勇者ラッキーは運が悪い!〜自称・世界で一番不運な勇者様による、円満なる勇者パーティ追放を目指した最凶運任せ魔王討伐のすゝめ〜

七篠樫宮

第一話 “自称”世界で一番運の悪い男の長い独白

 ――勇者とは。

 彼らは強き者だ。

 世界中に出現する『異界遺跡ダンジョン』、その中でも特に強力な魔物が湧き、残忍で非道なトラップが無数に仕掛けられている最恐最悪の異界“魔王城”を攻略する為、世界各国が選定した最強の探索者――それこそが勇者に他ならない。

 

 これまでの歴史上で多種多様な勇者が選出され、彼らは魔物達の脅威から人類を守り抜き、時には世界を救うという大偉業を達成してきた。

 歴代勇者達の輝かしき活躍は助けられた人々により書き記され、それを後世の人々が受け継ぎ、現代の子供達――未来の勇者の卵の憧れとして巡り廻り、永遠に語られていく。

 

 勇者とは、強さを持つ者だ。

 そして同時に彼らは例外なく、その強さを誰かの為に使うことの出来る、高潔でいて慈愛に満ちた、勇ましき精神を宿しているのだ。

 それは今日こんにちまで人類史が刻まれ続けていることから自明である。

 

 では、勇者になる為に必要な“強さ”とは何なのだろうか。

 

 ――どんな魔物が相手でも討ち倒すことの出来る、不撓不屈ふとうふくつの戦士の武術だろうか?

 

 ――それとも、己の背後にいる仲間を、暴虐な魔物や残酷な罠から守り抜ける騎士の防御力だろうか?

 

 ――はたまた、傷を癒して士気を高め、人々を救う奇跡の如き秘術使いの祈りだろうか?

 

 ――または、多くの敵に囲まれて窮地きゅうちに陥ったとしても、たった一度の行使で戦況を変えられる魔術師の強力な魔術だろうか?

 

 きっと、全てが正解だろう。

 どんな些細な事でも、極めれば世界を救う一助いちじょになる。

 歴代の勇者の中には、戦士も騎士も侍も神官も魔術師も、色モノでは道化師や海賊、登山家、暗殺者、悪魔崇拝者まで、文字通り十人十色の強者が存在している事が証明している。

 

 ――だが、それでも。

 

 それでも、『勇者になる為に必要な“強さ”は何か』という、幼い子供の頃、誰もが抱いた事のある問いに明確な答えを選ぶとするならば。

 

 この僕、ラックウェル・クローバーの答えはきっと一つに定まる。

 

 勇者になる為に必要なもの、それは――。




 


*――*――*


 

 思えば、最近の僕はとても運が良かった。

 昨日は特に怪我なく異界遺跡ダンジョン探索を終えられたし、そこで手に入れた取得物を売り払ったら数ヶ月は遊んで暮らせる大金を得ることが出来た。

 

 今朝も家の外の喧騒を目覚ましに、気持ち良くスッキリと起きる事ができた。

 普段なら窓を開けて怒鳴りたくなる外の通りの騒々しさも、湖畔で小鳥のさえずりを聞いているかのように心穏やかに受け入れられた。

 

「ふんふんふーん」

 

 鼻歌を歌いながら着替えて、寝室から出て朝食を取る。

 焼いたパンに甘ったるい柑橘類のジャムを塗りたくって頬張り。指にあふれたジャムを舐めながら、角砂糖とミルクを入れたコーヒーを飲む。

 

 何とも素晴らしい朝だ。

 いつもならここらで家の壁を突き破り、朝っぱらから酔っ払った探索者が飛び込んで来て一悶着あるのだが、そんな物々しい気配は一切ない。

 至って普通の、絵に描いたような平穏なモーニング。

 

「――なるほど、これが幸せ……か」

 

 自慢じゃないが、僕は運が悪い。本当に自慢じゃないが。

 雲一つない晴天の下を手ぶらで歩いてたら、急に土砂降りの大嵐がやってくるとか。

 何もないところで躓いて転んだら、魔物からの貴重なドロップアイテムを壊してしまったりだとか。

 些細な事から、数日は凹んでしまう事まで、大小様々な不運が襲いかかってくるのだ。

 同じ探索者仲間からは本名にあやかってラッキーなんてあだ名で呼ばれているが、どこが“幸運ラッキー”なのか二、三時間問い詰めたいところである。

 

