あなたを打ち抜く ニャンコピストル

tabe

あなたを撃ち抜くまでの記録

「ニャッピー ニャオッピ ニャッピ―♪ わたしは ニャピ―♪ あなたも ニャピ―♪ あなたを打ち抜く、ニャンコピストル♪ 」


 幼稚園のお遊戯会。皆で歌うことになった歌だった。歌うのが大嫌いだった俺は、その時初めて同調圧力と、この世の理不尽というものを知った。下手なのを知ってて歌わせたくせにろくにフォローもしてこない大人の不条理も学んだ。俺は今でもその雪辱を晴らすために生きている。だが、この歌自体は好きだった。不思議と頭から離れない歌だった。あなたを打ち抜く、ニャンコピストル――――


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 俺の名前は間瀬田ヒロシ。今日、30才の誕生日を迎える。何の変哲もない人生を送ってきた俺は、親の望むような人生…とまでは行かないが、まあまあ可もなく不可もなく。そこそこの大学も生き、平均点くらいの人生は歩めている。…はずだ。

 

 しかしは、アラサーの悲しき性か、最近の日々は完全にルーティーン化している。朝眠い目を擦りながら目覚め、仕事に行き、帰ってきたらスマホから流れるコンテンツを只々受動的に消費をし、気がついたら夜が更けてそのまま眠りにつく。特に友人もいない俺は、休みの日にも予定を立てて何かをするということもない。誰か、何でもいい。この俺の人生を変えるようなイベントを起こしてくれ。もう俺は3年くらいこの調子である。本当に退屈で仕方が無いが、その退屈を自力で変えるようなやる気もない。俺がただ傍観者でいられるような都合が良くて面白いイベントはないのか… そう思いながら街に繰り出す。


 今日は誕生日なだけあってちゃんと予定があるぞ。マイナンバーカードを作る予定がな。え?結局そんな義務みたいな予定しかないのかって?うるさいな。こちとら家を愛する元自宅警備員だったんだよ。などと内省していると、見知らぬ女が道端で話しかけてきた。


「ヤッホー♪やっと会えたニャン。ヒロロンは元気だったかニャン?」


 ん?なんだこの女は。俺の休日を邪魔する気か!?いや、別に邪魔されるような休日でもないのだけど。と言うか、今ニャンって言った?ヤバイ奴だ。この手合いは相手にしないに限る。そう思って、無言で通り過ぎようとする。その瞬間、女は俺の右腕を掴んだ。


「ひどいニャン…無視するなんて。あちしとヒロロンはあんなに愛しあっていたニャに…。」


 なんだ?何を言っている?こんな女見たことがないぞ?と言うか、やっぱりニャンと言ったか?見た目は若いとは言えさすがに成人はしていそうな女だが。いい年して、可哀想に。怒ってやる大人が居なかったのだろう。髪色も周りに合わせる気のなさそうな明るい紫色をしている。というか、なぜ俺の名前を知っている?


「なんだお前は?知り合いみたいな口をきいてくるが、初対面だろ?」


「あ〜。その調子だとやっぱり完全に覚えてないみたいニャね。分かっていても辛いニャン…ヒロロンは、あちしの実験に巻き込まれてここにいるニャンよ。探すの大変だったニャ。」


 実験だと?本当にさっきから何を言っているんだ?俺が参加したことあるのなんか、無職の時の治験バイトくらいだぞ?何もしなくても大金がもらえると聞いて。。。でも意外とベッドで静かにしないといけないし、注射もたくさんあって大変だった。って、なぜこんなに真面目に聞いているんだ。最近の若いのの言う事は、よくわからん。別に俺もそこまで老けてないけど。


「悪いけど、よくわからんそのなりきりみたいなのに付き合ってる暇はないぞ。そう言うのは、他の奴にやってくれ。」


「なんだニャ。その態度は。いちいち傷つくニャン。でも、ヒロロンには来てもらわないといけない理由があるんだニャン。まぁ…こうなったら仕方が無いニャンね。思い出したら、ちゃんと許してほしいニャン。」


 刹那。女が持っていたカバンから、バチバチと轟音を立てながら青白い警棒のようなものが取り出され、まるで居合斬りのように俺に目掛けて振り出される。


「食らえ。『亜空あくうネコパンチ』!!」


「え!?おい、ちょっと待―――――――」


 ネコパンチとは名ばかりのしっかりと質量のある鈍器で力いっぱい殴りつけられる。ゴスン。という音とともに、俺の意識はあっという間に遮断された。不思議と痛くはなかった。だが、生まれて初めての気絶だった。


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 『ここは地球によく似た惑星、歌の星「Saga Nyaiteサガ ニャイト」。通称、"サガ"。みんな笑っていた。星の歌をうたって。あちしはその笑い声の真ん中で、ただ空を見上げてた――。ここは地球と何万光年も遠く離れ、決して交わることもなく、お互いを知ることもないはずの場所だった。


 しかし、XXX年前に起きた「超超星ちょうちょうせいアイソレーション」という宇宙規模の大きな爆発によって、その惑星は超エネルギー拡散に巻き込まれ散り散りの危機に陥った。幸いにもサガは高次生命体"NYAINOニャイノ"の住処。彼女たちは爆発の寸前で、科学の粋を集め宇宙船を生み出すことに成功する。『みんな!これで逃げるニャンよ!』。その名も、放射系無限分裂型宇宙船「Ponyankohポニャンコフ」。超エネルギー拡散を逆手に取り、宇宙船自体が小さく分裂を繰り返すことで危機から逃れることに成功する。その代償として、故郷の仲間たちは皆広大な宇宙へと散り散りになっていった。


「みんな、元気でいるニャンよ。絶対、絶対に、迎えに行くからニャ。」


NYAINOニャイノイチのおてんば娘は、あてもなく彷徨う宇宙船の中で、密かに決意を固めていた。』



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 目が覚めると、硬いベッドの上だった。まるで手術台のような…と言うか、その通り手術台の上だった。あれだけ荒っぽかったのに、特に縛られたりはしていない。


「おはよう。ヒロロン。目が覚めたみたいニャね。まだ痺れたりはしてないかニャ?」


 上体を起こすと、さっきの女が話しかけてきた。いきなり暴力を振るわれたようなものなのに、不思議と抵抗したりする気になっていない。この女に敵意みたいなものも抱いていない。寧ろこれは安心…?なんなのだ、この感覚は。頭痛がする。何か記憶にモヤがかかっているような。しかし、相手の正体と出方がわからない以上、こちらも強気を見せていくしかない。


「なあ、お前は一体何なんだ。いきなりあんな事をして、こんな所に連れてきて。今すぐ警察を呼ぶぞ。」


「呼ぶって、どうやって呼ぶニャよ。今あなたは何持っていないし、そもそもここには電波なんて存在しないニャン。」


 確かに。いつの間にか俺は何の変哲もないTシャツと短パンに着替えさせられていた。電波が存在しないだと?『通じていない』ではなくて?何かを思い出しそうな感覚がある。


「電波が存在しないって?なんだ?まるで宇宙にでも連れてきたみたいな言いぐさだな。」


「お。記憶もないのによくわかったニャンね。さすがニャ。その通り、ここは宇宙船「Ponyankohポニャンコフ」の中。ようやく思い出してきたかニャ?あちしの愛しい愛しい、ヒロロン。」


 宇宙?冗談で言ったんだが。確かに、言われてみればやたらと部屋に曲線が多い。丸い窓、丸い机。丸い家具に丸い照明に丸い部屋のドア。しかも全て滑らかな金属で出来ている。小さいころに絵本で見たUFOの中は、確かこんな感じだっただろうか。いや、本当に以前見たことがあるような…?おいおい、俺は何を言っている。


