俺の考えたデタラメな都市伝説を信じる美少女後輩に懐かれてしまった

鹿ノ倉いるか

第1話 七つの試練

 この町には『七つの試練』という伝説がある。

 七つある試練を全てクリアすると、何でも願い事が一つ叶えられるという漫画のようなものだ。


 もちろんガセネタの伝説で、実際は願いごとなんて叶うはずがない。

 なぜならその伝説は俺、椿本凛之介がでっち上げたものだからだ。


 小学生の頃、俺が考え、そして色んな人にまことしやかに話して噂を拡散していった。

 いま考えると実に馬鹿馬鹿しい話だが、あの頃の俺は本気でその伝説を広めようとしていた。


 人から聞いた噂ということにして、学校の友だちはもちろん、通っていたスイミングスクールの知り合いにも言い回った。

 小学生というのはそういう噂が好きな生き物なので、俺の思惑通り噂は瞬く間に広がった。 

 いや、思惑以上に拡散された。

 あまりに大きな噂になり、自分が広めた嘘だとバレたらみんなから嫌われるんじゃないかと不安になったくらいである。


 しかし発生源である俺にその噂をしに来る人も現れ、そんな心配はないと安堵した。

 更には俺が作っていない設定もあれこれと追加されていき、もはや『七つの試練』の伝説は俺の手を離れて巨大になりながら羽ばたいていった。


 だが『七つの試練』のブームは長く続かなかった。

 そりゃそうだ。小学生の考えた、設定がガバガバでいい加減な伝説なのだから。

 一時期は冗談半分で試練に挑戦している人もいたが、すぐにその姿を見かけなくなった。


 この妙泉神社も『七つの試練』の舞台の一つだった。

 神社にはその名の通り湧き水が出る泉があり、その泉の中央に岩がある。

 深い森にコンコンと湧き出る泉という、かなり神聖な雰囲気の漂う神社だ。

 もしこの神社が東京にあったら、きっと人気のパワースポットとして連日多くの人が訪れるだろう。

 しかし魅力度ランキング毎回最下位争いをしている茨城の、更に県北地区にあたるこの辺りにあったのでは人気の出ようもない。

 いつ来ても参拝者がほとんどいないうら寂しい場所だ。


 試練というのは、そんな残念なパワースポットの泉の中央にある岩の上に石を投げて、三つ連続で乗せるというものだった。

 いかにも小学生が考えそうな、罰当たりでチープな試練である。


 懐かしさも手伝って久々にやって来たところ、うちの高校の制服を着た女子が泉のほとりに立っていた。


「ん?」


 その女子は真剣な表情をして石を構え、泉の中央にある岩を見詰めていた。

 まさか今どき七つの試練に挑戦しているのか?

 しかも女子高校生が……?