 とまあ、己の人生を二文字で表すなら『不運』という言葉が世界一似合うだろうと密かに確信している僕なのだが、最近は本当に運が良い。

 

「いやー窓から探索者も降ってこないし、持って帰ってきた変な宝具が誤作動して家が半壊する事もないし、朝ごはんも美味しいし! 最高じゃあないか!」

 

 幸い、今の僕は金に困ってない。死が隣り合わせで、宵越しの金を持たない者も多い探索者業だが、昨日の臨時収入で僕の懐はホクホクなのだ。

 

「ようし、今日は遊び倒そう! 久しぶりの休日だ! 運が良い時に休めるだけ休まないと! アハハハハ!」

 

 超ハイテンション。久方ぶりの安寧の休日に、頭がハイになっている自覚がある。

 しかし、冷静になる気はない。

 

 だって――なんか、今の僕は運が良いらしいから。たぶん全部上手くいく気がする。

 

「ふふふ、とりあえず酒場のマスターにツケを払いに行こう。今なら三倍で払えるぞ。あとはカジノだ。出禁になってるけど、変装すればいけるだろ。だって僕は運が良いのだから。その後は帝都の名物スイーツを巡って――」

 

 行動プランを練っていく。計画は大事だといにしえの勇者も言っていた。確か、その勇者は無計画に他国の王女達に手を出して結婚という墓場に送られたのだったか。

 だが、IQ100万てんさいの僕が叩き出した計画は完璧だ。あの色ボケ勇者のようなヘマはしない――人は過去に学ぶ生き物なのだ。

 

 だからまず、とりあえず――

 

「――とりあえず、変装してカジノに行って所持金を倍にしよう」

 

 変装した僕は姿見の前に立ちキメ顔で呟いた。

 きっと、運の良い今の僕なら変装もバレずにカジノで大勝ち出来るはずだ。

 

 僕はニヤける頬を押さえながら、玄関の扉を開き――


 

「【――おやぁ? まだ、探索者が残っていたのか。ふふふ、人間は数が多くて良いな。やはり、食は味よりも量が一番だ】」

 

 ――ソレは貴族様が羽織るような燕尾服に、はち切れんばかりのたくましい筋肉を納めていた。

 

「【ククク、そうか我の強大な姿を見て言葉も言えぬようだ】」

 

 ――ソレの頭には、大きく捻れた四本の黒光りする角が生えており、背中には僕の家を包んで余りある黒翼を備えていた。

 

「【……ム、まさか人間、気付いてなかったのか我の事に? これだけの戦闘がありながら優雅に食事をとっていたと? ――クハハハ、傑作ではないか!】」

 

 ――ソレの肌は紫色で、僕の身長の五倍くらいデカくて、見たこともないほど悪魔的な容姿をしていて……ソレの周囲には多くの人間が倒れ伏していた。

 

「【人間、いや道化よ。我は今、すこぶる気分が良い。自ら平伏し、恭順きょうじゅんを示し、我に忠誠を誓うのなら、お前だけは生かしてやっても良い】」

 

 ――ソレの背後、つまり、僕の家の真ん前の空は禍々まがまがしい黒紫一色に染め上げられていて。

 

「【我は七十二の悪魔を統べる者。我は世界を侵略する者】」

 

 ――その異常な空の下には、無数の塔と高い塀に囲まれた壮大な巨城が存在していた。

 

「【我が名は悪魔王ゴエティア――この異界、“魔王城”の君主であり、これよりこの土地を殲滅せんめつする支配者である】」

 

 ソレ――自らを悪魔王ゴエティアと名乗った悪魔の魔王は僕に視線を向け、頬まで裂けた口を吊り上げ笑いかけてくる。

 

「【やはり名乗りは大事だな。信頼が生まれる。さあ、お前も名乗り、自らの幸運を噛み締めると良い。安心せよ、我も甘ったるいジャムは好きだぞ。我が悪魔の食品加工術は世界一だ】」

 

 どうやら、僕が寝ている間に家の前に魔王城ができたらしい。

 

「【フフフ、我のお眼鏡に敵うとは、お前は世界で一番運が良い男だな】」

 

 ――なるほど。

 僕は変装用に身に付けていた灰色の外套ローブ、深く被っていたそのフードを取って一歩前に出る。

 どうやら、今の僕はとても運が良い――。

 

