ハズレスキル【ハッタリ】に囚われた少女は、その能力で最強のイケメンを手中に収める

ファイアス

ハズレスキル【ハッタリ】に囚われた少女は、その能力で最強のイケメンを手中に収める

「さあさあ皆さんお待たせしました。今宵も己の武を誇示せんと集った強者共の戦いに、最後まで目が離せない!闘技場ダンジョンのエクストラマッチが開幕だ!」


 闘技場ダンジョンにてMCの声が響き渡ると、客席から大勢の人々による歓声が沸き上がる。

 ここでは世界各地に出現したダンジョンの例に漏れず、どんな魔法や固有能力でも使うことが可能だ。

 誰でも自由に入ることができるダンジョンで、決闘の場、控室、客席だけがある。

 さらに魔物は存在しない。

 そして、最大の特徴はどんな致命傷を受けても、絶対に死なないことだった。


「まずは我らがチャンピオンに挑まんとする無謀な挑戦者を紹介しましょう!知名度ゼロ、初心者装備の彼女は何をしにここへ来た!ドM疑惑も浮上する謎の挑戦者!その名は胡蝶こちょう 胡桃くるみ!」


 MCに罵倒されながら名前を呼ばれた少女が姿を現す。

 胡桃と呼ばれたふわりとウェーブのかかった茶髪の少女は、小柄で幼い顔立ちをしており、どう見ても強そうには見えない。

 さらに彼女はMCの紹介通り、初心者向けの装備を身に着けており、その存在感はあまりにも場違いだった。


「あいつ誰だ?」

「さあ?」


 胡桃のことを知る者はほとんどいない。

 そんな中で一人胡桃に視線を向ける一人の男がいた。


「あいつはあの時の寄生女か……」

浩司こうじさんは知ってるんですか?」

「一時期、俺たちのパーティにいたんだよ」


 浩司と呼ばれた男は胡桃の所属していたパーティのリーダーだ。

 浩司と話している男は胡桃が在籍していた頃はおらず、当然彼女のことを知らない。


「どんな人だったんですか?」

「一言で言えば役立たずだ」

「それで追放したんですか?」

「ああ、入隊を希望してきたときはみんなすごい期待したんだけどな」


 浩司は胡桃から自己紹介をされたとき、とんでもない才能の持ち主が現れたと歓喜した。

 あらゆる武器を完璧に使いこなし、全ての属性魔法を無詠唱で発動することができる。

 さらに補助と回復の魔法さえも完璧に使いこなす──と思わされたのだった。

 胡桃は自らそんな誇張した自己紹介をしたわけではない。

 そんなオーラをまとっていたのだ。

 しかし、実際の実力はGランク、すなわち最低ランクの探索者にも劣る役立たずだった。


「何でそんな実力者と勘違いしたんですか?」


 浩司の仲間は、疑問を口にする。

 普通に考えたら、そんな勘違いをすることはありえない。

 むしろどうしたら、そんな勘違いをするのか不思議でならなかった。


「それがあいつの固有能力なんだよ」

「えっ?」


 胡桃の固有能力。

 それは【ハッタリ】だ。

 胡桃の【ハッタリ】は本物の実力者と勘違いさせる能力であり、彼女を知らない者はほぼ全員騙されてしまう。

 浩司とその仲間たちも、かつては胡桃の【ハッタリ】に騙されたのだ。

 しかし、本来の能力を知る者に【ハッタリ】は通じない。