「おい、お前は本当に頭がおかしいのか?何が目当てだ。金か?金なら無いぞ。全部ネトゲの課金でスっちまっているからな。独身一人暮らしアラサーのやることの無さをナメるなよ。金を使うか引きこもってゲームするかしかないんだよ。俺はそのハイブリット。現代の勇者様だ。」


 おや?ついつい軽口まで叩いてしまった。この女に緊張感が無さ過ぎるからか?なんだかコイツと話していると調子が狂う。しかし、不思議と心地よい。


「ヒロロンは相変わらずニャンね。もっと自信を持っていいニャに。ヒロロンはそういう卑屈なところもあるけど、いざというときは優しくて、勇気もあって、あちしを助けてくれる優しさも持っているニャン。」


「そこまで強情なら、こっちにだって考えがあるニャン。ヒロロンが好きだった『V NYA Rブイニャール』を見せてあげるニャン。あちしのいない間に、Ponyankohポニャンコフに忍び込んで勝手に使っていたの、黙っていたんだかニャね。」


 紫髪ネコ娘が、おもむろにスイッチを押す。突如部屋いっぱいに宇宙空間が広がった。よく見ると少しノイズが走っている。これは、映し出された幻影なのか?あまりにも精巧だ。中央には宇宙船が映っており、その窓の中には、俺たちが映っていた。


「これは…驚いたな。」


「そうニャろ?すごいニャろ。あちしはすごいんだニャン。これはいま実際に、あちし達を映し出しているニャンよ。V NYA Rブイニャールは、近くの指定した条件の生き物や風景を映し出してくれる機械だニャ。」


 どうやら俺は、マジで宇宙まで来てしまったらしい。宇宙どころか海外旅行にも行ったことがなかったのに。


「さ、まどろっこしいのは嫌いニャン。自分の立場が分かったら、さっさと記憶を取り戻すニャン。こうなること予想して、対策を用意していたニャン。これは、『パルス式直脳刺激ループ型電極 V3』。略して『パループ』ニャン。これを頭につけて電源を押すだけで、死ぬほどの電流が流れた後に、体が再生するニャンよ。」


 なんだその物騒な名前とそれに全く似つかわしくないかわいらしい略称は。というか、今なんて言った?お前の口からまだサプライズしか飛び出していなんだが。死ぬほどの電流?おい俺はまだ死にたく―――


「じゃ、行ってらっしゃいニャン」


 紫髪ネコ娘は、その華奢な体からは想像できないくらいの怪力で、ヒロシの頭に電極を差し込んだ。ビリビリと体に電流が流れていくのを感じながら、また再び俺の意識は遠のいていった。


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 3年前、俺は無職だった。実家で親の脛をかじって生きていた。大学を出て都会で就職をしてみたものの、周りの人間と合わずに燃え尽きた。ま、特段珍しい話でもないだろう。27歳でこのド田舎の実家にUターン。特に何をするでもないが、毎日部屋にこもってゲームをするか、暑い夏はあてもなく散歩をしたりしていた。折角田舎だし。都会と違って昼間からうろついても俺に防犯ブザーを鳴らす小学生はいない。自然もよく茂っていて、意外と悪くない。


 あるとき、散歩中に山の中で光る物体を見つけた。山の斜面に突き刺さっていて、よく目立ってよく光るから人工物だという事はよくわかった。こんな田舎では絶対に見ることの無い、明るい紫の楕円形の物体。いや、あんなものは都会でも見たこと無いぞ。というか、なんだか煙が出ていないか?いかに俺が引きこもりで外界に興味が無いからと言って、故郷の山が火事になるのはさすがにいただけない。とにかく様子を見に行こうと、俺は急いでその物体のほうへ向かった。


 近づけば近づくほど、その物体の異様さは目についた。完全な曲線。継ぎ目のない金属。ある種の美しささえ感じる。幸いにも煙は火が起こったりしているわけではなく、その物体から出てきていた。おいおい、これが飛行機だったら爆発でもするんじゃないか?明らかに俺一人の手に負えない。こういう時はすぐに行政に頼るんだ。そのために税金を払っていたんだからな。今は払ってないけど。


 そう思い立ち、電話をかけるためにスマホを操作していると、その物体の側面が縦の楕円を描くように光り、まるで自動ドアのようにその部分が開いた。


『イテテ…。サガに近い住環境として観測した座標は合っていたはずニャけど…。地表の様子までは上から見えなかったニャン。まあでも、生きてたどり着けただけマシニャ。やっぱりあちしは天才ニャンね。』


 その自動ドアの部分から、明るい紫髪の猫耳女が出てきた。何かしゃべっているように聞こえるが、言葉がわからない。しかし、こんな煙の出ている物体の近くにいるのは危ないだろう。爆発したらどうするんだ。


「おい、大丈夫か!」


『なんだニャ?この星の原生生物かニャ?』


「何を言っているかわからないが、早くそこから離れろ!!爆発するぞ!!」


そう叫んだ俺は、謎の物体に近づき、彼女の手を引こうとする。


『なんだニャ!?この惑星の生物は狂暴ニャ。出会い頭にいきなり襲ってくるなんて。でも不思議ニャね。何か言語を喋っているように聞こえたニャ。なんだか姿もあちし達に似ているし。こういう時は…』


 懐から、彼女は首掛けスピーカーのようなものを取り出し、首から下げた。サガ自慢の万能翻訳機。


『あー、「あー、落ち着くニャン。君は意思の疎通が可能かニャ?危害を加える意図があるなら、こちらにも容赦する気は無いんニャけど…せっかくなら、お話してくれないかニャ?宇宙船生活が長くて、退屈だったニャン。」


「あちしの名前は、マリー。よかったら、友達になって欲しいニャン。」


―――これが俺たちの出会いだった。


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 パループの副作用による超速再生によって、成長痛の200倍の痛みが全身に駆け巡る。


「痛ッ!!!ああ、痛い!!!!!!」


あまりの激痛に、俺はベッドの上でのたうちまわる。


「ちょっと荒療治過ぎたかニャン?」


「荒療治どころじゃないぞ!!!なんの拷問だこれは!!!」


「まあまあ、落ち着くニャン。記憶は取り戻せたかニャ?」


 記憶?そういえば、俺の記憶とやらを取り戻させるためにこの女はこんなことをしているんだったな。しかし、さっきの電撃を食らってから妙に頭がさえている。徐々にモヤが晴れていくような…。こいつの名前にはなぜか心当たりがある。


何か声を出そうとした。そして、まるで何度も呼びなれた名前かのように、俺の口が勝手に言葉を紡いだ。


「マリー?」


欠けていたピースがはまったような感覚。温かい脈動が、じんわりと俺の中で広がった。


「!!思い出したニャンか!?」


そうだ、思い出した。こいつの名前はマリー。しかし、まだ記憶がすべて戻ったわけではないらしい。断片的な映像が、おぼろげながら頭に浮かんできている。


「思い出したというか…まだ頭がぼやけていて、ハッキリとわかるわけではないが…」


「そうニャンね。でも、また名前を呼んでくれただけでも良かったニャン。本当は、上手く行かなかったらどうしようって、すごく怖かったニャンよ。ヒロロン。」


気づくと彼女の目は真っ赤になっていた。涙があふれている。


「ぐすっ。ぐすっ。もう会えなかったらどうしようって、毎日、毎日泣いていたニャン。もうどこにも行かせないニャン。女を泣かせる男はバカだって。ヒロロンが教えてくれたニャンよ。ヒロロンのバカ。どうしてあんなことしちゃうニャン。ずるいニャン。ヒロロンはいつも、あちしの事ばっかり優先して。だから、いなくなってから一生懸命探したニャンよ。ヒロロンの事。」


 …。どうやら泣かせてしまったらしい。というか、この子、俺に泣いてくれているのか?まだ記憶がハッキリとしない。俺のために泣いてくれる女の子がいるなんて。ここは本当に現実か?いや、もうすでにSFの世界に片足どころか下半身まで浸かっているのだが。しかし、こんなに泣いている女の子を放っておくほど俺も男は捨てていない。


