第37話 「不気味な足音」


■成田国際空港・VIPゲート




―2021年8月2日 午前4:45―


黒崎透は、無言で搭乗ゲートを通過した。

手荷物はない。 ただ一枚の外交パスと、

暗号化された端末だけを携えていた。



(……天城先輩。あなたは“現場”に囚われすぎた)



搭乗直前、黒崎は一度だけ振り返った。

ガラス越しに見える東京の空は、鈍い灰色をしていた。


そこには、彼が「削除」した田辺も、

必死に足掻く龍たちの姿も、

上空から見れば、ただの「データの染み」に過ぎなかった。


(……さらばだ、ノイズたち。

君たちの叫びが届かない場所から、フィナーレを見せてもらおう)


彼は、自らが創り上げた舞台を、

ついに日本から離れて **「高み」**から見守ることを選んだ。


(だが、私は“構造”を選ぶ。

人間の秩序は、もはや国家の枠では守れない)


彼の背後で、搭乗ゲートが静かに閉じた。

彼は、自らが創り上げた舞台を、ついに日本から離れて

**「高み」**から見守ることを選んだ。





■アメリカ・ワシントンD.C.・非公開施設「MED-17」



―2021年8月2日 現地時間 午前10:12―



無機質な会議室。 壁は灰色の合金で覆われ、

窓はなく、空調の音すら聞こえない。


黒崎透は、既に

中央の円卓に立っていた。


その周囲には、世界の“演出者”たちが集まっていた。

国家ではなく**“構造”**を信じ、

都市を舞台に思想を仕掛ける者たち。


最初に口を開いたのは、

MED(米国戦略情報局)の代表、

ダリアン・ヴェクスモア。 思想感染計画の首謀者。


「東京の“感情帯域”は臨界点にある。

あなたの『秩序演出』が成功すれば、

我々の**『思想感染モデル』**は実証段階へ入る。

洗脳ではなく、共鳴による支配だ」


彼は、指先で端末を撫でながら語った。

まるで都市そのものを操るような仕草だった。


黒崎は頷いた。


「都市のノイズは、すでに“言語”になりつつある。

我々がそれを『感染媒体』に変える。

RAZEEMは、都市の声を制御するための『共鳴装置』です」


ヴェクスモアは、

ハリソン副大統領の選挙戦略が記された資料を提示した。


「RAZEEMの起動と同時に、ハリソン陣営の

『思想感染キャンペーン』を日本国内で展開する。

対象は、都市部の若年層。

選挙戦略と思想兵器は、構造の両輪として同時に動かすべきです」


黒崎は静かに言った。


「秩序とは、選択肢の編集です。選択肢そのものが、

すでに我々によってデザインされている」


次に、ホログラム越しに接続されたのは――

カリグラ研究院の主任研究員。顔は見せない。


「カリグラは、人間の思考を塗り替える。

都市の“感情帯域”を使えば、

個人の意思は、抵抗なく『編集可能』となる。

『共鳴』は、最も効率的な精神の再構築手段だ」


その声は低く、滑らかで、まるで催眠術のようだった。


最後に、会議室の奥からホイットモア財団の技術顧問が現れた。

彼は白い手袋をしたまま端末を操作していた。


「東京には、すでに我々の**『観測点』**が複数設置済みだ。

RAZEEMの起動と同時に、

“感情流の流速”と“共鳴指数”をリアルタイムで解析する。

すべては予測可能となる」


黒崎は、全員を見渡した。その目には、

冷静な確信が宿っていた。


「世界は、語り始めた。 だが、語るだけでは足りない。

我々は――世界に**『叫ばせる』**。

これが、構造による完全支配の始まりです」


黒崎は冷然と締めくくった。彼の視線の先には、


 東京の地下深くで起動を待つ

   巨大な装置のシルエットが見えているようだった。

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