黒猫の景色

久藤涼花

第1話

いつもと同じ道、同じ景色、同じ時間。ただ、いつもとは違うこの目の前にいる黒猫。私の通学路を変えてしまうのにこれ以上の理由は要らなかった。

年齢が増す度に、学年が上がる度に大人になることを実感していく。昔は一生子供のままのような気分でいたが、今となってはもう見えてくる将来の姿が時折不安になってくる。

教師は言った。「社会に出るためにも勉強は怠るなと」

親は言った。「いつか自立するためにも立派になりなさいと」

国は言った。「成人を18歳にすると」

その全てが自分の中でカウントダウンを早めているようで見えない圧に潰されそうになる。

ただぼんやりと眺めていた時とは違い周りの状況も変わってきている。勉強で必死な子。指定校推薦のために着実に評価を上げている子。友達と学生ライフを謳歌する子。恋人に一分一秒を費やす子。

その全てが合ってるとも間違ってるとも思わない。ただ自分にはそのどれもが欠けているような気がしている。

でも、目の前にいるこの黒猫は違う。自由に生きて、自由なところへ行き、自由にしたいことをする。鮮やかなようでどこか薄暗かった世界が逆にモノクロに集中し、猫の動き一つ一つが鮮明に目に映った。そしてどうしてか無性にその姿をずっと見ていたいと思ってしまった。


この子の後を追うようにして私は私の世界から消えた。

気づいたらいつもの最寄りの駅とは違う駅に着いており、あの子も路地の隙間へと行ってしまった。行先に悩んだ私は仕方が無いので学校の方面とは逆の電車に乗ることにした。制服を着たまま学校へ行かずに電車に乗ることはほぼ初めてだった。最初は焦りを感じ、電車を降りようとしなかった訳では無いが、どこかで心がそれを許さなかった。というよりはすることが出来なかった。初めて自分の意思で動けたような気がして逆に誇らしいような思いまであったが、それらもなんだか薄く自分の心はやっぱり空っぽなままだった。何に対しても深く考えることが出来ず、自分のことなのに他人行儀のようで矛盾だらけの私が自分でもよく分からなかった。

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