転生したら魔王城の総務課でした ~魔王様、それ労基違反です!~

@173955

第1話 転生したら、魔王城総務課の新人でした。


──俺の人生、働いて終わった。



毎朝、満員電車に揺られ、会社で働き、終電でる帰る。


土日も「納期が近い」だの「取引先が─」と言われ、ちゃんと休んだ記憶がない。




ここ数年そんな生活を続けていたが、とうに体は限界を迎えていたようだ。


ある日の朝会、ホワイトボードの前に立ち、スケジュールの確認や昨日の報告をしていると世界が、


ゆっくりと傾き始めた。




最初はほんのわずか、視界の端が揺れるだけだった。


だが次の瞬間、床が波打つように遠ざかり、重力の方向がわからなくなる。


視界の端が灰色に染まり、中心だけがやけに明るい。


音が遠のく。人の声も、椅子のきしむ音も、全部、水の中に沈んでいく。




身体を支えようと手を伸ばしたが、腕が鉛のように重く、思い通りに動かない。


重力が一気に引き戻してきて、世界が斜めに崩れた。




もう終わりなんだ。




せめて次は、もう少し人間らしい生活がしたいな。






── そして、目を覚ますと。




「…ようやく起きたか、人間。」




目の前にいたのは、長い白髪と黒い2つの角をもつ美しい女性だった。


周囲を真渡せば、黒いつやつやとした床、宙に浮かぶ大きな岩のようなもの、赤黒い旗。


職場でも病院でもない。




「俺…職場で。えと…どちら様ですか?」




「我が名は魔王ヴェスティア。この城を滑るものだ。──そしてお前は、新しく我が軍にやとわれた、総務課の新人だ。」




「…はい?」




耳を疑った。


雇われた? 総務課? 俺が? てかあの人魔王って…




「お前、前世では会社にとても貢献していた。魔王軍にとって、今そういう人材は貴重なのだ。」 




「ちょ…ちょっと待ってください。状況が全然わからないんですけど…」




「……ふむ。それもそうだな、少しこの世界について説明してやろう。」





──とんでもないことが起きた。話を聞いてみると、ここは俺からいう異世界みたいなものらしい。


  魔族たちが暮らす国家『ヴァルクレイン』


  俺がいるところはこの国の中心、魔王城らしい。




  そして、この国は北方に広がる人間や勇者が暮らしている『アルディナ』と対峙しているとのこと。


  といっても勝手に勇者が戦いに来るんだとか。


  俺がここに呼ばれた理由は「‘‘効率化思想‘‘を持つ魂を探していた」らしい。


  だからここにいる…と。




ありえねぇ。ありえねぇよ…こんなこと。




「──これで話は終わりだ。では早速で悪いが、今日から総務課勤務よろしく。


  担当は‘‘勇者討伐‘‘の予算管理だ。検討を祈る。」



そう言って彼女は指を鳴らした。


次の瞬間、俺の足元で魔法陣が光、体がふっと宙に浮く。




──そして。




ドサッ




「いっ…てぇぇ。ここ、どこだ?」




周りには足の踏みどころがないくらい、資料や本が積まれている。


どこかの部屋のようだ。壁にはびっしりと本棚が並んでいた。少し薄暗いがいい雰囲気だ。




しばらく部屋を見回していると、後ろから誰かが近づいてきた。


恐る恐る振り返ると、ローブを着たガイコツが立っていた。




「おぉ!君が魔王様の言っていた新人君だね。


    私は総務課主任を任されたアッシュ=ドノマールだ。よろしくね。」




「が、ガイコツがしゃべった !?」




「あっはっは。そんなに驚くことではない。君もすぐになれるだろう。じゃっ、今日のノルマだ。」




アッシュさん──いや、主任は、少し奥に引っ込み、たくさんの資料を抱えてきた。




「これは、戦死者たちの再雇用申請書だ。勇者との戦いでやられた魔物たちを復活させて、もう一度働いてもらうんだ!エコでしょ。」



エコってそんな命をものみたいに…やっぱり魔界は魔界か。




「そうだなぁ…まずは魂の所在確認から始めてくれる?」




「え?待ってください!こういうのって人事課の仕事じゃないんですか?」




「総務は何でも屋だ。あぁ、それと‘‘魔王軍懇親会‘‘もやるから。その会場予約も頼めるかい?」




「まじか。転生しても社畜なのか…俺って。」




しばし唖然としていると、どこかから香ばしい香りが漂っていた。




「あぁ、もう昼の時間か。新人君!案内がてら食堂に行こうか。


    まぁ魔族用のメニューだから、人間の舌に合うかはわからんがな。」




俺は恐る恐る、アッシュさんと食堂へ向かった。


そこには、さっきの部屋より開けた、明るく活気に満ちた空間だった。


ゴブリンや、リザードマンなど、アニメで見たことがあるようなモンスターが呼び込みをしていた。




「いらっしゃいませ~! 本日のメインはマンドラゴラの根っこ煮込みでーす!」


「そこのにーちゃん!揚げたてのバジリスクどお? おいしいよ~」


「ビール、キンキンに冷えてるよ~」




食堂の片隅では、大柄なモンスターたちが大声で談笑していた。






「お、見ない顔だな!新人か?俺はオーガ部隊の長。ラグノスだ!