 だから彼女は【ハッタリ】で格上パーティに入隊しては、実力不足が原因で幾度となく追放されてきた。


「とんでもないハズレスキルですね」

「ほんとな、可哀想なやつだよ」

「可哀想ですか?」


 浩司の仲間は首を傾げる。

 固有能力を会得できる人物はごく僅かだ。

 だから、会得した固有能力がハズレでも、普通の人間の域を出ないだけで可哀想とは言えない。

 彼はそんな認識だった。


「能力に振り回されて、自分のポジションを正しく認識できないのは可哀想だよ」


 しかし、浩司は胡桃が自分の能力に振り回されている姿を哀れんでいた。

 固有能力はたとえハズレスキルだろうと、その希少性ゆえに自分のアイデンティティとして執着し、人生を振り回される者が多い。

 胡桃もそんな一人だった。


 胡桃の人生は悲惨だった。

 ごく普通の家庭に生まれ、幼い頃は両親との仲も良かった。

 だが固有能力を会得すると、自分だけの才能だから大切にしたいという意識が芽生えた。

 他人を勘違いさせるだけのハズレスキルに執着する姿は、他者から見ればゴミを大事に抱える奇行でしかない。

 胡桃の両親もそんな認識であり、胡桃は固有能力を会得してから親子関係がみるみる悪化していった。


 やがて、胡桃は家を出て、ダンジョン探索で生活を営むようになった。

 ダンジョン探索を選んだ理由は、他にできる仕事がないという消極的な理由だ。

 そんな彼女がダンジョン探索を上手くこなせるわけがない。

 そうして選んだ手段が上位パーティへの寄生だ。


 胡桃を受け入れたパーティの多くは、彼女の実態に気づくとすぐさま態度が変えた。


「目の前で死なれると迷惑だから出て行ってくれ」

「役立たずの癖に分け前を求めるクズは出て行けよ」


 このような言葉を浴びせ、胡桃を追放した探索者たちは良心的な人々だ。

 タチの悪い探索者は若い彼女に性的暴行を加えて、奴隷のように扱った。

 そのパーティメンバーは街中で公然と胡桃に暴行を加えていたところ警察に捕まったが、彼らの元にいた頃が彼女にとって一番幸せな時間だった。

 固有能力に執着する胡桃の姿を見た彼らは「俺たちが上手く活かしてやる」と言いくるめ、彼女を依存させていたからだ。


 胡桃の固有能力【ハッタリ】に副作用はない。

 しかし、その能力が心にもたらした影響はもはや呪いでしかない。

 さらに彼女は固有能力に執着しなければ普通に生きられる条件が整っていたことから、同情する人物もあまりいない。


「お前は恵まれてるほうだよ」

「お前がバカなだけだ」


 そんな正論がより一層胡桃を孤立させていた。



 ****



「さあさあ、この無謀な挑戦者に勝利を望む者は現れるか?今なら倍率は3000倍だ!」


 MCの悪辣な言葉が会場を沸き上がらせた。

 闘技場賭博はダンジョン通貨が賭けられており、法律的にはグレーゾーンだ。

 ダンジョン通貨は日常生活では使えないが、ダンジョン探索に欠かせないもので、円やドルで取引される。

 つまり換金ができるのだ。


「いつまでも皆さんを待たせるわけにはいきません。彼にも登場していただきましょう!赤コーナーは皆さんご存じ、甘いマスクで乙女を魅了する最強イケメン美男子!千石せんごく 忠勝ただかつ!」