「おいおい、泣くなよ。」


「まだ全部思い出せているわけじゃないが、すごく心配かけたみたいだな。悪かった。ほら、この通り俺は元気で、君の前にいるよ。大丈夫。だから、ちょっと落ち着いてくれよ。」


「うわああああん。ヒロロン。ヒロロン。もういなくならないで欲しいニャ。バカ。バカ。ヒロロンの、バカ。」


抱きつかれてしまった。もう離さないという優しさを感じる力加減で。彼女は俺の胸の中で泣き続けている。


「俺は…バカだったみたいだな。」


いろいろなことが一度に起こりすぎて、ちょっと頭が追い付けていない。一度冷静に思い出していく必要があるな。果たして、なぜこんなことになったのやら。


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 また時は実家の裏山まで遡る。あの事件があってから、マリーはほかにアテもないし、あまり目立つと余計な関心を集めるという俺のアドバイスから、そのまま実家の裏山にあるPonyankohポニャンコフの中で生活を始めていた。『友達になろう』と言いつつやっぱり最初は少し警戒していたが、俺もちょっと心配だったので、時間をかけて彼女の元へ行き、徐々に彼女と打ち解けていった。


 その過程で、俺とマリーは色んな話をした。家族の事、かつての故郷の事、お互いの文化の事。マリーは長い宇宙生活で。俺は長い無職生活で。人付き合いに飢えていたのもあったかもしれない。話は思いのほか弾んだ。


 そして、宇宙人と言いつつ、マリーは人間とほぼ変わらないようだった。高次生命体というだけあって、少し人間よりは頭がいいみたいだが。


――――


「しっかし、あちしたちと人間って、本当によく似ているニャンね。本当に違う星で過ごしていたニャンか?これは何かの宇宙ドッキリだったりしないかニャン。」


「おいおい、なんだよ宇宙ドッキリって。というか、ドッキリという概念までサガにはあったのかよ。」


「あったニャンね。NYAINOニャイノはイタズラ好きの種族だニャン。あちしもよくパパと一緒にママにイタズラを仕掛けていたニャン。一番面白かったのは、ママが家を掃除しようとしていた時に、あしちとパパで家を先にピカピカにしておいたんだニャン。そうして、ママがそれに気づきそうなところで、『今日はママのお休みデー』ってメモを残しておいたんだニャン。ママはびっくりして、あちしたちに抱き着いて喜んでいたニャンよ。」


「はは、それは面白い。マリーの家族は仲が良いんだな。」


「そうニャろ~。いたって普通の仲良し家族だったニャよ。といっても、地球と"普通"の感覚は違うかもしれニャいけど。小さいころから笑顔が絶えなくて、あしちはパパもママも大好きだったニャ。」


「そうだったのか。それは地球人から見ても普通の素敵な家族だよ。」


「そうなんだニャ?ならよかったニャン。やっぱりそういうところもあちし達はそっくりニャンね。」


「そうだな。」


「なぁ、マリーの家族について、もっと教えてくれないか?気になるんだ。マリーがどんな日々を、どんな風に想って過ごしていたのかを。」


 別に俺はいちいち他人の家族模様を気にするような人間でも無いんだが、この時はなんとなく気になってしまった。マリーはどんなことが好きで、どんなことを考え、どう育ってきたのか。思い返せば、この時から俺はマリーに惹かれつつあったのかもしれない。


「ヒロロンはあちしに興味深々ニャね~。でも、嬉しいニャンよ、そういうの。」


「一番好きだったのは、スターライトのお祭りニャン。たまにね、サガの夜空の星たちが、小さなエネルギー拡散をしてキラキラ光る日があったニャ。そういう時は近くに住んでいるいろんな家族で集まって、皆で準備をして。おいしいものを食べながらそれを見守るお祭りがあったニャン。あちしたちの家族はそういう時に張り切りすぎちゃって、お弁当の中身だのなんだのでいっつも喧嘩をしていたんだニャン。でも、結局最後には仲直りして。皆でお祭りをいっぱい楽しむんだニャン。」


「素敵だな。マリーの様子を見てると、それがすごく想像できるよ。ちょっと羨ましいって思う。」


「羨ましい、って思うニャね?ヒロロンの家族はどんな風だったニャン?」


「ウチは父さんが仕事ばっかりでさ。殆ど家に帰ってきた事なんかなかったんだ。だからほぼ母さんとの2人暮らしだった。母さんもちょっとパートをしていて忙しそうだったし。そうやって、皆で出かけたこともほとんど無かったんだ。」


「そうニャったか…それは寂しいニャ。」


「ああでも、一度だけ皆で出かけた事があったな。皆で海に行ったんだ。なんとなく覚えてる。夏だったから日差しも気持ちよくて、泳いだり、テントを張ってその中で涼んだりもした。どうやら海は父さんと母さんの思い出の場所でもあったらしくて。二人が同じものをみて楽しく話してるのなんか、なかなか見られなかったから新鮮だった。なんだかんだこの二人は夫婦なんだって。ちょっとそれが嬉しかったなぁ。」


「なんだニャ。ヒロロンにもきちんと家族の思い出があるニャン。そういうのは、たくさんあればいいってものでも無いニャンよ。ヒロロンがそうやって楽しかった記憶として覚えていられるだけで十分なんだニャ。」


「そうか?まあ、そういうもんかもな。そう言ってくれるなんて、マリーは優しいな。ありがとう。」


「当然の事を言ったまでニャンよ。それより、あちしも地球の生活の事が沢山知りたいニャン。そういうの、もっとたくさん教えて欲しいニャ。」


「お、そうなのか?じゃあいい機会だ。地球には、映画という人々の生活の節々を切り取った素敵な映像たちがあるんだ。マリーの船にあったV NYA Rブイニャールほどすごい映像が見られるわけじゃないが、今度一緒に見てみないか?」


「気になるニャン!見てみたいニャン。絶対見せるニャンよ。約束ニャン。」


 いつぶりだっただろうか。こうして自分の気持ちを他者に理解してもらうのは。とても心地よくて、もっと色んなことをマリーと共有したい。次第に俺はそう思うようになっていた。


――――


 とある日。早速約束を果たすために、俺たちはPonyankohポニャンコフに集まり、これから見る映画をどれにするか話し合っていた。さすがに3年前でもサブスクで映画は見放題だったから、俺の家からノートパソコンを持ってきた。


「お~い、今日も来たぞ。」


Ponyankohポニャンコフのドアは空いていた。マリーは中で、何かを操作しているようだった。時折彼女はこうしてここで何か作業をしている。この前聞いたときは『家族探しの一環というやつだニャ。』と言っていた。あまり詳細について聞けなかった。


「お、よく来たニャン。今日は映画の日ニャンね~。楽しみにしていたニャン。さ、入って入って。」


 マリーの生活空間に招かれる。と言っても宇宙船の中なので、家具はほとんど曲線の多い金属でできている。色は白金色で美しいが特に飾られておらず、あまりマリーの個性っぽいところは拝めなかった。サガのマリーの家は、どんな感じだったんだろう。そもそも別の惑星だし、何一つ想像がつかない。


 机の上に持ってきたノートパソコンを開き、椅子を並べてその前に座った。


「これがサブスクというやつだ。この中のものだったら、なんでも見られるんだぞ。」


マリーはその画面に興味津々だった。食いついていただけてるようで何よりだ。


「地球には本当にいろいろな映像があるニャンね~。サガにはこのV NYA Rブイニャールがあったから、いろんな星の景色を見たりとか、いろんな生き物の生態なんかが見れたりして、退屈しなかったニャン。だから、自分たちの想像だけで映像を作ろう!っていう発想はなかなか持てなかったニャン。面白い生き物ニャンね。人間は。」


