自由
ネルシア
自由
患者衣に似たものを着た少年少女がたくさん集められている大部屋。
2段ベッドというより多段ベッドが壁に縦長く並んでおり、その反対側は大きく、分厚く透明な1枚ガラスになっている。
その脇に、厳重にロックされている鉄扉
ガラスの先には何やらパソコンやよくわからない機器類と、机と椅子が並んでいる。
その間を白衣を着た職員と思われる大人たちがひっきりなしに忙しなく行ったり来たりを繰り返している。
大部屋の中に備え付けられているスピーカーからガガーっと音声が鳴り響く。
「3682番、ドアの前まで来い。」
呼ばれた女の子が扉の前に立つ。
短く電子音が鳴った後に、ドアが開かれる。
「前に出ろ。」
口ひげを生やしていて、縁が太い黒メガネをかけている不愛想な男性職員が、冷たく命じる。
女の子がそれに従い、一歩前に出ると、男性職員が乱暴に手を引く。
長い廊下を男性職員が女の子に合わない歩調でぐいぐいと腕を引っ張る。
廊下を歩く途中、何枚もの白い扉を通り過ぎ、女の子の息が上がってきたところで、ようやく目的の部屋についたようだ。
職員の男性が自分の職員カードを電子制御のロックにかざす。
赤色のランプが緑色に変わり、ロック解除を示す電子音が鳴り、ドアが開く。
女の子が背中を押され、よろめきながら中に入ると、天井から床まで繋がっている透明な円柱状の筒みたいな中に、女の子より年上で背丈のある美しい若い女性が立っていた。
「キレイ・・・。」
女の子が口からこぼすと、男性職員が鼻で笑いながら自慢げに説明を始める。
「こいつはもはや人間じゃない。いや、元は人間だがな。次世代のコアによる、エネルギー武器の複数搭載、空中浮遊能力の確保。これがあれば今の戦争を終わらせることができるだろう。だが、1つ致命的な欠陥がある。」
はぁ、と男性職員はため息をつきながら部屋にあるパソコンと机に向かって作業しながら話を続ける。
「武器の使用による身体への苦痛や、人を殺すこと自体への抵抗感などをなくすために、感情を消したのだが、そしたら御覧のありさまだ。まったく動かなくなってしまった。食べ物や水分を与えれば摂取するが、自分の意志で食べようとすらしない。
排泄も垂れ流しまくるおかげで、余計なお世話まで増えてしまった。そこでだ。」
カチャカチャとタイピングしていた手を止め、ぎろりと女の子を睨む。
「苦痛と罪悪感だけを取り除いてインストールしたらどうなるかと思ってな。」
女の子はこれから自分がどうなるか、理解してしまった。
だが、どうすることもできない。
とぼとぼと動かない女性の近くに行き、見上げて懇願する。
「私をここから連れ出して。」
『承知しました。』
女の子と職員がその声の主に釘付けになる。
今まで動いてこなかった女性が動いたのだ。
女性が自分が囚われている透明の円柱に手をかざすと、てのひらが白く光り始める。
その白い光を受けて、ドロドロと円柱が溶けてなくなってしまった。
先ほど自分に懇願した声の主のもとへ進む。
職員が我に返り、警報を鳴らす。
しかし、その顔には笑みが浮かんでいた。
「そうか・・・そうか!!こいつが求めていたのは、自分が仕えるに相応しい主人だったのか!!条件は・・・男性・・・ではないな。女性でもない。いや、そもそも職員はあり得ないか・・・。」
ぶつぶつと興奮しながらなぜ、女性が動いたのかの考察が止まらない。
その間に女の子のもとへ到着する女性。
『おつかまりください。』
そういって手を伸ばし、自分に捕まるように催促する。
ぽかんとしている女の子にもう一度、声をかける。
『貴女様のご命令を遂行するために、どうか私にお掴まりください。』
女の子が女性の手を握ると、ひょいとおんぶの格好になる。