「ていっ!」


 謎の女子は間抜けな掛け声と共に岩に向けて石を投げる。

 しかし石は見当違いな方向へと飛んで、ぽちゃんと泉に波紋を作っていた。


「あー、もう……うまくいかないな」


 その子は独り言にしてはやや大きめな声量でそう言うと、再び石を手にして泉に投げる。

 が、またしても岩に当たることすらなく泉の底へと沈んでいく。


 無視して立ち去ろうと思ったが、もし俺の伝説を信じて罰当たりなことをしてるなら止めなくてはならないだろう。


「そこで何してんだ?」


「うわっ!?」


 いきなり背後から声をかけたのは失敗だった。

 その子は叱られると思ったのか、バランスを崩してよろける。


「危ないっ!」


「ひゃううっ!」


 慌てて駆け寄ったが間に合わず、女の子は水しぶきを上げて泉に転落してしまった。



 ──

 ────



「いきなり声をかけて悪かったな」


 手を貸して池から引き上げてからその子に謝る。


「いえ。落ちた私が悪いだけですから気にしないでください」


 まだ暑い九月初旬だから風邪をひくことはないだろうが、ずぶ濡れで帰るわけにはいかないだろう。


「着替えはあるのか?」


「ありません。でもそのうち乾くと思うんで大丈夫です」


「いや、そこまで濡れてたら乾かないだろ。うちの家のアパート、近くだから服貸してやるよ」


「いいんですか? 助かります!」


 女の子は目をキラキラ輝かせて笑顔になる。

 なかなか可愛らしい顔立ちだが、髪型がおかしいので滑稽な印象が際立つ。

 おかしいと言っても丸坊主だとか、モヒカンだとか、そういう類のおかしさではない。


 左半分はミドルボブで、右半分がショートヘアというアシンメトリーな髪型なのだ。

 それぞれはごく普通の髪型だけど、左右で違うととても奇異に映る。

 むしろモヒカンの方がまだ普通に見えるだろう。


 そんな髪型にするには何が理由があるのだろう。

 しかし無関係な人の個性的な髪型にした理由なんて興味もないので、スルーしておく。

 そもそも左右非対称ヘア少女なんて、関わったところでろくなことがないだろうし。



 濡れたブラウスが肌に張り付いており、肌や下着が透けて見えてしまっている。

 気まずいのでなるべく彼女の方を見ずに歩いていた。


「あんなところで何をしていたんだ?」


「えっ? あ、あれですか」


 彼女はなぜか少し驚いた顔をしてこちらを見てくる。


「まさか『七つの試練の伝説』とやらを信じてチャレンジしてたんじゃないだろうな?」


「あ、ご存知なんですね、あの伝説」


「ご存知っていうか、まあ、聞いたことある程度だけど。あんなもん嘘だから真に受けるな。だいたい神社の泉に石を投げ入れるなんて罰当たりだろ」


「嘘じゃないです。実際に七つの試練をクリアして、大金持ちになった人もいるらしいですよ」


 ふざけているのか、真面目に言っているのかよく分からない口調だった。

 もし前者なら馴れ馴れしい感じだし、後者なら相当おかしな奴だ。

 どちらにせよ、あまり関わりたい人物ではない。


「もしかして先輩もチャレンジしたんですか?」


「先輩?」


「うちの高校の制服ですよね、それ。お見かけしたことない方だったので、先輩かなと。あ、申し遅れました。私は松ヶ原高校一年一組の寒河江雪緒と申します」


 そう名乗った彼女はペコッと頭を下げる。

 つられ俺も会釈した。

 変な奴だが、少なくとも礼儀は正しいようだ。


「俺は二年の椿本凛之介。ちなみに七つの試練なんて信じてないし、チャレンジもしてない」


「だったら一緒にしましょうよ。何でも一つだけ願いが叶うんですよ」


「しない。ていうか寒河江もやめておけ」


「私、どうしても叶えたい願いがあるんですよねー」


 寒河江は夢見心地の顔でニヤける。

 話しても無駄なタイプのようだ。

 諦めて黙って家へと向かった。


 家に到着し、俺は自分のTシャツとハーフパンツを寒河江に渡した。

 寒河江はジーッと俺の服を見ていた。

 彼女は小柄なので、身長一七八センチの俺の服では大きすぎると思ったのだろう。


「ちょっとブカブカだけどズボンはハーフパンツだし、大丈夫だと思うぞ」


「あ、いえ、サイズの心配ではなくて。すいませんが下着の替えはないでしょうか? パンツもブラもびちゃびちゃですので」


 すっかり失念していた。

 全身濡れているのだから、下着も当然濡れているに決まっている。

 とは言えもちろん俺は女性用下着など持っていない。


「お母様のとか貸していただけませんか? ブラのサイズはアンダー七〇のBカップです。一緒くらいですか?」


「母親のブラジャーのサイズなんか知るか!」


 どんな質問だよ。

 てか自分のブラのサイズって、そんな気軽に伝えていいものなのだろうか?


「だいたいでいいんですよ。私より大きいですか、小さいですか?」


 言われるままに寒河江の胸に視線を向け、慌てて顔を背ける。


「だいたいでも知らん。というかそんなもんなくても大丈夫だろ。素肌に着ろよ」


「そんなことしたら胸のとこがポチッてなっちゃいます」


「ブ、ブカブカだからそうはならんだろ」


「それはそれで、擦れて痛いんですよ」


 見知らぬ女子と何を話してるんだ、俺は。


「あー、もう。買ってくるからちょっと待ってろ! その間にシャワーでも浴びててくれ」


「私が言うのもあれですけど、見知らぬ女の子を家に一人で留守番させるって非常識じゃないですか?」


 ブラのサイズを見知らぬ男子に伝える奴に常識を問われたくない。

 俺は家を飛び出し、駐輪所に停めてあるチャリでコンビニへと疾走する。

 女性用ショーツとカップ付きキャミソールを購入するのは抵抗があったが、動揺してないふりを貫き会計を済ませ、急いで家に戻った。





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