……。


 そして俺は最後の質問に出る。

「母さま。魔法ってご存じですか?」

 さあ、どう返す......!


「何を言ってるのよ。魔法なんてそこらじゅうにあるじゃない。」

 ああ、マジか。これもう確信していいよな?

「……オウ……マイ……ゴットォォォォォ!」



 いせかい。イセカイ。異世界!

 現代男子なら誰もが夢見るだろう。

 そして! 何と何と! 魔法!

 しかも母は、それを迷いもなく詠唱し始めた。

 彼女の指先に集まる淡い光。空気が熱を帯び、髪がわずかに揺れる。

 その光景に、俺は息を呑んだ。


「火の神に我が名を連ね奉る。

 求むは永劫の赤、純粋の玉となりて――

 我が前に顕現せよ

 “火球ファイヤーボール”」

 え? えーー?

 マジかすげー!

 俺にもできんのか?



 なんて思っていたし、半分は

 ここの魔術師は全員厨ニ……コホン! まあ聞かなかったことにしてくれ。

 もっとも基礎の魔法らしいが、俺はもちろんすごく興奮した。


 ニートに魔法、豚に真珠って言われそうだ。もっとも、俺は“豚”ではないがな。魔法がいかに素晴らしいかを俺は知っている。これでも異世界系のラノベを読み漁った、オ○クの端くれだ。


 ちなみに、俺には兄がいるらしい。

 先月一人前になって旅立って行ったとか何とか……

「すげぇ」「カッコいい」――そう思いもしたが、

 内心「羨ましい」の気持ちが勝っていた。



 空を見上げる。果てしない蒼の向こうで、雲が流れていく。


 魔法が存在する異世界――その現実を噛み締めるたびに、胸の奥が熱くなる。



 そうだ、俺はまた“人生”をもらったんだ。



 どうやら神は俺を見放すつもりはないらしい。


 この新しい生を授かった目的、忘れたわけじゃない。



「今度こそ、ちゃんと生きてみせる」


 そう、胸の奥で誓った。

 ――今度こそ、クズじゃない俺に。


 まずは手始めに……魔法だ。

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