「うん。同感だ。ジャムはやっぱり、甘ったるいのが一番だよね」


「【ウム。お前、話が分かるではないか人間のクセにな】」


「ハハハ、光栄だね。魔王様と話せる機会なんて、普通の人間には一生訪れないだろうからね。それこそ――」


「【その通りだ。故に、お前はとても運が良い人間である。だから――】」

 


「――それこそ、普通の人間には、とんでもなく運が悪くないと訪れない機会だろうね」

 

「【――だから、外套に隠してある武具を差し出せ。我は気分が良い。平伏せよ。今なら人間の反抗程度、笑って見過ごせる】」

 


 ――訂正しよう。どうやら今の僕は、これまでに無いほど運が悪いらしい。

 

 僕は外套に手を突っ込み、素早く眼の動きだけで周囲を見渡す。

 通りの石畳はひび割れ、魔王城の前――僕の家の前でもある――には多くの探索者が倒れている。僕が顔を知っている、強力な者も伏している。

 だが、民間人と思わしき人物がやられている様子はない。

 

 そもそもこの魔王城が出現したのはいつなのか。

 夜の間に出現したにしては、そう、被害が少ない。

 最強最悪のダンジョン――それこそが魔王城であり、そんな魔境の王者おうじゃが魔王だ。こんな、足の踏み場を迷う程度の被害で済むわけがない。

 

 結論――魔王城が出現したのは今から数時間の間。なんなら、僕が優雅な朝のひと時を過ごしている間に現れたのかもしれない。

 つまり、だ。

 

「現時点で帝都の被害は少ない。帝国が誇る凄腕スゴウデ達が、これからここにやって来る。悪魔王さんに腹を見せるのはまだ早――」


「【時間稼ぎは無駄だぞ? 既に我が配下の悪魔を幾つか放っている。この国が落ちるのは時間の問題だろう】」


「――アハハ、そんなこと考えるわけないじゃないですか! ほら、お姫様のモノマネとかしましょうか?」

 

 僕は外套の中に隠し持っていた、カジノで使うかもしれなかった暗器をボトボトと地面に落とした。

 孤立無援で魔王討伐とか無理に決まっているだろ。

 しょうがない。これは不可抗力というヤツだ。

 魔王様の前へ、手を擦り合わせながら片膝つく。

 そんな僕の姿を見て、魔王様はしきりに頷き笑ってくれた。嬉しい。

 

「【クハハ、お前は本当に愉快な人間だな! 正直、適当に時間を潰した後で半分くらい食べようと思っていたが、気が変わってきたぞ!】」


「エヘヘ、でしょう? 僕はとても愉快なユカイなんですよ。ユカイユカイ!」


「【よし、何か芸をして見ろ! 我の気が変わらないうちにな!】」


「ア、ハハハ……芸、ゲイ? 何にしよ――」


「【ム、出来ぬのか?】」


「まっさかあ! ほら、見ててくださいよ!」

 

 なんて無茶振りだ。新年会で故郷の村の老人連中がしてくる無茶振りと同レベルだぞ。

 僕は心の中でブツクサと文句を言いながら必死に考えて考えて考えて――。

 

「――空をご覧ください魔王様!」


「【ふむ】」


「魔王様の肌のように素晴らしき紫色が広がっております!」


「【その通りだ。あれは配下の悪魔に再現させた、我専用の登場空模様だからな】」


「え、趣味悪ッ、ごほん。ジーッと見てくださいね!」

 

 僕は立ち上がり、ゲロ吐きそうなくらい気持ちの悪い黒紫の天に指を差しながら、少しずつ魔王様から離れていく。

 魔王様は馬鹿みたいに僕が指差した先を見つめていた。彼は――彼女かもしれないが――相当バ、おっと愉快な性格をしているらしい。

 

「【……ムゥ、おい人間、何も見えんでは――】」


「あっ、あそこに天使みたいな魔物が飛んでますよ!」


「【――ナニィッ!? 天使だと!?】」

 

 先ほどまで指していた場所とは全く違う方角を指し示す。もちろん天使云々は嘘っぱちだ。ただ、悪魔と天使は仲が悪く同じダンジョン内には現れないという探索者界隈で有名な話を用いた知的で高度な戦術である。

 

 律儀な魔王の気が逸れ、天使への憎悪をたぎらせた瞬間、僕は全速力で逃げ出そうと意識を集中し――――目の前に満面の笑みの魔王が現れた。

 驚きで思わずその顔面を殴りそうになったが、体は天に指を向けたまま動かないし、魔王はデカすぎて顔に手が届きそうにない。

 体を動かせず、困惑している僕に魔王が説明してくる。

 

「【説明してやろう。これは魔眼、『石化』の魔術によるものだ。フフ、お前は実に面白い人間だな】」


「【あんな子供騙しが魔王に通じると本心で考えているとは、本当に面白い。楽しい。童心に帰ったようだ】」


「【マア、我に子供の頃なんてないがな】」


「【まだまだ、お前と遊んでいたい。すごいぞ、我にこのような気持ちを抱かせるとは!】」

 

 増える。増える。

 ――何が?