「うぉー!」


 再び沸き上がる歓声と共に、忠勝が姿を現す。

 長い銀髪をたなびかせ、中世的な顔立ちの彼は客席に向けてポーズを取る。


「君は何をしに来たんだい?」


 忠勝は胡桃に問いかける。


「勝ちに来ました!」


 胡桃は迷わず答える。


「本気かい?」

「本気です」


 忠勝は胡桃が何を考えているのか理解できなかった。

 なにせ彼女は無名の探索者で、装備も心もとない。

 最初は自分のファンが挑戦者を装って会いに来たのかと考えたが、胡桃はそういった人物から感じる独特の雰囲気がない。

 彼女は本物の挑戦者だ。


「ここでは命の保証がされてるけど、受ける痛みは本物だよ。だから僕と戦ったせいで、トラウマを抱えて日常生活に支障をきたす者だっている」

「……」

「今ならまだ間に合うよ」

「ふっふふふ」

「?」


 危険を顧みず上位パーティに寄生してきた胡桃に忠勝の優しさは響かない。

 それどころか彼の優しさに触れた胡桃は、戦意を膨らませていた。


「優しいですね」

「……」


 自分を心配してくれる人とは過去に何度も出会ってきたが、いずれも固有能力を持たない人々だった。

 だから善人ではあれど、自分への理解がなかった。

 だが、忠勝は自分と同じ固有能力の保持者だ。

 彼ならばきっと最高の理解者になってくれる。

 だから私はこの人を手に入れたい。

 そのためにこの戦いは負けられない。

 そんな想いが芽生えていた。


「あなたに勝てたら、私と付き合ってもらっていいですか?」

「……いいだろう」


 胡桃のアプローチに忠勝はやれやれといった表情で同意した。

 こういった手合いには下手に断るよりも、勝負で応えるほうが厄介払いできるからだ。

 それに彼女との実力差は目に見えていた。

 だからこそ、冷めたムードの観客たちを少しでも自分で盛り上げたかった。

 そのためなら、自分に利のない要望であろうと受け入れる姿勢を示しておきたい。

 それが忠勝の判断だった。


「おーっと、我らがチャンピオンになんと強気なアプローチだろうか!胡桃選手の秘めたる力に期待が高まります!」


 MCが二人の言葉を引き立て、会場を盛り上げていく。


「忠勝さん、本気モードのスイッチ入れてもらっていいですか?」


 胡桃の口にする本気とは、忠勝の持つ固有能力を発現させることだ。

 その固有能力こそが忠勝を圧倒的強者としてきた力の根源だ。


「君にトラウマを植え付けたくはないんだが……」

「そんなこと言わないでください。本気で好きになってしまいますから!」

「……」


 恍惚とした表情を浮かべる胡桃に忠勝は寒気を覚えた。

 彼女は思い込みが激しく暴走するタイプだ。

 思い込みを力に変える固有能力を持つ忠勝は、そうした人間に敏感だ。


「本気になってくれないと、私も実力を発揮できないんです」

「仕方ない」


 忠勝は胡桃の要望に従い、渋々その能力を発現させた。


「では私もいきます」


 胡桃も忠勝に続いて固有能力を発現させた。


「!」


 胡桃が固有能力を発現させると、その圧倒的な気配に忠勝は恐れおののく。

 彼女の実力は、能力を発現させた自分を遥かに上回る。

 本気でやるしかない。


「おおっと、最強チャンピオン忠勝が能力を発現させると共に、挑戦者にただならぬ警戒心を抱いた様子だ!もしや、この挑戦者の実力は本物なのだろうか?これは目が離せません!」


 忠勝は強大な魔獣を睨みつけるように胡桃へと視線を向ける。

 対する胡桃も忠勝をまっすぐに見つめ、戦いの構えを見せていた。


「では、試合開始!」


 戦いのゴングが鳴ると同時に二人はぶつかり合う。

 激しい攻防を繰り広げている──ように忠勝は感じていた。

 しかし、客席から見た二人の様子は違った。


「忠勝はどうしちまったんだ?」


 あんなのは忠勝じゃない。

 それが観客たちの共通認識だった。

 その動きはもはや駆け出しの探索者にも劣る動きで、客席を興ざめさせる動きだった。


「手加減してるのか?」

「手加減しても、いつもは一瞬で勝負を決めるだろうよ」

「そりゃそうか」


 忠勝が手を抜いているのだろうか?

 そんな疑問が噴出しては消えていく。


「もしかしてあの女、何かやばい能力を持ってるのか?」

「そんな能力があったら、もっと名の知れた探索者になってるだろ」

「それもそうか」


 胡桃に対する憶測も飛び交っていた。

 二人の試合を取り巻く状況は如何にして作られたのか?

 観客たちはもうそのことにしか興味がなくなっていた。


 客席から見える二人の試合は素人同士の戦いにしか見えないほどお粗末なものだった。

 そんな低次元の戦いを繰り広げた先に勝利したのは──


「勝者!胡蝶 胡桃ーっ!」


 忠勝が倒れると、会場全体は呆然となった。

 果たして何が起きたのか?