    そうだ!今度新人歓迎会でも開くか!ビスターちゃん今度飲み放題のコースよろしく!」




「はいはい。ごめんねー騒がしくて。いつもこんな感じなんだ。」




どうやら、魔王城の職場環境は思ったより‘‘人間臭い‘‘。


ほんの少し、懐かしさすら感じた。





 午後、俺は机の山積みにされた書類と格闘していた。


内容はどれも突っ込みどころ満載だ。




例えば「勇者戦で失った腕の再生費を経費で落としてほしい」だとか「上司のハラスメント」とか。





「これって…どう処理するんだ。」




「あぁ!内容を確認して、承認の印をもらえばいい。──ただ、魔王様はとても気まぐれだ。」




そういってアッシュさんはため息?をつく。


話を聞くと、「寝てる」「散歩してる」「気分が乗らない」などとなかなか印を押してくれないらしい。




「現世のブラック企業と変わらねぇな…」




Excelはないが、表を作り、仕分け、優先度別に分類していく──


気づけば、俺の机だげがやけに整っていた。




「ふむ…やはり手際がいいな。さすが魔王様が見込んだ人間だ。




「まぁ、地味で地道な作業、嫌いじゃないんで。」




「そうか…ならば頼もしい。実は明日、‘‘魔王軍労働環境調査会‘‘があるのだ。」



「…何ですか?そのいやそうな響きのイベント。」



「まぁ、要するに、勇者対策より重要な‘‘労働改革会議‘‘だな。」



──嫌な予感しかない。






翌日




俺は魔王城の会議室にいた。長机の両脇にはいかにも「長」という風格の者たちが座っていた。




「うぅ…緊張する。」




すると隣の席にドカッと誰かが座った。






「おう!お前が最近入ってきた奴か?俺はイグナ!よろしくな。」




「おぉ….お願いします。」




──すっごい明るい人だなぁ。




そうこうしていると進行役で控えていたアッシュさんが口を開いた。



「では会議を始める。これは‘‘勇者討伐‘‘よりも重要な問題と、魔王様がおっしゃっている。」




「勇者討伐より重要な問題…?」




「それでは魔王様。お願いします。」




そのとき、主催席に座っていたヴェスティアさんが立ち上がり




「あぁ──それは残業時間の削減だ。」




「えぇぇぇぇ!?!?」




全員が頭を抱える。イグナさんが吠える。




「しかし、魔王様!そんなことをすれば、戦場維持ができぬ!われらの誇りは戦いにあるのだ!!」




「しかしだな、イグナよ。部下たちの不満も高まっている。‘‘休日が欲しい‘‘などという意見も……」




「休日!?戦士に休日など──」




「あの…イグナさん。燃え尽き症候群って知ってますか?」




俺が思わず口を挟むと、全員の視線が俺に集まった。




「人間……貴様に何がわかる?」




「いえ……その、俺の世界の言葉なんですが。働きすぎると心が壊れるんです。


 俺の世界では、それで多くの人が倒れました。」



会議室が静まり返る。



ヴェスティアさんがゆっくりと頷いた。



「ふむ…人間の言葉も一理ある。では、休暇制度を導入しよう。」



「ま、魔王様。本気ですか?」



「うむ!‘‘魔王城下記休暇制度‘‘の創設だ。企画は人間、お前たち総務課がまとめよ。」



「うぇ!?おれぇぇ!?!?」



こうして、魔王城初の労働改革が始まった。






夜。



書類の山を片付けながら、俺は思う。



転生しても、やっぱり仕事は仕事だ。



でも、ここの連中は──不思議と嫌いになれない。



ラグノスさんやイグナさんは豪快だけど仲間思いだし、アッシュさんも見た目は怖いけど面倒見がいい。


ヴェスティアさんも意外と真剣に、部下をみている。



「ふふ……ようやく良い人材が来たな。」



ふいに背後で、魔王様の声がした。


振り向くと、月明かりの下でヴェスティアさんが微笑んでいる。



「今の我が軍に必要なのは、武力よりも秩序。お前のような者が、我々を強くするのだろう。」




「……買いかぶりすぎですよ。俺、ただのサラリーマンなんで。」



「いや、その‘‘ただの‘‘が、一番難しいのだ」



そういって、静かに去っていった。



机の上には、一枚のメモが残されている。





──『新入社員研修会:明日午前9時より。遅刻厳禁』



「……結局、どこでも朝は早いのかよ。」



俺は苦笑しながら、ろうそくの火を吹き消した。

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