第2話 犯人はお前だ!

「お父様。ヴァネッサです」


「入れ」


食後、化粧と髪のセットを行う。まあ自分でするのではないので、正確には侍女たちに行わせた。が正確ではあるが。そもそも自分じゃできないし。おっさんですから。


それらにかかった時間は1時間程。化粧自体はそれ程でもないのだが、とにかく髪のセットに時間がかかる。なにせ両サイドの立て巻きロールだからな。ヴァネッサの髪型は。そりゃ時間かかるわ。


で、それらが終わって向かったのが父親の元だ。朝の挨拶って奴だな。これはヴァネッサの日課になってる。


「失礼いたします」


ノックして許可が返って来たので、俺は侍女を外に待たせて父親の執務室へと入る。


中には人影が二つ。奥のデスクで書類に目を通している、オールバックに黒のスーツ姿の中年——父のグレート・デス・ロード侯爵と、その脇に立つ、執事服を身に着けた老紳士然とした人物――執事のパーガンだ。


「お父様。朝の御挨拶に伺いました」


「変わりないか?」


父親は此方を見ようともしない。ヴァネッサに興味がないのは一目瞭然である。


ま、こいつは家の事以外には興味がないからな。しかも娘は優秀とは言え、性格に難のある超問題児——断罪される悪役令嬢ですから――と来てる。なのでヴァネッサの事は、必要ならいつでも切り捨てられる駒ぐらいにしか思っていないのだ。ロード侯爵は。


実際、ゲームにおけるゲームオーバーの3割ぐらいは侯爵によるものだからな。変な奴に嫁がされたり。家を追放されたりと。まあ婚約破棄さえされなければ、その辺りは回避できる訳だが。


「はい。ご心配をおかけする様な事は御座いませんわ」


「そうか……ならいい」


「長居してもお父様のお仕事の邪魔になってしまいますので、失礼いたしますわ」


返事は帰ってこない。が、いつもの事だ。なので俺はさっさと執務室を後にする。


はぁ……息苦しい事この上なしだ。とにかく空気が重い。別にヴァネッサが問題児だから、そういう雰囲気な訳では無い。彼女が純真だった子供の頃から、侯爵はあんな感じだ。陰気臭い奴である。


「あら、ヴァネッサじゃない」


自室に戻る途中、派手なドレスを着た金髪の、扇を持ったケバめの中年女と遭遇エンカウントする。ヴァネッサの母親だ。正確には、義理の、ではあるが。


侯爵家の正妻だったヴァネッサの母親は、彼女が5歳の時に亡くなっている。で、その後釜として入って来たのがこの義母、ラブレスだ。


「おはようございます。お義母様」


因みに、ヴァネッサとラブレスの仲は最悪である。ヴァネッサの母親とくっそ仲が悪かった設定で、そのせいで子供の頃から彼女はコイツにいびり続けられてきた。


ヴァネッサからすれば、理不尽な理由で子供の頃からいびられ。しかも父親はそれに関して無関心と来ている。まあそりゃ性格歪むわな。


「挨拶は私にだけですか?次期当主である、ラミレスへの挨拶がありませんね」


「気づきませんでしたわ。おはよう、ラミレス」


ラミレスは10歳違いの弟だ。別ににっくきラブレスの子供だからと、無視した訳ではない。ラブレスの陰に隠れていたので、本気で気づかなかっただけだ。かなり華奢な体つきしてるし。


「お、おはようございます。姉上」


ラブレスが挨拶を返してくる。むかつくオバハンの子供だが、見た目は可愛らしい。あと、性格も悪くない。なのでたいていのパターンで、ラミレスは姉であるヴァネッサに力を貸してくれる。ま、味方キャラだ。


「私は用事がありますので、それでは失礼します」


「明日からまた魔術学園が再会するみたいですが……騒ぎは起こさない様に気を付けなさい」


ラブレスが嫌みったらしい口調で釘を刺してくる。現在、ヴァネッサは魔術学園に通っている訳だが、学園はとある事情で2週間程休校となっていた。その理由は……ヴァネッサだ。


彼女が学園内で悪魔召喚した結果、学園の敷地内に深刻な汚染が発生してしまったのである。その汚染除去のため、学園は2週間休校になったという訳である。


因みに、悪魔召喚自体は違法でも、別に邪悪な魔法という訳でもない。悪魔を使い魔にしている魔法使いも多い世界だしな。ただヴァネッサの場合は、呼び出す悪魔が悪かった。


悪魔の召喚には媒介物が必要で、その媒介物次第で呼び出される悪魔は決まって来る。本来は自分の魔力に見合った召喚を行うのだが、ヴァネッサは次期聖女候補であるアンリ・マユに対抗意識を燃やして無理な悪魔召喚を行い、休校を引き起こす残念な結果になった訳である。


因みに、アンリ・マユはトゥルーエンドルートで戦う事になる訳だが、そんなルートに行くつもりはないので、俺が彼女と戦う事はない。


「今回の一件で身の程を痛感させられましたので、今後同じような過ちを犯さない事をお約束します。お義母様」


「そうですか。身の程を弁えたのなら宜しい。くれぐれも、これ以上ロード侯爵家の名を辱める事の無いように気を付けなさい」


ラブレスが『身の程』の部分を強調する。


「ご心配なさらないで下さい。では――」


俺は一礼して自分お部屋へと戻る。


「やれやれ、面倒臭いオバハンだぜ」


あの手の嫌みったらしい女の相手は疲れて困る。因みに、ヴァネッサの食事に毒を盛ってるのもあの女である。ヴァネッサは生まれた時から高い魔力を持ち、神童と呼ばれて来た。それが気に入らないのだ。ラブレスは。


―—何故なら、弟のラミレスが陰に隠れがちになるから。


貴族は、魔法能力の高さを一種のステータスとしていた。魔物から下々を守るという立場であるため、より強力な力を持つことを求められるからだ。ノブレスオブリージュって奴だな。そしてその力こそ、魔法な訳である。


その点において、ヴァネッサは最上クラスの評価を――アンリ・マユには届かないが――受けている。それに対し弟のラミレスは……まあ、魔法使いとしては将来を期待されているレベルなのだが、それでも、桁違いの才能を持つヴァネッサには遠く及ばない。


そのため、直ぐ上のより優秀な姉と比較されて……てな訳だ。だからラブレスはヴァネッサに毒を盛り、弱体化させてるって訳である。

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