「ふふふ、そうだろうそうだろう。映画っていうのはな、人間が発明した娯楽の中で最も偉大なものの一つなんだよ。ある人はかなわぬ恋を描き、ある人は世界を救うヒーローになり。ありとあらゆる人類の夢が詰め込まれているんだ。」


「『夢』?夢ってなんだニャン?」


「そうか、サガには『夢』ってなかったのか。そうだな、端的に言えば、『叶わぬかもしれないが、叶って欲しい願いに対して持つ希望』の事かな?」


「そんな言葉があるんニャね。祈りとか願い、みたいな言葉はあったけど、『夢』よりは地に足がついた言葉だと思うニャン。」


「もしマリーが『夢』を持つとしたら、どんな事になるのだろう。」


「そうニャンねぇ…。やっぱりまずは、散り散りになったサガの皆を見つけたいニャン。見つけた後はどうするかわからニャいけど…。でも、とにかく早く会って、無事を確かめたいニャン」


 ああ、そうだった。すっかり日常を共にしていたからボヤけてしまうが、マリーはほぼ遭難のような形で地球にやってきたのだった。そりゃあ早く見つけたいよな。俺も早くマリーに幸せになって欲しい。なんとなくそう思った。


「そうか。そうだよな。あ、じゃあ、映画じゃなくてもう少しそういうのに役に立ちそうな情報を探すのはどうだ?コレはパソコンと言って、いろいろ調べたりもできるんだよ」


「ありがとうニャ。でも、今日は映画を見たい日ニャン。折角ヒロロンがいろいろ用意してくれたんだし、もう少しお世話になりそうな地球の事を知るのも、大切な事だと思うニャン。」


 おや?いい提案だと思ったが、意外と乗り気じゃなかったようだ。マリーは家族探しに立ち入らせてくれないフシがある。ふと思ったが、彼女は一人の時どうしているんだろうか。冷静に考えて凄くつらい状況にいるよな。せめて、気を紛らわせてあげなければ。


「まあ、そんな一朝一夕でどうにかできるような話でもなかったか。じゃあ今日は予定通り、映画を見よう。お?これなんてどうだ?『女を泣かせる奴はバカ』。なかなか面白そうな映画だぞ。多分恋愛映画だな。」


「恋愛かニャ。あしちは恋バナとかも大好きニャンよ。じゃあ、これにしようニャン。」


その日はそのまま色んな映画を見た。途中、見たい映画でモメてちょっと喧嘩した。でもすぐ仲直りした。すごく楽しかった。ああ、最近はマリーのおかげで毎日が楽しい。ずっとこんな風に笑いあっていられたらいいのに。


――――


 マリーは笑顔の素敵なよく笑う女の子だった。故郷が無くなり、家族が散り散りになって、本人も辛いはずなのに。そんな姿を俺に見せることは無かった。辛いからこそ、せめて友達と居るときくらいは楽しくしていたかったのかもしれない。それを察した俺は、なるべく彼女の辛さを埋めようと、そばにいられるように努力した。男という生き物は、守りたいものが出来た時に強くなるらしい。


 俺は無職になり、卑屈になっていた。実家にUターンして来てから、初めの方は自由な時間を謳歌した。しかしそれは長続きせず、だんだんと周りの現実が見えてくる。同世代は今日も働きに出ている。俺も働くべきなんだろうか。しかし、怖い。空白期間も空いてしまった。働き始めたとして、また続かなかったらどうする。人と話すのが怖い。怒られるのが怖い。見下されるのが怖い。やがて俺は、人を避けるようになっていた。


 マリーに出会ったのは、そんな時だった。日々に太陽の光が差し込んだようだった。マリーに会えるのが嬉しい。マリーに会える朝が嬉しい。朝日が眩しい。そよ風に草木がなびくのが心地よい。胸が躍るのが嬉しい。人生で初めての体験だった。もっと彼女のそばにいたい。無気力で何もしていなかった毎日から、彼女のそばにいたい、自分の力でそばにいたい、そういう気持ちが生まれていった。せめてもの自立のために実家の稼業の手伝いも始めた。こんなに自分から何かをするのは初めてなんだ。ああ、マリー。好きだ。マリーのためなら、俺は何だって…


ある日のこと。


「なあ、マリー。一つ聞いていいか?」


「なんだニャン。ヒロロン。今日も来たのかニャン?もう何ヶ月も会っているニャン。今さら何を聞くって言うニャン。」


「いや、ちょっと真面目な話をしようと思って。」


「いきなり畏まって、どうしたニャ?いつものヒロロンらしくないニャンね。」


「マリーは、これからどうしていく予定なんだ?故郷も散り散りになって。仲間探しにも、目処が立っていないんだろう?」


「そうニャンよねぇ。Ponyankohポニャンコフの設備もあるし、この惑星には太陽もあるから、ちょっとした発明なら続けられるんだけど。」


「そんな先の事なんて、よく分からないニャン。」


「そうか…」


少し間をおいてから、俺は口を開いた。


「なあ、良かったらその仲間探し、俺にも手伝わせてくれないか?」


「ニャに?」


「マリーには幸せになってほしいんだ。だから、俺にもマリーの家族を探すお手伝いがしたい。俺にできることなら何だっていい。雑用だけでも良いからさ。」


「そんな…申し訳ないニャン。これは、あちしの問題だニャン。それに、いつまでかかるか分からないニャンよ。もしかしたら、死ぬまで見つからニャいかも。あんまり後ろ向きなことは言いたくないんニャけど。でも、あちしが生きてるのだけでも、奇跡みたいなことなんだニャ。だから、そんな事にヒロロンを巻き込めないニャ。」


 やっぱり。彼女は家族探しという問題を一人で抱えておくつもりだったらしい。


「いつまでかかるか分からなくたって良いんだ。見つかるまで手伝わせて欲しい。」


「なんで…どうしてそんなに手伝ってくれようとするニャン?そんなにしてもらっても、返せる物なんか何もないニャン」


「見返りなんか要らないよ。」


「え…?」


「俺はマリーに幸せでいて欲しい。俺はマリーを愛してる。一生見つからなくたっていい。一生そばで手伝わせて欲しいんだ。」


明らかにマリーが戸惑っている。


「マリーのいた惑星ではどうだったかわからない。だけど、地球人はこういう時、誓いを立てるんだ。一生をかけて幸せにするって。」


「そんな…まだ、よくわからないニャン。自分の家もなくなって、遠い星で一人ぼっちで。どうしていいのかが、わからないニャン。もちろん、ヒロロンの事は嫌いじゃないニャン。でも、まだ故郷の手がかりが何もつかめていなくて。。。自分だけが幸せになるという感覚も、うまくつかめないニャン…」


 ああ、そうか。俺ばかり焦っていたようだ。俺は故郷の惑星で、しっかりと安定した基盤の上で生活している。しかし彼女は、見知らぬ土地で過ごし始めて数か月程度しかたっていない。その差を俺はまだ理解できていなかったようだ。己惚れていた。関わる人間を選べる俺と違って、頼れる存在が限られている彼女は自分で選んで俺と関わっているわけではない…。


「そうだよな。困らせてしまって、すまない。」


俺はフラれてしまったようだ。


「でも、友達として関わり続けたいのは本当なんだ。まだそばにいさせてくれないか。」


「どうせ、あちしにはヒロロンしか頼る人がいないニャン。ずるいニャン。ヒロロンは、本当に…」


「あちしが迷ったままでもいいのなら、好きにするといいニャン。」


――――


 まだここは実家の裏山である。2人は若干の気まずさを残したまま、とりあえずマリーの家族探しを始めることにした。ヒロシはマリーの手伝いのため、以前よりPonyankohポニャンコフによく出入りするようになっていた。


