第41話 「東京・都市再起動」
―2021年8月4日 15:00―
東京が、呼吸を取り戻した。
信号が脈を打ち、電波が再び流れ出す。
それは、都市の神経が再接続される瞬間だった。
RAZEEMによって遮断された神経。
沈黙していたノイズ。
止まっていた血流。
そして、断絶されていた記憶。
だが――その“死”は、永遠ではなかった。
最初に点いたのは、港区の信号だった。
赤が、青に変わる。
地下鉄の照明が一斉に点灯し、
スマートフォンが再接続される。
渋谷の大型ビジョンが
ノイズを吐きながら再起動。
世田谷の住宅街では、冷蔵庫が唸りを上げ、
電子時計が“15:00”を表示した。
環状8号線では、物流トラックが再起動し、
自動運転車が制御を取り戻す。
都市が、目を覚ました。
ノイズが戻り、光が灯り、秩序が再構成される。
だが、その秩序は、以前と同じではなかった。
■テレビ報道・15:03
「本日未明、都内で一部停電が発生しましたが、
現在はすでに復旧しております。
原因は老朽化した変電設備による誤作動と見られ、
政府関係者は“安全に問題はない”とコメントしています」
画面には、無表情のキャスターと、
復旧した街の映像。
人々がスマホを見つめ、電車が動き出す様子。
だが、その映像は“日常”ではなく、
“安心の演出”だった。
都市の痛みは、テロップの下に隠された。
■SYNAPSE-33作戦室
―15:05―
龍は、モニターの前で拳を握り、腕を組んでいた。
「……“老朽化”? ふざけんな。
カヲル、なんでテンプレートを流さねぇ!
再起動の瞬間が勝負だろ!」
カイトが鼻で笑う。
「RAZEEMの遮断ログ、全部あるのに。
あいつら、どこまで“現実”を塗り替える気だ」
カヲルは端末を睨みつけ、その指が僅かに震えていた。
「……駄目よ。再起動と同時に、
RAZEEMが強力な『防御ファイアウォール』を
都市の感情帯域に展開した。感染経路が遮断されている。
奴らも、私たちがカウンターを仕掛けてくるのを予測していた……!政府の報道は、
そのファイアウォールの裏で流されている!」
龍は息を呑んだ。「くそっ、演出された防御か!」
イリスが静かに言った。
「東京の記憶は、もう戻ってる。でも、メディアは
“東京の目”を塞ぎにかかってる」
■官邸記者会見・15:10
壇上に立つのは、内閣官房長官――三條恒彦。
白髪を撫でつけ、無表情のままマイクの前に立つ。
「まず、昨夜から本日にかけての一部停電につきまして、
政府としては、すでに復旧が完了しており、
市民生活に重大な支障は生じておりません。
また、明日予定されております――
ガヴィエル・J・ハリソン副大統領の初来日につきましても、
予定通り、問題なく実施される予定です」
■SYNAPSE-33作戦室・沈黙
カヲルが、画面を見つめたまま呟く。
「……“問題なく”ね」
天城が、椅子から立ち上がった。
「来るぞ。インペリウムが」
作戦室の空気が変わった。
誰もが、その言葉の意味を理解していた。
「ハリソンが来るってことは、
都市の“再演出”が始まるってことだ」
カイトが低く言った。
イリスが頷く。
「RAZEEMは、まだ終わってない。
あれは“前奏”だった。
本番は、これから」
龍が、拳を握りしめた。
「東京は、目を覚ました。
でも、下手するとまた“爆睡"だ」
天城が、静かに言った。
「なら、叩き起こすまでだ。
目覚まし時計なんざいらねえ。
俺たちが、東京のド真ん中で『非常ベル』を鳴らす。
日本が、もう一度、叫べるように」
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