 その状況を正確に理解していたのは、胡桃ただ一人だった。



 ****



 それから数日後……

 胡桃は忠勝の元を訪れていた。


「君は……」


 彼はあの戦いの後、八百長疑惑をかけられて著しく支持と自信を失っていた。

 思い込みを現実にする固有能力【過剰なる思い込み】を持つ彼にとって、それは致命的な問題だった。

 ダンジョン探索にも支障をきたし、彼は引退さえ考えていた。


「私と付き合ってくれますよね?」


 あの戦いで交わした約束を彼女は覚えていた。


「ああ、そういう約束だったね」


 彼は胡桃と交わした約束を違えることはせず、彼女の申し出を素直に受け入れた。


「……」

「あのときのことが気になりますか?」

「ああ……」


 気にならないはずがない。

 最強と謳われた自分が無名の挑戦者に敗れた挙句に、八百長疑惑をかけられたのだ。

 彼女を恨むつもりはないが、どんなトリックを用いたのかを知る必要がある。


「あれは忠勝さんの【過剰なる思い込み】が、私の【ハッタリ】に影響された結果です」

「!」


 この時、忠勝は初めて胡桃の固有能力を知った。

 そして、その敗因も理解した。

【ハッタリ】の影響を受けた忠勝は、胡桃を格上の挑戦者だと勘違いしてしまった。

 その結果、【過剰なる思い込み】によって、あの場では胡桃以下の実力しか発揮できなくなってしまったのだ。


「それじゃ君自身の実力は……」

「私はずっと役立たずと言われて追放されてきました」

「そうか……」


 忠勝は胡桃の抱えてきた苦悩を聞かされると、彼はすぐさま彼女の想いを理解した。


「僕も【過剰なる思い込み】を会得した頃は、何でこんなに役立たない能力が与えられたんだろうって運命を嘆いたよ」

「忠勝さんがですか?」

「ああ、思い込みの力は自分ならこんなことができるって思わなければならないんだ。だから、何もできない自分という意識があるとこの能力は何の効果も発揮しない」


 忠勝が【過剰なる思い込み】を活かせるようになったのは、ダンジョン探索に向けたトレーニングを積み重ねた結果だ。

 足の速さに自信が付くと、本来の実力以上に早く走れるようになった。

 その体験を通して、さらに自信が付く。

 そんな循環を繰り返し、僅かについた自信を肥大化させて、彼は本物の実力者になったのだ。


「あの……」

「どうした?」

「私はどうすればいいと思いますか?」


 自分も忠勝のように、上手に能力を活用できるようになりたい。

 それが胡桃の願いだった。

 忠勝との戦いでその能力を活かせたのは間違いないが、【過剰なる思い込み】は忠勝だけの能力だ。

 同じ手段は通じる相手はいない。

 だから彼女はどうすれば自分の能力の活かせるかと、忠勝に教えを乞うていた。


「タンクをやってみるかい?」

「え?」


 忠勝の提案はダンジョンにおいて敵を引き付ける役割だった。

 胡桃の戦闘能力は間違いなく底辺だ。

 敵の注意を引き付けていたら、彼女はあっさりやられてしまう。

 だが、【ハッタリ】を含めた挑発ならば、普通の人が行う挑発よりもずっと魔物を引き付けられる。

 臆病な魔物が相手なら、怯えさせることも可能だ。


「固有能力と努力は乗算される関係なんだ。だから、基礎を積み上げれば【ハッタリ】を活かせる日が来る」

「でも……」


 けれど、胡桃は努力という言葉に拒否反応を示した。

 なぜなら彼女は【ハッタリ】への執着を指摘されたとき、毎回のように努力をせずに固有能力に逃げていると指摘されてきたからだ。


「大丈夫、僕がサポートするよ」

「忠勝さん……」


 忠勝は優しくサポートすると伝えると、胡桃は勢いよく彼の胸元へと飛び込んだ。

 そんな彼女に応えるように忠勝は胡桃の頭に手を添えた。

 胡桃が抱いているのは恋心ではなく、依存心だ。

 それは期待に応えられなければ、恨みとなって返ってくるだろう。

 けれども、自分を打ち負かした彼女の願いの一つは叶えてあげたい。

 そう心に誓った。


 それから胡桃は忠勝と共にダンジョンに潜る日々が始まった。

 決して順調な成長をしているとは言えない。

 それでも僅かな成長を感じ取って褒めてくれる彼の言葉が励みとなり、努力を怠らなかった。


 そんなある日、ダンジョン内でかつて胡桃に性的暴行を加えたパーティの男たちと遭遇する。

 この日は単独で行動しており、最悪なタイミングだった。


「おっ、胡桃じゃん」

「お久しぶりです」


 胡桃と彼らはかつて共依存の関係にあった。

 だから彼らを恨んだことはない。

 しかし、忠勝と共に過ごす日々に恵まれた彼女が再び彼らの元へ戻る理由はなかった。


「また俺らのところに来いよ。お前の【ハッタリ】を活かしてやるからさ」


 彼らは今でも胡桃を見る目は変わらない。

 弱くて、居場所のない依存体質で都合の良い女──それが彼らの瞳に映る胡桃の姿だった。


「間に合ってます」

「はぁ?」

「あなたたちよりずっと素敵な人に巡り合えましたから!」


 憤る彼らに向けて、胡桃は不敵に笑う。

 しかし、彼らは何一つ動じない。

 弱い胡桃を知っているからだ。


「せっかくまた誘ってやったのによぉ……」


 彼らは下卑た表情で胡桃に詰め寄ると、彼女は応戦の構えを示した。


「おっ、やるのか?」

「いいね、いいね、そうしてくれたほうが後が楽しみだ」


 彼らは三人で躊躇なく胡桃に襲い掛かる。

 だが……


「あらら~、みなさんってこんなに弱かったんですかぁ?」


 戦いを制したのは胡桃だった。


「う、うそだろ……」

「あんな役立たずだったあいつが……」

「うぐぅ……」


 勝因は胡桃の固有能力ではない。

 純粋な実力で勝利を収めたのだ。


「忠勝さん、また一歩前へと進めました!」


 横たわる彼らを見て、彼女は嬉々とダンジョンから帰還する。

 彼らのすぐ近くには狂暴な魔獣が息を潜めていたことすら知らずに……


「ただいま~」


 胡桃は忠勝の元へ戻ると子供のように甘えながら、ダンジョンでの出来事を嬉々と話す。

 その様子に彼も安心した表情を浮かべていた。

 もう【ハッタリ】が彼女を不幸たらしめることはない。


「私、今とても幸せです」


 それが彼女の今を示す言葉だった。

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