 改めて見ると、このPonyankohポニャンコフという宇宙船は、本当に驚異的だった。高次生命体とやらが造っただけあって、どこを取っても人智を超えている。初めて見たときに息を呑んだ金属加工の精度もさることながら、機能面でも桁違いだ。なかでも目を奪われたのが、『概念性発明器エモーフュージョナー』。そばにいる生物の脈動や呼吸、感情の流れを読み取り、そこに材料を入れると、その感情にふさわしい発明品を“生み出してしまう”という。サガでは、地球で言うエネルギー保存の法則がより柔軟に発展しており、発明の際は“質量”さえ釣り合っていれば形を問わない。


 ただし、感情というあまりに不安定な要素を媒介にするせいで、何を生み出すかはやってみるまでわからない。だからこそ、サガの発明家たちは数えきれないほどのトライ&エラーを繰り返し、成功の“感覚”そのものを身体で覚えていくのだという。


 幸運なことに、マリーはサガでも発明家として暮らしていた。だから、ある程度『概念性発明器エモーフュージョナー』の感覚を掴んでおり、さっくりだが、作るものを狙うことができるらしい。


Ponyankohポニャンコフを作り出したときは大変だったニャ。とにかくNYAINOニャイノのみんなで一致団結して、この機械にもう祈るしかない感情を沢山送り込んだニャ。媒介はサガの星自身。爆発に巻き込まれるか、星が崩れるかって時に何とかPonyankohポニャンコフができて、命からがら乗り込んで逃げ出すことができたニャン」


「そんなドラマがあったんだな。じゃあ、マリーがたくさん持っている発明品もここから生まれたのか?」


「そうニャ。一番気に入ってるのはこの『パループ』ニャ。これを作るには激しい愛と憎しみの裏返しを何度も何度も飲み込ませる必要があって…いやぁ、大変だったニャァ…愛憎の悲劇ドラマの真っ最中のカップルを何組も見つけてくるのが…」


 なんだそれは。そんなドロドロとした感情を吸ってできる機械だなんて、どんな機能を持っているんだ?考えただけでも恐ろしい。


「それで、家族を探すには、どんな発明を狙うつもりなんだ?」


「そうねえ…基本的には、注ぎ込んだ感情を助けてくれるような機械ができるんニャけど、なんというか、欲しいもの作るにはある程度その感情を理解する必要があるニャ。でも、散り散りになったみんなはどこに行っているのか、どうなっているのかも皆目見当もつかないし、そもそも集うべき故郷すら無いんだニャン。何を想えばいいのか、さっぱりだニャ」


そうか。そんな条件もあるのだな。何も知らない俺にはただ便利なものにしか思えなかったが。隣の芝生は青いという事か。


ともかく、悩んでいても仕方が無い。とりあえず何か手を動かすことにした。


――――


 調査を始めてから1ヶ月が経過した。俺の出来ることと言えば、現代人らしくネットや本などからいろいろな情報を収集し、ひたすらマリーに伝えることくらいだった。そもそも賢い種族という事もあるし、発明家だったマリーは、ものを理解するのが早かった。


 地球の情報とサガの知識を照らし合わせることで、徐々にいろいろなことが判明していく。まず、この地球の科学力について。こんなトンデモない宇宙船を作り上げてしまうくらいだから、サガは地球より遥かに科学が発展しているのかと思っていた。しかし、意外な事にマリーも知らない知識が地球には沢山あった。概念性発明器エモーフュージョナーのような発明は確かに凄いのだが、それは技術の優劣だけでなく、発想のベクトルの違いによる影響も大きいようだった。


「地球の科学も凄いニャ。確かにサガと地球は大気の安定度だとか、空気中の酸素濃度とかがかなり近いニャ。ただ、サガはもっと平坦な大地で何をせずとも住みやすい土地ばっかりニャ。でも、地球は違う。惑星のほとんどが人の住めない場所なんだニャン。だからこの惑星の人たちは、砂粒一つですら意味を見出して、それが何なのかという事をひたすらに考え、積み上げていき、今の生活を作っているんだニャン。感情やイメージが先行しがちなサガの科学とは、そういう意味で違いがあるんだニャ。」


なるほど。逆境でこそ磨かれるものもある、という事だな。


「あちしはね、この惑星にきて、新たな感情を学び始めているニャン。それは、逆境に立ち向かっていく反骨心というものだニャン。サガの科学は確かにすごかったニャン。でも、それに守られていたことにも気づいたニャン。」


「だからね、この感情を使って、もっといろんなものが作ってみたいニャン。ヒロロンがいろいろ教えてくれたおかげニャン。ありがとう。ヒロロン」


 マリーが喜んでくれた。うれしい。俺が人に何かをしてあげられたことなど、かつてあっただろうか。


――――


 概念性発明器エモーフュージョナーを動かすにはとても体力とエネルギーを消耗するようだった。何かを生み出すというのは、どこの世界でも大変な作業なようだ。そのため、連発するという事がなかなかできない。出来るだけ準備を進め、しっかり計画を立ててから発明をする。


 俺もそれを手伝えるようにPonyankohポニャンコフに定期的に通った。いくら無職とは言え、家業の手伝いも始めていて、行きたくても行けない時間もたびたびあった。でも、出来るだけ時間を作り、マリーに会いに行っていた。


そんなある日の事だった。


「そろそろ一回、何か発明してみようと思うニャン。サガでのこれまでと違って、今は全く違う環境にいて、違う文化に触れて、そこの人たちが残した記憶に沢山触れることができたニャン。サガの崩壊は理不尽だったけど、でも、地球の文化から、それに立ち向かう勇気を教えてもらったニャン。きっと、今まで見たことの無い発明ができるって、そんな気がしているニャン。」


 確かに、楽しみだ。この偶然にして起きた異種間交流。いや、異星間交流によって、どんな発明ができるのか。マリーに家族が見つかって欲しいという気持ちももちろんあるが、単純に好奇心として見てみたい。


「じゃあ、さっそく始めていこうと思うニャン」


 そう言ってマリーは概念性発明器エモーフュージョナーの操作を始めた。何やら虚空に向かって手を動かし、宙に映し出された層のようなものを動かしていた。まさか映画でもなく現実でこんなものが見られるなんて。


「とりあえず、仲間の無事を願える道具が欲しいニャン。そこに、理不尽に打ち勝つための『夢』を添えるニャンよ。」


 マリーはその場で両方の手のひらを前で組み、静かに目を閉じた。人が祈る時の所作というのは、星が違っていても似通ってくるらしい。


 次の瞬間、あたりが光に包まれた。変換するための質量として、そこらで集めて来た石や枝などが概念性発明器エモーフュージョナーの中へと飲み込まれる。徐々に光が落ち着いていき、マリーのそばに一つの道具が落ちていた。


「これは、何だ?ピストル?」


 それは、猫耳のついた拳銃のような形をしていた。猫耳の色は明るい紫、本体は明るい黄色というか、クリーム色?クリームイエローというやつか。近未来の装置で生み出されただけあって、銃の本体は楕円形に膨らんでおり、そこに片手でも持ちやすそうな取っ手がついている。いかにも宇宙、って感じのフォルムをしている。


この形を見た脳裏に、幼少期のころから聞きなじんだ歌がふと浮かんだ。

『ニャッピー ニャオッピ ニャッピ―♪ わたしは ニャピ―♪ あなたも ニャピ―♪ あなたを打ち抜く、ニャンコピストル♪』


「ニャッ…」


口の奥から、出てくる歌があった。



   —―――ニャンコピストル?」


『それ』の名前が決まった瞬間だった。


――――


 NYAINOニャイノたちは、このあまりにピーキーすぎる発明機器を使いこなすために、出来たものの解析と分析の技術を発展させていた。何ができるかはざっくりとしかわからない機械を扱うのだ。当然の発想ともいえる。Ponyankohポニャンコフにも解析機器のようなものが搭載されていた。マリーは生み出されたニャンコピストルを拾い上げ、解析を始める。


