第29話 崩壊と飛翔(上)
――熱が、揺れていた。
死霊竜オーリアの消滅とともに瘴気は晴れ、
竜の間には静寂だけが残っていたはずなのに。
足元の大地が、わずかにうねる。
「……ねぇ、今、揺れたよね? 気のせいじゃないよね?」
ミナが耳を動かして振り返る。
「気のせいじゃないにゃ。地脈……変な動きしてる」
リーネが冷静な声で答える。
セレスは胸の前で手を組み、小さく息を呑んだ。
「瘴気が完全に消えたはずなのに……地面が沈んでいるような感じです」
俺は、自分の胸を押さえる。
そこにはまだ、微かな炎の脈動――
オーリアから受け取った竜の欠片が揺れていた。
(……竜の炎が、なんか共鳴してる?)
ラグナがゆっくりと巨体を持ち上げた。
紅い瞳が、天井の揺れを見上げている。
「……この迷宮は、もう主を失った。
死霊竜の魂が解放されれば、ここを支えていた理も弱まる」
ミナが不安げに尻尾を縮める。
「それって……やっぱり、崩れてくるってこと?」
「すぐには落ちぬ。しかし、時間はない」
ラグナの声音は、重く、確信に満ちていた。
その言葉を裏付けるように――
ピシ……ッ。
天井のどこかで、石がきしむ鋭い音が響いた。
たった一度の小さな音。
けれど、その裏に潜む迫る終わりは、誰の耳にも伝わっていた。
リーネがハッとして顔を上げる。
「……リディアたち……!」
ミナが振り返る。
「リーネ……?」
「グレイフェザーのみんなが、まだこのダンジョンにいるにゃ……!
瘴気が晴れたから動けるようになってるはずだけど……このままじゃ……!」
リーネの声が震える。
やっと和解できた仲間たち。
その彼らが、崩壊に巻き込まれるかもしれない。
セレスが優しく言った。
「リーネさん……大丈夫です。彼らは強い冒険者です。
きっと、自力で脱出できます」
「ああ、それに連中はダンジョンの入り口から程ない場所にいたからな。異常があったらすぐに逃げ出せるだろう」
「……うん。うん、そうだにゃ」
リーネは小さく頷いたが、不安は消えていなかった。
俺はリーネの肩に手を置く。
「行こう。ここに長くいるのは危険だ。
……それに、外で会えるさ」
「……ユージ」
リーネが俺を見上げる。
その瞳には、信じたい気持ちと不安が混ざっていた。
ミナが力強く頷いた。
「うん! とにかく出口へ! あたしたちが先に出て、外で待ってればいいんだよ!」
「そうです。私たちがここで動けなくなったら、彼らも心配します」
セレスの言葉に、リーネは小さく笑った。
「……ありがとにゃ、みんな」
ラグナが静かに頭を垂れた。
「うむ、皆に我が背を貸そう。来るが良い」
ラグナの言葉にミナが驚きの表情を浮かべる。
「古竜が背中を貸してくれるなんて!?」
セレスは俺の肩に手を添えた。
「ユージさん、まだ歩けますか……?」
「歩くくらいなら、なんとか……」
痛む身体を押し起こし、ラグナの広げた紅の翼へと近づく。
「癒やし手よ、仲間達よ。我の背へ。出口までは、我が飛ぼう」
「悪いな、ラグナ。いろいろ、頼りっぱなしで」
ラグナは短く言い切った。
「礼なら、外に出てからでよい。……ここでは急げ」
その瞬間――
ズズ……ッ。
足元の大地が、はっきりと沈んだ。
「わっ!? な、なに!?」
「地面……沈んでるにゃ……っ!」
セレスが震える声で告げる。
「この……揺れ、だんだん強くなってます……!」
(完全に沈下の前兆だ……!)
俺はラグナの背の鱗に手をかけ、よじ登った。
皆も素早く続き、ラグナが翼を大きく広げる。
「掴まれ! 落ちたら、命はないぞ!」
紅い翼が炎のように揺れ――
迷宮の空気が、熱と風で一気にかき乱される。
ラグナが地を蹴ると同時に――
洞窟全体が、低く軋んだ。
崩壊はまだ始まっていない。
でも、もう時間の猶予は短い。
迷宮全体が、沈み始めている。
(……急がないと、本当に閉じ込められるぞ……!)
紅い竜の背に乗り、俺たちは最深部を飛び立った。
〈第29話 続〉
【次回予告】
前方の天井が崩れ落ちる。
後方からは崩落の波が迫る。
「止まれぬ!!」
ラグナの翼が、紅の炎をまとう。
霊炎の翼で、天井を突き抜ける――!
「行くぞッ――!!」
──第29話 崩壊と飛翔(中)
おじさん、竜と共に限界突破。
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