背中のあたりが変形し、女の子がきっちりと固定される。
言われるがまま背中に捕まると、ゆっくりと上昇を始める。
天井が近づいてくるが、女性が指を天井に向け、その指で円を描く。
すると、円形状に穴が開き、丸くなった天井の一部が落ちてくる。
それをなんともなく、避け、上昇の速度を上げる。
ある程度の高さまで行ったところで、停止する。
初めての空、初めての風、初めての木々のさざめき、初めての動物の鳴き声。
見るもの、聞くものすべてが新しく、世界はこんなにも広いのかと女の子は感慨にふける。
その感慨を打ち消すような鋭く空気を切り裂くような音。
女の子が下を見ると、細長い何かをこちらに向けているたくさんの人の姿があった。
『いかがなさいますか?』
女性が無機質な声で女の子に問いかける。
「あれは…嫌い。」
『かしこまりました。』
女性の目が武器を持っている軍隊の人間を1人1人高速で把握してく。
『全敵対勢力の存在を確認。排除します。』
腕をまっすぐ伸ばすと前腕部が膨らむような形で皮膚が腕から少し離れ、骨と皮膚に隙間ができる。
その隙間から視認できるのがぎりぎりの極小のミサイルが音もなく発射される。
その間もこちらに弾丸が飛んでくるが、なぜか当たらない。
弾丸がまるで避けるかのように当たらない。
数秒ののち、死体にいた兵士が音もなく倒れる。
その成果を主人に報告する。
『敵対勢力完全沈黙。任務を達成しました。』
女の子は倒れた兵士を眺める。
1人1人ゆっくりと。
きちんと教育を受けていたのならばこの光景に動揺し、女性を恐怖し、距離を取りたいと願うだろう。
女の子が感じたのは全能感。
私の思い通りになるんだという支配感。
そして、女性に対しての感謝。
女性がゆっくりと地面に降り立つ。
女の子の固定が外れ、女の子も地面に立つ。
「ありがとう!!」
女の子が女性に抱き着く。
『正常な脈拍、体温を検知。ご主人様はいたって健康です。』
抱き着かれて、機械として感じたものを『報告』する。
「抱き着かれたときは抱き返すのよ?」
女の子が支持すると、女性がぎこちなく抱き返す。
「これから貴女に感情を教えていくわね。」
『かしこまりました。』
そうして2人の戦場各地を巡る旅が始まった。
―数年後―
生体兵器が行きかう戦場の中、後方の司令部でその戦いを監視している指揮官たち。
レーダーに突然2人を示す点が表示される。
「て、敵襲・・・?敵襲!!!」
おかしい、レーダーだけに反応し、ありとあらゆるセンサーをすり抜け警報がならないだと?
こんなの・・・いかにもわざと出現したみたいじゃないか・・・。
わざわざ殺すためだけならそもそもこの司令部を吹き飛ばせばいいのに。
逃げよう。
この兵士はそう思ったが、他の兵士は外に集まり、突然空中に出現した2人を眺めるしかない。
空中に浮かんでいるのはお姫様抱っこをしている見たこともない女形の生体兵器と、お姫様抱っこをされていながら不敵な笑みを浮かべている黒い手入れされている長髪を持った女性。
全員の視線が集まったことを1体と1人が確認すると優雅に地面に降り立つ。
「ご機嫌よう、皆様。して、いますぐ戦闘をやめるか、やめずに全滅するかどちらがよろしくて?」
丁寧な態度とは裏腹に全滅させることができると確信している脅迫。
声自体は柔らかく、殺意もない。
指揮官が前に出て、なんて返答しようか悩んでいるが、戦ってもいない相手に投降するなど、あってはならない。
「どれくらいの力があるか示してくれたら答えてやる。」
はぁ、とめんどくさそうなため息を長髪がつく。
「仕方ないわね。そうね・・・リゼ、両軍の生体兵器を全滅してごらんなさい。」
リゼと命じられた生体兵器が戦場のほうを向いて、足を一歩前に出す。