「なんだか不思議なモノが出来たニャンね。こんな形になったのは初めてだニャン。どんな機能がついているニャろか…」


解析装置はマリィの頭につけられた装置とつながっており、概念的イメージを直接マリィに伝える。


「…!何なのニャ、これは。」


「どうしたんだ?」


「こんなの、見たことが無いニャ。初めて見るニャ。この解析結果が本当なら、あまりにも、あまりにも大きすぎる力を持ってるニャ。」


「この星の言葉で言うなら、『過去改変』…?解析装置から伝わってくるイメージも、それを伝えようとしているニャ。」


「過去改変だと?なんだそれは。いくら何でも、そんなことは…。」


「でも、このイメージはそうとしか言いようがないニャ。でも、なんだか様子がおかしいニャ。異物検知?…ん!?」


突然、解析装置から異音がし始めた。


「サガの文明にとって、受容しがたい異環境の要素を使いすぎたみたいニャ。地球の空気、物質、感情。設定していないからそんなことはあり得はずだけど、そばにいたヒロロンの感情まで混ざりこんでしまっているニャン。この機械は危険ニャン。制御しきれない。」


解析装置の異音がどんどんと大きくなっていく。気づくと、解析装置につながれたニャンコピストルの銃口にまるでエネルギーを集めるかの如く、光が集中している。


「おい、大丈夫なのか?見るからにヤバそうな――――」


と言葉を発しかけた時、ビビビビビと音を立てて、ニャンコピストルの銃口に集まっていたエネルギーが”発射”された。銃口の直線状には、解析装置を操作するマリーがいた。


「!?危ない!!!!」


考えるよりも先に体が動く。マリーへの気持ちが俺を動かした。とっさに俺はマリーを突き飛ばし、ニャンコピストルから発射されたレーザーに被弾した。


「ヒロロン!」


レーザーを受けたヒロシは粒子のように全身が分解され、散り散りになり、その場から蒸発した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

<マリー視点>

 

 その時、あちしはあっけにとられていた。ヒロロンがあしちのことを突き飛ばし、暴走したニャンコピストルから身を挺して守ってくれたのだった。少し落ち着き、やがて状況がようやく掴めるようになってくる。


「ヒロロン…?」


 いない。どこを探せどいない。さっきまでそこにいたはずのヒロロンの姿が無い。痕跡すらもない。何一つ後も残さず、煙のように消えていったのだった。


「どこに行っちゃったニャン…。」


思い出す。さっきまでの解析装置の解析結果を。確か解析装置からは、『過去改変』という情報が来ていたようだった。


「過去が書き換わってしまったニャンか…?」


ともかく、状況の整理が必要だった。


――――


 あちしはサガでも『優秀』と言われる発明家だった。柔軟な発想が得意で、次々といろいろな発明を残していった。初めはパパの道具を遊びで使わせてもらうぐらいったが、徐々にその才覚を表し、遊びで始めた発明はいつしかあちしの仕事になっていた。発明家として名が売れていく過程で手にしたのが、この概念性発明器エモーフュージョナーだった。これはサガでも一部の人間しか触ることのできない、NYAINOニャイノの技術力の根幹を担う機械だった。


 これを手にしてからのあちしのキャリアは、この機械と向き合い続けることに集約された。どんな条件で、どんな感情を注げば、どんなものが生まれるのか。扱いが難しいものの、この機械から生まれる発明の数々はとても魅力的なものばかりだった。楽しい。どんなものが作れるのか、もっともっと確かめたい。あちしはこの機械に魅了されていた。


 でも、今度はその力を人のために使うときが来たみたいだニャン。今までだって、この機械から生まれてくる発明が危ないものだったことは度々あったニャン。そのたびにその扱いを心得て、解析を済ませ、次の発明に生かしてきたんだニャ。さすがに今回みたいな危険な事故は初めてニャったけど…。でも、大丈夫。あちしは優秀だニャン。だから絶対に、絶対に、あちしならヒロシを救えるニャン。


 そう覚悟を決めたあちしは、細心の注意を払いつつ、ニャンコピストルの解析を始めた。


――――


 まずは冷静にニャンコピストルの様子を確認する。さっきまでの暴走とは打って変わって、まるで役目を終えたかのように光を失っていた。


「もう勝手に起動することは無いみたいニャンね。もう一度、きちんと解析装置にかける必要があるニャン。」


 暴走の反動でぶっ飛び、部屋の四隅に転がっていたニャンコピストルを丁寧に拾い上げ、解析装置へ再接続させる。手が少し震える。解析装置の接続自体が暴走のトリガーとなった恐れがあったため、銃口の先に注意を払いつつ、ゆっくりと、少しの変化も見逃さぬよう、作業は注意深く行われた。


 思えば、さっきの実験は少し気が回っていなかったかもしれない。サガで仕事として発明をやっていた時は、もっとこうして細心の注意を払って実験を行っていたはずだった。未知の惑星で、未知の環境で、新にできた仲間と、新しい発明が出来、ようやくこの遭難生活を照らす一筋の希望が見えた。その興奮があちしの冷静さを奪っていたのかもしれない。プロとして、あってはならないことだった。浮かれてしまっていたようだった。


「起きてしまったことは、もうどうしようも無いニャけど…。」


 無機質な金属で構成されるPonyankohポニャンコフの室内に、ひんやりとした冷たい空気が満ちている。地球は11月。徐々に秋の終わりを感じる季節になっていた。時間がたつにつれ、徐々に現実的な思考が頭を支配にしにやってくる。この惑星で唯一の頼れる存在が消え、また独りで困難に立ち向かわないといけないという事実が、漠然とした恐怖とともにのしかかってくる。


「ヒロロン。寂しいニャ。会いたい。ヒロロンに会いたいニャ。あちしはまた、一人ぼっちになったみたいニャン。」


 作業を進めながら、あちしの頭にはヒロロンとの思い出が蘇っていた。よく様子を見に来てくれたヒロロン。地球の食べ物で、口に合うものをいろいろ探してきてくれたヒロロン。映画を見せてくれたヒロロン。あちしの家族や故郷の話をよく聞いて、思いを馳せてくれたヒロロン。


――――そして、そんなあちしに『一生そばで手伝わせて欲しい』と言ってくれたヒロロン。


 あちしは、本当はうれしかったんだニャン。だって、家族も生きているかわからなくて、一人ぼっちで生きていく覚悟でいたニャン。でも、そんなあちしに、家族になるって言ってくれて。


 でもね、怖くもあったニャン。だって、あちしは宇宙人なんだニャン。宇宙人は目立って色んな人間が寄ってくるから、隠れていた方がいいって。ヒロロンが言っていたニャ。そんなのと一緒にいたら、ヒロロンにまで迷惑をかけちゃうニャン。それにね、ヒロロンには地球の生活があるはずなんだニャン。きっと、かわいそうだから一緒にいてくれて、目をかけてくれて。そうしてるうちに、情でも移っちゃったニャンね。でも、もう大丈夫ニャン。あちしだって、サガでもきちんと仕事をして一人で生きてたんだから。自分でもやっていけるニャン。


 だからね、もしあちし達が家族になるなら。助けてもらってばっかりじゃなくて、あちしがヒロロンの事を助けられるようになって、支え合うことができるようにようになってからがいいニャン。そっちの方が、きっと何にも気にせず笑いあっていられるニャンね。あちしはヒロロンとそういう関係になりたいニャン。


