第6話 「休日の出来事」


2021年4月19日・午前。


龍はソファに沈み込み、

リモコンを指先で転がした。

今日は営業もなく、予定もない。

久しぶりに“何もしない”ことが

許された休日だった。


テレビでは、昨夜の横浜みなとみらい爆破事故が「落雷による大規模火災」と報じられている。


画面には、煙も瓦礫も映らない。

ただ、静かに燃えるビルの外観と、



アナウンサーの平坦な声。



「はぁ? 嘘だろ……雷は鳴ってたけど、あんな爆発になるかよ」

龍は鼻で笑い、ノートPCを開いた。



休日のルーティン

――“陰謀検索祭り”の始まりだ。

画面の光が顔を照らす。

テレビの音は遠くなり、

都市のノイズが静かにフェードアウトしていく。


「相変わらずマスメディアは、都合のいい話しか流さねえな……。

被害も、瓦礫も、煙も、全部無視か。視聴者を舐めやがって……」



検索窓にキーワードを打ち込む。

画面に並ぶ結果を追いながら、

龍の頭の中で一本の線がゆっくりと繋がっていく。



最初に出てきたのは、“12の財団”。


世界の秩序を裏から支配する、

      資金と思想の供給源。


龍はスクロールしながら、ひとつずつ読み上げる。


「ヴァレンタイン財団……文化振興の顔か。裏では情報網の供給源。なるほど」


「モンロー財団……教育支援を装って心理操作?……うわ、これはやばいな」


「ハーグリーヴス財団……医療研究支援の名目で、極秘技術の試験場。……人間を使ってるってことか?」


「ドノヴァン財団……環境保護の裏で地政学的資産操作。……土地を動かしてるのか」


「カーヴァー財団……金融・投資で資金流動をコントロール。……金の蛇口を握ってる」


「ホイットモア財団……テクノロジー支援の名で監視システム展開。……都市の目か」


「レイヴンズ財団……出版・メディアの顔、実態は諜報網。……情報操作の中枢」


「ハルストン財団……芸術支援を装って暗号解析?……文化に紛れた通信網」


「ブラックウッド財団……資源管理と地下技術研究所。……地中で何か作ってる」


「マクスウェル財団……宇宙・AI研究で軍事応用。……空と脳を支配する」


「ローゼンタール財団……教育プロジェクトの裏で社会実験。……人間の行動を試してる」


「グリフォン財団……国際NGO活動の名で政策操作。……善意の皮をかぶった支配」



龍は息を吐く。

「……これ、全部が“思想と金”の供給源ってことか。世界の表面を塗り替えるための筆だな」



その裏で動いているのが、“8つの研究所”。

技術と実行を担う、都市の“実働部隊”。



「カリグラ研究院……心理操作、洗脳。……人間の思考を塗り替える」


「ノクス・コレクティブ……監視・潜入工作。……都市の影に潜む目」


「アガルタ未来開発財団……地底、未知技術。……地面の下に何かがある」


「ゼノス・エネルギー研究所……電力制御、人体電磁。……人間を電気で動かす?」


「オルビス・オブザーバトリー……世界規模の監視網。……都市全体がカメラだ」


「ノヴァ・アーク協会……終末計画、新人類。……人類の“次”を作ってる」


「テラ・サンクチュアリ研究所……環境・人口調整。……誰が生きて誰が死ぬかを決める」


「ルミナス・コンソーシアム……光/AI監視/統制技術。……都市の“神経系”か」



龍はノートに線を引きながら呟く。



「財団が思想と金。研究所が技術と実行。

そして、それを使うのが――CIA、FBI、国防総省。表向きは国の安全保障。

でも実際は、財団の傀儡ってわけか……」

背筋に冷たいものが走る。



そして――



アメリカ中枢――CIAのさらに上層部組織

“M.E.D(Mind Engineering Division)”。


この組織は、思想と感情の“分断プログラム”を

日本国内で展開し始めている。



(……もしこれが全部本当なら、俺たちの生活って、誰かの設計図の上にあるってことか?)



