今日もハッピー

Kay.Valentine

第1話 ハッピーアワー

何年か前のことになる。


街の居酒屋チェーン店やファミレスで

ハッピーアワーなるものが流行っていた。


客の少ない午後三時ぐらいから

六時ぐらいまでビール代を半額にする

というものだ。


仕事が早く終わった帰り道、

ビール飲みたいなあ、

と思いつつ歩いていたら、


某居酒屋チェーンの店先に

三時から六時までは六百円のビール半額

と書いてある。


おもわずドアを開けて

「ビール一杯 !」と注文。

そして、

中ジョッキをかたむけ喉に流し込んだ。


ああ、この快感。

おもわず目をつぶり幸福感に浸った。


再び目を開けると、

ビールの横に頼みもしない小皿がある。


いかにも

「安物でございます」

と言わんばかりの漬物が

ほんの一握りついているだけ。


女の店員を呼び

「こんなの頼んでないよ」と、

ややむかついた表情でクレームをつけた。


すると店員曰く

「私どもは居酒屋でございますから、

お通しをお付けする決まりになっております」


まあ、そりゃそうだ。

居酒屋じゃあ仕方ないか。

どうせ六百円のものを三百円で

飲んでいるんだから、

とんとんだったと思えばいいわけだ。


と、妙に納得してビールを飲み干して、

さて会計。


店員が

「八百円になります」

とさらりと金額を提示したときに、

怒髪天を衝いた。


おもわず大声で

「あのお通しって…、あの小皿って…、

五百円もするの?」


~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ 


さて、ファミレスのなかにも

ハッピーアワーを実施している店があった。


居酒屋では懲りたが、

ファミレスならお通しはないから安全だな。


そう思って、或るチェーン店に入って

ビールを注文した。


メニューには、

中ジョッキ五百円と書いてある。

ということは……、しめしめ、やったね。


で、その店のハッピーアワーに

ちょくちょく行くようになった。


ところが、ただひとつ問題があった。


じつはこの時間帯、

ファミレスは暇な奥様方の社交場と化している。

四十歳から六十歳ぐらいの奥様方グループは

毎回ほとんど同じような人たちだった。


あるとき二つ奥のテーブルの女性たちが

こちらを見て噂話をしている。


エアコンの風の流れによっては

遠くの会話も聞こえることがある。


「また、二百五十円のビール飲んでるわよ」

「いやねぇ」


確かにそう聞こえた。

さすがにそのときは自分が恥ずかしくなった。


それからというもの、

ビールだけでなく、スパゲティやピザを

一緒に頼むようになった。


結局、会計はいつも千円以上。


以来、ハッピーアワーには行かなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る