だって、ヒロロンは身を挺してあちしの命まで守ろうとしてくれたんだから。


「あちしも好きニャン。ヒロロンの事。愛しているニャン。だから、今度はあちしがヒロロンにお願いするんだニャン。家族になって欲しいって。」


そのためにも、早くこのニャンコピストルの謎を解明しなきゃならないニャ。


――――


 あちしの手腕のおかげで、なんとかニャンコピストルの解明はスムーズに進められた。サガでもやっていたように、発明品のプロファイルを作成する。


――

発明No.XXX ― ニャンコピストル ―


・概要

使用者の感情エネルギーを弾に変換し、対象へ発射する拳銃型装置。

概念性発明器エモーフュージョナー特有の“丸みを帯びた造形”を持ち、

猫耳状の照準突起と、層状に連なる銃口リングが特徴。

地球の自然物を媒介に、原生生物の「反骨心」「勇気」「夢」という感情を注入して生成された。

地球とNYAINOニャイノ文明の融合により、

サガでも観測不能なほど強力な発明となった。


・機能

対象が抱く“強い願い”に呼応し、その願いが発動した時点で過去を書き換える。

改変後、対象の歴史と存在位置は再構成される。

改変範囲は――未計測。

――


解析結果から分かったことが2つあった。

 1つ目は、ニャンコピストルは『強い願い』を叶えようと過去を書き換える機能があるという事。これはきっと、"サガ崩壊"という重大すぎる事件を経たあちしの様々な感情と、ヒロロンのあちしを助けたいという感情が混ざり合って生成されたものだニャ。

 2つめは、『改変範囲は未計測』という事。


 一つの懸念が浮かぶ。もしかしたらヒロロンは地球での生活の上で抱えていた願いが叶い、また違った人生で普通に幸せに暮らせているかもしれない。もし、そうだったらすごく寂しい事だけど、でも、本来はいるはずのない宇宙人のあちしに振り回されるよりは、健全なことだと思える。そうなったら、あちしもヒロロンの事を頑張って忘れて、また独りで家族探しを始めるニャン。まだ安定とは程遠いが、新しい発明品も出来た。


 でも、もう1点が気になる。『改変範囲は未計測』という事。過去を書き換えられるのは対象のみだけど、それが本当にヒロロンが望んでいることなのかどうかがわからない。まして、銃弾が発射されたのは解析中の暴走事故だった。この発明を作った発明者として、対象の安全を確保するのはプロとしての義務だ。ヒロロンの事をあきらめるのは、きちんと自分の目でヒロロンの安全を確保してからでも遅くない。


どっちみち、次のやることは決まったニャ。今のヒロロンを探さなくてはいけないニャ。


――――


 準備は3か月近くかかった。ヒロロンを現在地を探すこと自体は、『V NYA Rブイニャール』を使えば簡単だった。もともとは違う惑星の生態系を観察するために使っているものだったから、同じ惑星の特定の生命を探すのは造作もないことだった。しかし、もっと気にすべき点が他にあった。それは、ヒロロンを観測した後のアフターケアだった。


 ヒロロンにはどうにかしてこのPonyankohポニャンコフに来てもらうとして、例えばニャンコピストルの影響の余波、みたいな諸々の解析までは解析装置を使えば何とかなる。実はこの解析装置、生命の細かい機微まで読み取れる。便利ニャろ。


 ただ、その解析結果によって、2つの選択肢をとれるようにしておかなければならなかった。

1つ目は、ヒロロンがそのまま願いの叶った普通の地球人として生活できる場合。Ponyankohポニャンコフに関与した全ての記憶を消せるような準備をしておかなくてはならない。

2つ目は、ニャンコピストルの影響が、ヒロロンの人生にとっていい影響を与えるようなものでは無かった場合。ニャンコピストルの解析をより進め、その構造を逆算し影響をかき消す準備もしておかなくてはならない。



途中、ふとある考えがあちしの脳裏によぎった。


 ――ああ、このままヒロロンが見つかって無事だったら、何も考えずにそのまま一緒に暮らせたらどんなに幸せなんだろうか。故郷の事。家族の事。ヒロロンの安全の事。そして、あちし自身のこれからの事。考えることが沢山あって、ちょっと疲れてしまう時がある。ヒロロンは一度あちしと一生傍にいてくると言ってくれたニャン。その言葉に甘えて、二人で一緒にひっそりと暮らしていくニャ。きっと楽しくて、笑いあって。もしかしたら、子供もできるかもしれないニャン。異星人同士だけど、きっとどうにかなるニャンね。そうしたら、本当の本当に家族になれるニャン。


 …。


 でもね、やっぱりパパとママにも会いたいニャン。たとえ会えなかったとしても、無事でいて欲しいニャン。そして、お互いにねぎらいあいたいニャン。『いろいろあって大変だったけど、お互い頑張って乗り越えたね』って。家族だけじゃないニャン。友達も、お世話になったサガの人たちにも。『やっぱりNYAINOニャイノはどんな困難でも乗り越えられる、宇宙一の種族なんだな』って、皆で笑い合いたいニャン。


 それにね、きっとそんなことを言ったら、ヒロロンに嫌われてしまうニャン。いや、嫌われはしなくて、そんなあちしも受け入れてくれるかもしれないけど。でも、せっかくヒロロンを助けに行って対等になれるかもしれないのに、またヒロロンの優しさに甘えてしまうことになるニャンね。それはやっぱりちょっと嫌だニャン。ヒロロンはあちしに言ってくれたニャ。『一生そばで手伝わせて欲しい』って。一緒に困難に挑戦しようって、励ましてくれたんだニャン。だから、こんなところであちしだけ甘えるわけにはいかないニャンね。



 新たな決意を胸に、一心不乱に準備に取り掛かった。3か月という時間のうち、ほとんどはヒロロンのアフターケアの発明の時間だった。幸いだったのは、『パルス式直脳刺激ループ型電極 V2』通称『パループ』という、生命に強い影響を与えられる発明がすでにあったから、その改修を目指せばよかった。今度はなるべく地球のものは使わず、Ponaykohポニャンコフにある適当なサガ由来の物質と旧式のパループを媒介とすれば前回のようなイレギュラーは起こらない。サガにいた頃のように、狙ったように発明をしていくだけだった。


準備はバッチリニャ。


「やっと会いに行けるニャン。待っててね、ヒロロン。どんな結果になったとしても、これがあちしからの恩返しニャンよ。」


Ponyankohポニャンコフは、久しぶりに宇宙船としての機能を果たす。そのためのエネルギーは遭難してからの長い期間で太陽などから十分に蓄えた。今度は目立たぬよう、慎重に姿を隠しながら。宇宙からV NYA Rブイニャールでヒロロンを探すため、再びあちしは宇宙へと飛び立った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

<ヒロシ視点>


 時は再び現代へ。マリーの『亜空あくうネコパンチ』を食らい、Ponyankohポニャンコフへ運ばれた後。俺は人生初めての気絶中だった。


「ようやくここまでたどり着いたニャン。久しぶりにゆっくり顔を見られるニャン。なんだか愛おしいニャンね…。」


マリーは眠っている俺の顔をふと眺めていた。気持ちよさそうに眠っている。


「…いけないニャ。あちしは仕事をしなくちゃならないんだニャン。」


「ヒロロンは、どんな願いを秘めていたニャンか?勝手に覗くのは申し訳ないニャけど、ヒロロンの安全のためにも必要な事なんだニャン。」


「でも、もしその願いが、『あちしと出会わなければよかった』とかだったらどうしよう…。すこし、覗くのが怖いニャン。でも、やるしかないニャ。」


マリーは俺を、解析装置へと繋いだ。解析装置を通して、俺の状態に関するいろいろな情報がイメージとなってマリーへと伝わっていく。


「生体的な反応は…特に問題ないみたいニャ。ニャンコピストルの機能自体は問題なく動いていたみたいだニャン。」


「じゃあ次は、『願い』の方ニャンね。ちょっと詳しく見させてもらうニャよ。」


解析装置は、徐々に俺の深部へと解析を進めていった。


――


 俺はマリーと出会って、すごく悔やんでいたことがあった。それは、マリーと出会った時、マリーを迎えられるような一人前の男ではなかったこと。実家にいた頃の俺は都会での生活に敗れた負け犬だった。自分なりに努力をして、挑戦をして。それでも、ダメだった。人付き合いが下手で、強引に職場の周りの人に合わせようともしてみたが、苦手なことで無理をしようとしても空回るばかりだった。その埋め合わせをしようにも、自分の得意なことがわからない。何かに立ち向かい、敗れ。また何かに立ち向かい、また敗れ。成果は一つも出ないのに、失敗の歴史ばかりが積み重なっていく。