ひときわ派手な記事が目に入った。


《ネクサス・フォーラム開催――

      世界のリーダーたちが未来を語る》


各国首脳、企業トップ、学者、活動家

……顔写真がずらり。


表向きは「人類の未来を考える会議」。

だが、裏掲示板ではこう囁かれていた。



――ネクサスは、

      台本を読む舞台役者にすぎない。

 その台本を書いているのは、

      さらに上位の存在。



ごく限られた陰謀論サイトの片隅に、その名前を見つけた瞬間、龍の背筋が凍る。



《インペリウム会議(Imperium Council)》



「……出たよ。世界を支配する、本当の黒幕か」

龍はつぶやき、乾いた笑いを漏らした。

冷酷で絶対的な力。

12財団も8研究所も、CIAもFBIも、国防総省すらも、この会議のシナリオに従って動いている。



(……これが妄想ならいい。

      でも、もし現実なら――)

そのとき、画面に奇妙な社名が現れる。


《マルドゥク・インベスター・

           ソリューションズ》


《レムリアンテクノロジー》


「……ん?これは……」

龍の指が止まる。

どちらも、ヴィーナスゾーンの親株主として知られる巨大企業だ。

画面を拡大し、財務情報と株式構造を追ううちに、龍は凍りついた。


「……マルドゥクも、レムリアンも、さっきまで調べてた“世界権力”の一部だったのか……」


頭の中で、すべてが繋がる。

財団、研究所、国家機関、ネクサス、

そしてインペリウム――

その中心に、あの2社がいた。


「……マジかよ。親株主が、こんなところに絡んでるなんて」

龍は椅子に深く座り直す。

“休日”のはずの午後は、もはや静かな時間ではなかった。

世界の裏側が、目の前で形を現し始めていた。

 

