第6章 侵略
第22話 「再び訪れた影」フューチャーヴェイル 藤崎
―2021年7月7日―
7月の陽射しは、
池袋の街を柔らかさと若干の暑さで包んでいた。
「studio33」のガラス扉には木漏れ日の粒が映り、
風がカーテンをゆるく揺らす。
ローファイのリズムがゆっくりと流れ、
ドライヤーの音が心地よく混ざる。
龍は髪を整え、鏡越しに客へ微笑んだ。
「はい、仕上がりました。
軽さも出て、動かすと風に馴染みますよ。」
「さすがです、龍さん。」
笑顔を交わすと、空気がまた静けさに戻った。
季節の境目、
時間の流れがゆるやかに溶ける午後。
ドアのベルが鳴る。
夏の陽光が差し込み、
以前来店した藤崎が立っていた。
白のリネンシャツに
淡いグレーのパンツ、涼しげな佇まい。
その姿は、初夏の光そのもののようだった。
「こんにちは、龍さん。急にすみません。」
「藤崎さん。いや、いいですよ。
今日はいい天気ですね。」
龍は自然と笑った。
外から入ってくる風に、
ジャスミンのような香りが混じる。
藤崎は店の奥のソファに腰を下ろした。
彼女の所作はどこか静謐で、
話す前から空気を変える。
「実は、例の件…フューチャーヴェイルの活動、
少しだけ見学してみませんか?」
龍の目が動く。
「見学?」
「ええ。週末に、小さな交流会があるんです。
テーマは“都市と意識”。
人の集合心理や情報操作の研究を、
社会実験的に行っているんです。」
龍の胸がざわついた。
“意識”という言葉に、何か引っかかる。
(意識…集合心理……?)
藤崎は龍の思考を読んだように、
微笑んだ。
「きっと、龍さんが興味を持たれる内容です。
一般には公開していませんが、
信頼できる方だけに特別に案内しているんです。」
「俺なんかが行っていいんですか?」
「都市は、感じ取れる人を選ぶんです。
龍さんは、もう“選ばれた側”にいる。
私たちの活動は、頭だけでは理解できない。
感覚でつかむ部分が大きいんです。」
龍はその言葉に妙な説得力を感じた。
美容師として人の「内側」を読む感覚を持つ自分。
その延長線にある“何か”を、
確かめたくなる。
「……行ってみたいです。」
自然と口から出た。
藤崎は満足そうに微笑む。
「ありがとうございます。
場所は、都心から少し離れた研究スペースです。
静かで、外の世界とは
ちょっと違う空気があります。」
「外の世界と違う?」
「ええ。ノイズが少ない場所なんです。
人の思考や、
情報の流れを純粋に感じられる。
――龍さんなら、
きっと“何か”を感じ取れるはずです。」
藤崎の言葉が静かに染み込む。
龍はうなずきながらも、
胸の奥で微かな違和感が灯った。
それは“選ばれた”ことへの直感的な警告だった。
だが、それが何を意味するかを理解するには、
まだ時間が足りなかった。
「じゃあ、週末に。
詳しい場所は当日の朝、専用リンクを送ります」
藤崎が立ち上がり、軽く頭を下げる。
店のドアが閉まると、再び静寂が戻る。
BGMがいつもより低く響く。
龍は鏡越しに自分を見た。
微笑んでいるようで、
その目にはかすかな迷いがあった。
(…どんな場所なんだろう。
“意識の実験”なんて、聞いたことがない)
窓の外では午後の光が街を照らしている。
だが、その光の奥に、
見えない“もうひとつの東京"が
静かに揺れている気がした。
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