29 神の憐れみ

「君はこの力のこと、どこまで知っているんだい?」


 王太子にそう尋ねられたディアナは、首を左右に振った。


「何も。私には、蝶と花びらが見えるだけです」

「なるほど。じゃあ、少し説明しようか」


 王太子が言うには、この能力は「神の祝福」やら「妖精のいたずら」と呼ばれているものらしい。


「ほら、神の祝福を受けた者が活躍する有名な物語があるだろう? あれは、この現象を題材にしたものなんだ」

「ということは、昔からこの能力が使えた者が、この国に存在していたということですか?」

「そうそう。でも、民を混乱させたり悪用されたりしないように、王家によって隠されてきた。能力がある者は、すぐに王家が登用して丁重に迎え入れることになっているんだ」

「能力者の数は多いのですか?」


 王太子は首を振る。


「いいや。前に現れたのは六十年ほど前で、彼はすでに亡くなっている。今は私と君しかいないだろうね」

「どうして、私が……」


「詳しいことは分からないけど、神の祝福を受けられるのは、頭を強く打った善良な者だけらしいよ。そして、多くの人を救うのが役目だと言い伝えられている」

「私は、善良ではありません」


 その証拠に、母を守るためとはいえ、父を騙して当主の座を奪い取ろうとしている。王太子はフフッと笑った。


「もちろん、私も善良ではないよ。それに、私自身はこれを『神の祝福』だとは思っていないんだ。どちらかというと、『神の憐れみ』かな?」

「憐れみ?」


「なぜなら、この能力を得るまでの私は、臆病な愚か者だったからね。間違っている父を正すことができず、戦地に送られる弟を助けることもできない。そんな無能な私を神が憐れんで、この力を授けてくれたのだろうと思っている」


 臆病な愚か者という言葉は、ロバートの機嫌を窺ってばかりで、父に疎まれていることすら気がつかずに過ごしていたディアナにも当てはまっていた。そんなディアナを神が憐れんで、この能力を与えてくれたと思うと妙に納得できる。


「でも、王太子殿下とは違い、私は力を得た今でも、多くの人を救えてはおりません……」


 王太子の手がディアナの肩に添えられた。


「私も同じだよ。この能力があったのにもかかわらず、戦争を終結するまで七年もかかってしまった。私だって多くの人なんて救えていないからね。正直に言うと、私よりレオンのほうが遥かに優秀なんだ」


 王太子の言葉に卑屈さや謙遜は見えない。ただ真実を淡々と告げているようにディアナは感じた。


「その証拠に、レオンがすでに婚約者が決まっている君を選んだとき、『ここは兄である私が解決しなければ!』と張り切っていたんだけど、弟は自分の配下を使って情報収集し、さっさと解決策を導き出してきたからね。私がしたことはレオンが提出した書類にサインしただけだ」


 王太子が言うには、レオンハルトは、コールマン侯爵家とバデリー伯爵家にそれぞれ、より条件のいい事業提携者を紹介したらしい。そこに王家も少し関わることにより、信頼が増して乗り換えやすい環境を作った。


「我が弟は、つい最近まで戦場にいたのに、そんなことができてしまうほど優秀なんだ。本当なら、レオンが王位を継いだほうがいい。でも、レオンにその気がないから私が次期国王という面倒ごとを引き受けただけさ」


 王太子は「内緒だよ」と笑う。


「話を戻すけど、この能力を持つ者は、自分が思うままに行動した結果、ほんの少しだけ誰かを救えるんじゃないかと私は思っているんだ」

「自分が思うままに……」


「実際君は、そんなつもりはなかったと思うが弟の心を救ってくれている。君と出会ってからレオンは笑えるようになった。感謝しているよ」

「も、もったいないお言葉」


 あせるディアナを見て、王太子は微笑みながら空中を指差した。


「君の蝶は、私には見えていない。君も私の蝶が見えないんじゃないかな?」


 ディアナはコクリと頷く。


「なるほど、能力持ち同士では蝶は見えないのかもしれないね」


 そのとき、部屋の扉がノックされた。


「長く話し過ぎたね。もうパーティーが始まる時間のようだ」


 扉の隙間から、王太子妃とライオネルが顔を出す。


「さぁ、会場に向かおうか。これから我が愛する妻の誕生日を祝い、そして、可愛い弟の婚約者を正式に発表しないと」


 そう言い残して王太子は、王太子妃をにこやかにエスコートしながら去っていった。


 一方で、取り残されたディアナは、仮面をつけたライオネルと向き合っていた。彼の蝶は灰色になっていて『不安だ』と呟く。


(何が不安なのかしら?)


「兄さんは、男の俺から見ても魅力的だ」


 その一言でディアナはライオネルの不安の正体が分かってしまった。


(ライオネル殿下は、私が王太子殿下を好きになったらどうしようと不安なのね)


 可愛い嫉妬に思わず胸がときめいてしまう。


「私は、ライオネル殿下のお顔のほうが好きですよ」

「……作りは、ほぼ同じだが?」

「よく見ると、違うところがたくさんあるんです」


 クスッと笑いながら、ディアナは背の高いライオネルを見上げた。


「私も違いが分かるようになりました。仮面がなくてもライオネル殿下を見分けることができますよ」


 ライオネルの耳が真っ赤に染まっている。


「よければ、ディアナ嬢も俺のことを愛称で呼んでくれないだろうか?」

「はい。ではレオン様と」

「それはダメだ」

「どうしてですか?」

「兄さんと兄嫁もそう呼ぶからだ。俺は、その、兄嫁の強引さが少し苦手でな。悪い人ではないんだが」


 仲が良さそうに見えたので意外だった。


「そうだな……。今後はレオと呼んでほしい」

「それは、私限定ですか?」

「そうなるな。あなたは俺の特別だから」


 ライオネルの大きな手が、ディアナの頬に触れた。手袋越しでも、ゴツゴツとした感触が伝わってくる。


「ディアナ嬢。パーティーが終わった後、あなたに話したいことがある」


 ヒラヒラと赤い花びらが降ってきて、ライオネルの蝶が『愛している』と囁いた。


(嬉しい……。でも、私は殿下の愛を受け入れられるの?)


 受け入れたいとは思うが、それと同時に恐ろしくもある。今はそうでなくとも、いつかライオネルの愛が、ディアナの父のように消えてしまったり、元婚約者ロバートのように支配的なものに変わってしまったりするのではないかと不安だった。


 ライオネルは、「その前に、まずは俺達の婚約発表だな」と小さく微笑む。


 差し出された手に、ディアナは困惑しながらも自分の手を重ねてから、二人は歩き出した。

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