 魔王が増える。

 僕の目の前で、魔王が一人、二人、三人に。

 全く同じ姿、同じ威圧感で増えていく。

 

「【なぜ、このような気分になったのか考えてみたが、お前は我に恐怖していないのだ】」


「【お前は確かに驚いている。我が力を認めて媚びて来る】」


「【しかし、その心に恐怖がない】」


 

 魔王は天に指差す彫刻と化した僕の周りをぐるぐる回りながら語り続ける……周囲に倒れている探索者達を踏み潰しながら。

 

「【現に我に囲まれ、殺気を受けても、その心内はちっとも乱れておらん】」


「【ここで倒れている人間共の中には、我と対峙し、恐怖に打ち勝った勇ましき者もいた】」


「【お前は違う。そもそも初めから恐怖がない。まるで勇者のように、平然と向き合っている】」


「【だが、お前は勇者のようで勇者ではないな。なにせ、お前に勇気があるから恐怖を抱いていないわけじゃない。お前のソレは――諦観か?】」


「【面白い。面白い。もっと、お前と話をしたい……が、お預けだ。我の配下がやられている。どうやら、興味深い人間はお前だけではないようだ】」


 魔王達は、顔をどこか別の場所に向けている。確か、あの方向には現在帝都に存在する二つの城の片割れ――ここ、魔王城とは別、帝国のトップである皇帝が暮らす皇城があったはず。

 

「【ここで待っていろ。すぐに終わらす。この街を支配したら、次は国を。そして、世界だ】」

 

 三人に増えた魔王が翼を広げる。

 皇帝の配下なら、悪魔くらい倒せるだろう。

 ともすれば、帝都の内部に魔王城が出現したのだ。

 皇城が反撃の拠点になっていて、強者が続々と集まっているのかもしれない。

 だが、目の前で不敵に笑う魔王を倒せる存在が何人いるのだろうか。

 

「【あぁ、楽しいなぁ人間。やはり、この世界はとても愉快だ】」

 

 この魔王は――本物だ。

 視線だけで石化の効果を与える魔眼。

 筋骨隆々きんこつりゅうりゅうとした破格の玉体。

 仕組み不明の分身能力。

 配下の七十二の悪魔も嘘ではないだろう。

 童話なら、勇者が最後に倒して大団円となるだろう風格をまとった大魔王ラスボス級の魔物。

 

 そして残念なことに。

 

 ――現在、各国が選定した勇者達のパーティは他国の魔王城攻略におもむいている。

 

 この魔王が本気で暴れたら、帝国は抗う間もなく滅ぶ予感がある。

 僕が勇者だったらどうにかできただろうか。

 僕に勇者と同等レベルの剣術や魔術の力があれば何とかなっただろうか。

 

 でも、それら全ては“”だ。

 僕は勇者じゃない。

 勇者になれるような珠玉しゅぎょくの強さはない。

 

 だから、石化中の僕に出来ることはたった一つだ。

 

 魔王達がクラウチングスタートで飛び上がろうとする真横。

 魔眼のせいで天に指を向けながら動けなくなった僕は、その滑稽こっけいな体勢のまま黒紫色の空を見つめながら――

 

「(――隕石落ちろ隕石落ちろ隕石隕石落ちろ落ちろ魔王城に隕石落ちろ)」

 

 ――ただひたすらに祈った。

 

「(落ちろ堕ちろ墜ちろ隕石来い来い来い来い)」

 

「【ああ、言い忘れていたが石化の効果は魂にすら影響する。次第に思考も固まるだろう。次、お前が目覚める時は人間が支配され終わった時になるな。ククク、ではな愉快な人間。しばし眠れ】」

 

 ――祈った。

 

「(落ちろ落ちろ魔王城に隕石落ちろぉぉおお!)」

 

 僕は完全に自我が石化するまで、ずっと祈り続けた。



 