■ 歯車の向こう側


龍はソファから立ち上がり、

ノートPCを片手に窓際へ移動した。


外の光は眩しいが、

室内の空気は重く澱んでいる。

窓の外では、電線が風に揺れていた。

都市の神経のように。

画面の株主構造図を見つめながら、

龍の頭の中は完全に“解析モード”になっていた。


「……なるほど、なるほど……

ここまで繋がるとはな。

知れば知るほど興奮してくるぜ」

手元のノートに矢印と丸を描きながら、

世界の裏側の“見えない線”を追う。


「この二社が、すべての権力のハブ。

しかも、ニュースも災害報道も操作してるとなると……」

龍の心臓が高鳴る。

偏向報道の横浜爆破事故、映らなかった煙と瓦礫――


すべてが、一つの大きなシナリオに組み込まれていた。


「……これはもう、単なる陰謀なんかじゃねえ。

システムだ。秩序だ。世界秩序だ」


龍はタブを次々に開き、

過去のニュース記事、

財務資料、

研究所の公開特許、

ネクサス・フォーラムの参加記録、

CIA・FBI関係者の人事情報を

片っ端から拾い上げる。

そのとき、画面の中で、ヴィーナスゾーンに関連する隠し口座情報がチラリと現れた。


わずかに見えたコードナンバー――

龍は即座にそれが

親株主専用の内部識別番号だと察した。


「……マルドゥクとレムリアン、

そしてヴィーナスゾーン。

全部、同じネットワークの中だ」

背筋に冷たいものが走る。

龍は手を止めずにさらに調べる。


12財団や研究所のプロジェクトリストを突き合わせると、

微細な資金の流れ、人物の移動、

特許申請のタイミング――


すべてが一つの巨大な歯車として正確に噛み合っていることが見えてきた。


龍の目の前で、世界の表と裏が、

完全に一本の線で繋がる瞬間があった。

都市のノイズが、

画面の中で静かに再構築されていく。

窓の外では、電線が風に揺れていた。

まるで都市の神経が、

何かを感じ取っているようだった。



龍は画面の隅に視線を移す。

そこに、見覚えのないマークが瞬いていた。

ヴィーナスゾーンの親株主にしか付けられない、内部コード。

そのマークが、まるで“こちらを見返してくる”ように感じられた。



「……あれ?」

龍は息を呑む。

視線の先に、何かが“動いている”気配。



椅子に戻ろうとしたその瞬間、スマホが鳴った。


画面に表示される番号は――非通知。


龍は一瞬だけ、呼吸を止めた。


指先が通話ボタンに触れる。


その目は、もう“日常の美容師”ではなかった。


“都市の深層を覗き込む探索者”の目だった。


“休日”の午後は、完全に終わった。

世界の裏側に潜む歯車の中心へ、龍は足を踏み入れた――。


 

■ 逆探知


非通知の着信。


龍は一瞬だけ躊躇し、

通話ボタンに指を伸ばした。

部屋の空気が、急に重くなる。


「……はい、もしもし……」


「こちら、公安サイバー攻撃対策センター。

現在、セキュリティ逆探知が作動しました。

あなたと通話しています。今、PCの前にいますね?」


「……は? え? なんで……?」


「PCのカメラで、顔と虹彩の確認が取れました。

国家機密コードにアクセスした形跡があります」


無機質な声。

その一言で、龍の背筋に冷たい汗が流れた。



(公安? なんで……いや、違う。俺が見てたのは……)



ヴィーナスゾーン関連の親株主情報。

そこは、ただの企業サイトじゃない。

日本国内でも特別に監視されている

“危険領域”だった。

「ちょ、ちょっと待ってください!いやいやいや!俺、犯罪者じゃないんですよ!」


龍は慌てて早口になり、

まるで子どもが怒られたように必死に弁解した。


「ただ……調べてただけなんです!

陰謀とか、そういうの……趣味でして……!」

受話器の向こうの声は、淡々としていた。


「落ち着いてください。現在、身元確認のため、そちらに伺います」

「えっ!? ちょっ……勘弁してくださいよ!

ホントに悪気とかないんです!やめてーー!」


ガチャ。

通話は一方的に切れた。

龍はしばらく呆然と立ち尽くした。

“休日”が、まさかこんな形で吹き飛ぶとは――。



部屋の空気が、じわじわと重くなる。

テレビの音は遠くなり

、PCの画面だけが静かに光っていた。

画面には、マルドゥクとレムリアンの株主構造が表示されている。

その図が、まるで“都市の裏側”そのものに見えた。


龍はゆっくりとソファに腰を下ろし、

指先で膝を叩いた。


(……俺、やっちまったのか?)


窓の外では、電線が風に揺れていた。

まるで都市の神経が、何かを感じ取っているようだった。

龍はPCのカメラに目を向ける。

そこに“誰かが見ている”気配が、確かにあった。


「……逆探知って、マジであるんだな……」


声は震えていた。

でも、どこかで冷静な自分がいた。



(俺は、ただ調べてただけだ。陰謀が好きで、

都市の構造に興味があって……

それだけだったはずなのに)



龍は拳を握りしめた。

「……でも、ここまで来たら、もう逃げられねえ」

その言葉は、誰に向けたものでもなかった。

ただ、都市の奥底に響くように、静かに落ちた。


スマホをテーブルに置き、

龍はPCの画面を見つめ続けた。

株主構造、財団の資金流れ、研究所の特許情報――

それらが、まるで“都市の設計図”のように見えてくる。



(……俺は、都市の裏側に触れてしまった。

もう、戻れない)



そのとき、窓の外で車のドアが閉まる音がした。

龍は反射的に立ち上がり、

カーテンの隙間から外を覗いた。

黒いスーツ。

無表情の男。

ゆっくりと、アパートの階段を上がってくる。


チャイムが鳴った。


龍は息を呑み、ドアの前で立ち尽くす。

心臓の音が、都市のノイズに混ざって響いていた。

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