オペレーション・キャンディ・ストーム
清原 紫
1. Code White ― 状況確認
For A.R
「ヘイ、ホーク! 邪魔するぜ」
モニターから顔を上げると、身長190cmの同僚。ジャック・デイヴィソン三等軍曹がコークを片手にニカッと笑った。袖をまくり上げた迷彩柄のユニフォームからは、いかにも整備士らしいがっしりとした腕が覗いている。
Hawkというのは、私がロジスティクスをあまりにも厳密に管理するのでつけられたあだ名だ。鷹の目という意味らしい。
「私の名前はタカハシ・ケントだ。何度言ったら——」
「タカハシ、ホーク。似てるだろ? それに、お前のその鷹の目みたいな在庫管理、完璧すぎて怖いんだよ。それに……」
彼はコークをぐびぐびと飲み干してから答えた。
「そっちの方がクールだろ?」
クール。この一言で、私の反論は粉砕される。彼らにとって、物事の正しさは時として「クールかどうか」で決まる。もっとも、ジャックの整備する装甲車両が、これまで一度たりともトラブルを起こしたことがないという事実を私は知っている。彼の仕事は常に完璧だった。おそらく、彼の中にはオンとオフを切り替える、私には理解できないスイッチが存在するのだろう。
「まあ、そんなことはどうでもいい」
ジャックは空になった缶を軽々と握りつぶしながら、話を本題に戻した。
「もっと重要な話がある。お前の生死に関わる問題だ」
また始まった。この男の「重要問題」は、大抵が週末のバーベキューでどのブランドのマスタードを使うべきか、といった類のものだ。私は内心で深いため息をつきながら、キーボードに置きっぱなしだった指をそっと膝の上に移した。
「なあホーク。この座間の子供たちが、一年に一度だけ悪魔になる夜を知ってるか?」
B級ホラーだろうか? どうせジャックは馬鹿馬鹿しいことを言うのだ。私はただ首を横に振った。ジャックは秘密話をするようにそっと私の耳元で囁いた。
「Halloween」
なんだそんなことか、と思ったらジャックがまくしたてる。
「お前、この街に越してきたばかりだから知らないだろうが、座間のハロウィンは、年に一度の一大作戦なんだぜ?」
「ジャック、それは少し大げさじゃないか? 規模を考えて……」
「数字じゃない!」ジャックは私の言葉を遮った。
「これは地域住民との関係維持にも関わる重要作戦だ。舐めてかかると、俺たちの評判(レピュテーション)が地に落ちる。去年、角のミラーさん家が油断してお菓子を切らした。翌朝、彼が丹精込めて育てていた薔薇の庭が、トイレットペーパーのアートで埋め尽くされていたそうだ。大虐殺だよ」
彼の口調は、まるで敵の奇襲によって一個小隊が壊滅したかのように真剣だった。
「お前はルーキーだ。この地域での最初の任務、失敗は許されない。いいか、この『オペレーション・キャンディ・ストーム』は、大きく3つのフェーズで構成される」
ジャックは、まるで作戦司令官のように親指をきれいに折りたたみ、人差し指、中指、薬指の三本をぴんと伸ばして立てた。
「フェーズ1:兵站確保。フェーズ2:拠点防衛。そして、フェーズ3:迎撃だ。今夜、就業時間後、俺が同行してお前のフェーズ1を監督してやる。最高の武器の選び方を、この俺が直々に教えてやるよ」
もはや、私の思考は完全に停止していた。ただ頷くことしかできない私を見て、ジャックは満足げに笑い、強く肩を叩いてオフィスから出ていった。
残された私は、モニターに映る完璧なはずの数字の羅列を眺めながら、これから始まるという不条理な「作戦」に、早くも敗北の予感を覚えていた。
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