 その繰り返しによって、やがて俺の中の何かが擦り切れてしまい、ある日ベッドから起き上がることが出来なくなった。何もしていないのに涙があふれて来る。その時に悟ってしまった。『俺は、もう無理だったみたいだ』。その状況を察した母の命によって実家に帰り、体を休めることとなった。実家に帰ってからは何をする気力も起きず、ただ時間を浪費し、日々を貪るばかりだった。


 そんな時に現れたのがマリーだった。素敵な女性だと思った。明るくて、真の強い女性。異星人だろうと関係なかった。『一緒に肩を並べたい』。心からそう思った。実際に、勇気を出してそれを申し込んでみた。だが、ダメだった。もちろん、タイミングが悪かったのも理解している。しかし、後悔せずにはいられなかった。もっと俺にマリーを救えるだけの力があれば。マリーにそんな心配などさせないような強い男であれば。


 なれるなら、そうありたい。――それが、俺の"願い"だった。


――


 解析装置を通して、俺の"願い"がマリーへと伝わっていく。ニャンコピストルは、その願いをかなえるため、再び俺を都会での生活に呼び戻したようだった。


いろいろな事を理解したマリーが口を開いた。


「そうだったニャか…。ヒロロンは、弱い男なんかじゃないニャ。ヒロロンは、優しくて、素敵な男だニャ。」


「むしろ、あちしの方が…。いいや、弱気なのはあちしらしく無いニャン。それを証明するために助けに来たんだからニャンね。」


「ヒロロン。目を覚ますニャン。そして、話せていなかったあちし達の気持ちを、言葉にしてきちんと伝え会わなきゃいけないニャ。」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 再会を果たした俺たちは、Ponyankohポニャンコフに乗って実家の裏山に再び戻ってきていた。ここは俺たちの出会いの場所。移動中、パループの再生による疲労から、俺は再び眠りについていた。


 ゆっくり休めたおかげか、ほぐれていた時間の糸が再び結ばれるように、俺はすべてを思い出していた。


「不思議とここに戻ってくるのも、久しぶりな感触があるな。」


「そうかニャ?でも、確かにヒロロンは過去が書き換わって色んな記憶が混在しているニャンね。あちしはヒロロンに会いに行くまで、ずっとここにいたから実感が無いニャン。」


 ――少しの静寂が二人を包む。二人とも、次に発する言葉を探しているようだった。虫の音だけが、遠くの夜をゆっくりとかき混ぜていた。


 ここに来るまでの道中、俺がニャンコピストルで蒸発してからどうやってここまでたどり着いたのか、という話を軽く聞いていた。マリーは明らかに俺に会うために頑張ってくれていた。俺たちには話さなくてはならない話がある。


先に口を開いたのはマリーだった。


「ねえ、ヒロロン。」


「どうした、マリー?」


「あの話、覚えているかニャン。あちしの家族探しを手伝ってくれるって。」


「ああ、もちろん覚えているよ。」


少し間を置いて、マリーは静かに息を吐いた。


「あれは、やっぱりちゃんとお断りさせていただきたいニャン。」


なんだって?唐突な話に、俺はあっけにとられている。


「お手伝いってね、ずっと協力してもらうってことニャろ?あちし、そういうのは嫌なんだニャン。それって、ヒロロンの優しさにずっと甘えることになるニャろ?だから、ちゃんとお断りしておこうと思って。」


 まさかまたハッキリとフラれるとは。マリーは俺に会いたくてここまで来てくれたと思っていた。しかし、わざわざこれを直接伝えるためだったのか?だが、宇宙船の中で見せてくれたあの涙は?貸し借りを作りたくなかっただけなのか?


俺が混乱して固まっているのを気にせず、マリーが続けて言葉を重ねる。


「だからね、代わりに、あちしからヒロロンにお願いがあるんだニャン。」


「お願いって?」


マリーは緊張した面持ちで、少し震えた声で話し始めた。


「ヒロロン。いや、間瀬田ヒロシさん。あちしと家族になってください。一生、貴方のそばにいたいです。」


聞こえた瞬間、世界の色が変わった気がした。それは、マリーからのプロポーズだった。

俺は改めてマリーの目を見て、答えた。


「嫌だ」


「え…?」


マリーが泣きそうな顔になっている。


「こういうのは、男から言うのが地球のやり方なんだ。」


嘘だ。だが、それはどうしても俺から言いたかった。


「マリー。俺と結婚してくれないか。」


「…はい。よろしくお願いします。」


俺たちはそのままキスをした。遠く輝く星と星が、一つになる瞬間を確かめ合うように。


俺たちは、一つに結ばれたのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

エピローグ


 一つ、どうしても頭から離れない発想があった。ニャンコピストルは、『撃たれたもの願い』を叶えるために過去を書き換える。そしてそれは、別に人だけが対象ではなかった。願いを持つものなら、どんなものでも過去を書き換えることができた。


 『概念性発明器エモーフュージョナー』は、感情を形に変えて発明をする。すなわち、出来た発明品には『祈り』や『願い』といったものも含まれている。


 では、この発明品にニャンコピストルを放つとどうなるのだろうか。つまり何が言いたいのかというと、この宇宙船『Ponyankohポニャンコフ』は、サガからNYAINOニャイノ達を救うためにサガ自体を媒介に作られた発明品である。つまり、『Ponyankohポニャンコフ』自体にニャンコピストルを放てば、人々の願いをかなえるために、サガの過去改変が起こるのではないか、というものだった。


 しかし、この発想を簡単に試すわけにはいかなかった。過去改変というものは非常にリスクが大きい。そもそも、俺たち二人で使うにはあまりにも過ぎた力なのである。俺の過去改変ですら、願いとは裏腹にマリーとの記憶が消えていた不整合があった。それを惑星単位で試すなど、どんな影響があるか計り知れない。それに、サガの過去改変が起こることによって、マリーがいなくなってしまうのは嫌だった。ああ、そうだよ。試さないのは俺のエゴもある。しかし、検討すらしないのも違う気がした。


俺はこの発想を、マリーに相談してみた。マリーはすっかり俺の家になじみ、朝ご飯を作ってくれていた。マリーは料理も上手だった。今日は卵焼きとウィンナーを焼いている。可愛い。そしてうまい。


「面白いこと言うニャンね。ヒロロンは。確かに、試してみる価値はあるニャン」


好奇心の強いマリーは、やはり前向きにとらえているようだった。


「でもね、こういうのは、きちんと実験を繰り返して、効果をきちんと予測できるようになってから使わないといけないニャン。発明家を仕事にするときに、きちんとモラルを守る規約にサインをしたんだニャン。サガはもうないけど、そういうのは大切にしたいニャンね。」


「しかも、今回は惑星単位での影響だから、どれほど実験を重ねればいいのか、さっぱりわからないニャン…。でも、サガの事考えてくれるの、うれしいニャンよ。」


そういって、マリーは俺の頬に口づけをした。


「ありがと、ヒロロン。」


「当たり前だよ。マリー。やっぱり俺は、マリーの家族の事も大切にしたい。」


「ヒロロンのそういうところ、好きニャン。じゃあ、さっそく実験の準備を始めないといけないニャンね。」


「そうだな。こうやって手伝うために、おれはマリーと家族になったんだから。」


 俺たちが家族になってからも、サガの事を忘れたことは無い。たとえどれだけの時間がかかろうとも、きっとやり遂げて見せる。そのために、一生一緒にいるという誓いを立てたんだからな。

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あなたを打ち抜く ニャンコピストル tabe @tabe11111

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