前腕部が開いた時と同じように踏み出した脚が開く。
小型の懐中電灯みたいな円形の装備から戦場に向かって光の束が発射される。
観測していた隊員が真っ青な顔で指揮官に報告をする。
「報告であります!敵軍の生体兵器・・・全滅の模様!繰り返す全滅です!!」
指揮官が手で顔をぬぐう。
なんの冗談かと。
戦争に使われている複数の生体兵器をたった1つの武装で壊滅できるなんて聞いたこともないし、存在してはならない代物だし、逆らうべきではない相手ということだ。
「先ほどの無礼を許してほしい。そして、わが軍にできることがあるのなら喜んで協力しよう。」
「隊長!!」
副隊長が声を荒げる。
それはそうだ。
1国家に所属している軍隊が、政府の指示も聞かずに勝手にいきなり現れた1体と1人に忠誠を誓うなんてあまりにもおかしな話だし、何より、国からどんな扱いをされるかが分かったものではない。
ギロリとリゼと呼ばれた生体兵器が会話を邪魔した副隊長を睨む。
「リゼ、睨まない。」
『失礼いたしました。』
「感情・・・だと?」
副隊長がこぼす。
一般には生体兵器は感情を持たず、ただ任務や戦闘を継続する存在でしかない。
その存在がいら立ちをもってこっちを見ただと?
「ちょっとうるさいわね。リゼ。」
『はい、お嬢様。』
つかつかと副隊長の元へ寄ると、にこりと微笑んだあとに、人差し指を副隊長につけると、バチっという電撃が流れる。
周りがざわつくが、お嬢様と呼ばれた存在が騒ぐなというように叫ぶ。
「気絶させただけ。」
それを聞いて静まり返る。
すぐに隊長は頭を回す。
不快にさせることが一番よくないか。
つまり、さっきの自分の発言は間違いではなく、とにかく指揮下、指示に入ることを強調せねばならない。
「副隊長が無礼を働いてしまった、許してほしい。」
深く頭を下げる。
周りの兵がこんなに丁寧にお辞儀をしている体調を見たことがなく、つまるところ、隊長が丁寧に詫びる必要のある存在だということだ。
「その謝罪、受け取っておくわ。」
ふんと鼻を鳴らす。
「リゼ。」
『はい。』
リゼなる生体兵器がお嬢様に近づく。
「少し疲れたでしょう?お疲れ様。」
お嬢様がリゼという生体兵器の唇と自分の唇を重ねる。
何が何やら。
一般の兵士はもう頭を使うことを諦める。
隊長だけがまだかろうじて頭を回す。
『ありがとうございます。お嬢様。充電完了です。』
「そ?別にもっと続けても私はいいのだけれど・・・。まいいわ。」
お嬢様が改めて隊長と向き合う。
「でも今見てもらった通り、武力に関しては間に合ってるのよね。」
ごくりと唾をのむ。
武力以外で差し出せるものなど何があろうか。
「そうね・・・私とリゼの建国を認めてくれるかしら?」
また突拍子もないお願いだなと冷や汗をかくが、断れるはずもない。
「かしこまりました、では、国の中心はこの基地ということでよろしいのでしょうか?」
んーと、人差し指を口に当ててお嬢様が考える。
「そうね、そうさせてもらおうかしら。もし私たちに良くしてくれるならあなた達の安全は保障するわ。もちろんあなたの家族たちもね。」
「ありがとうございます!!」
深々と隊長が頭を下げる。
ちらりとお前らも頭を下げると一般兵に視線を送る。
それを察した兵士たちが一斉に頭を下げる。
「その分の働きも期待しているわ。」
リゼ共和国
ある1体の元人間の人間兵器が1人の女性を深く愛し、国まで建ててしまったという国。
その国は小国ではありながら軍事に関してはどの国も適わない。
あらゆる恋愛が許され、貧しいものなど1人もいないという。
Fin.
自由 ネルシア @rurine
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