 ――仕方がないだろう。

 なぜか魔王に気に入られて、石化を掛けられて。

 あの瞬間、僕が人類の為に出来ることは隕石が降ってきて悪魔も魔王も魔王城も全部、なんか、良い感じにぶちのめしてくれるのを祈るしかなかったのだ。

 

 正直、覚悟していた。

 次、目が覚めたら僕の隣人は悪魔になってる未来とか。

 石化が解けたら魔王の食卓の上でレアステーキにされてたりとか。

 そんな将来を覚悟して、僕は石化を受け入れた。

 

 だから、この現在の光景は予想外と断じる他ない。

 

「――これより、勇者任命式をり行う!」

 

 目の前には豪華絢爛ごうかけんらんな大扉。その奥から精一杯に張り上げられた大声が扉越しに伝わって来る。

 

「先代勇者の魔王城攻略中の名誉の戦死により、帝都から新たな勇者を選出する!」

 

 勇者。それは、魔獣を倒し、悪魔を退け、魔王を討って世界に平和をもたらす勇気ある者。

 

「その者、帝都に出現した悪魔の魔王城の主――魔王ゴエティアを滅殺し、帝国の平穏を取り戻した探索者である!」

 

 大陸の各国から一人ずつ、計五名の勇者が代々選ばれ、勇者パーティを結成する。

 

「魔王城単独攻略の偉業を功績とし、この者を帝都選出の勇者に任命する!」

 

 その最大の目的は世界中に現れる異界遺跡ダンジョン――特に、“魔王城”の攻略。

 

「さあ、新たなる勇者よ入れ!」

 

 目の前の大扉が、両端に立っていた兵士によって開かれる。

 瞬間、扉の前に立っていた僕に向けられる多数の視線。

 ――好奇心。疑心。

 扉の先の大広間に集まった人々からは、喜色の表情は余りなく、されど敵対の視線もほとんどなく。

 こちらを見定めようと視線を送って来る、左右に立ち並ぶ人々の間、赤いカーペットを転ばないように慎重に進み、最奥の玉座の前で跪く。

 

「――探索者『星降り』ラックウェル・クローバー! お主を新たなる勇者に任命する! 良いか?」

 

 玉座に座る声の主――今代皇帝となった少女が告げて来て、僕は落ち着いて応えた。

 

「……陛下、僕は探索者だ。『良いか』、なんて確認は必要ない。だから――依頼を」

 

「――クク、そうか、そうだな。ベルディアス帝国皇帝セレスティル・スペード・ベルディアスより、勇者ラックウェル・クローバーへ指名依頼だ。世界から魔王を殲滅し、人類の平和を護り、帝国の強さを大陸に示せ!」

 

「――お任せを」


 石化から目覚めた僕は、あれよあれよと皇城に招かれ、メイドさん達に着せ替え人形にされた後、気付けば皇帝陛下に勇者として任命されていた。

 何を寝ぼけた事をと思われるかもしれないが、夢でも何でもなく、紛れもない事実である。ほっぺ引っ張っても痛かったし。

 

 凶悪な悪魔の魔王は討伐され、僕の家の前に現れた魔王城は無くなって更地になっていた。

 

 そう、――驚くべきことに、帝都は魔王を討伐したのである。

 

 更に驚くべきことに、悪魔も魔王も魔王城も、あらゆる面倒ごとを消し飛ばしたのは天から飛来した隕石のお陰であるらしい。

 

 そしてそして、魔王という面倒ごとを帝都から排除してくれた天災は、僕に新たな面倒ごとを押し付けて砕け散ったようだ。


 なんと、この隕石――僕が魔術で召喚したものらしい。


 これを陛下から聞かされた時、僕は心の中で何を寝ぼけているんだと罵倒してしまった。実際は声に出てたかもしれない。本当に申し訳なく思ってるので不敬罪は勘弁してほしい。

 

 もちろん、僕にそんな神話の如き大魔術が使えるはずもない。

 恐る恐る僕は否定をしたが、気付けば謙虚な勇者として讃えられていた。意味が分からない。

 帝都中に僕の偉業――石化してて何も知らないのに――が知れ渡り、外堀は完全に埋められ……僕は勇者に選ばれた。本人が一番知らない活躍とは何なのか。

 

 僕の置かれている状況は未だ、理解できていない。

 理解できてはいないが。

 ――帝都のそこら中で、魔王の恐怖から解放された人々が老若男女関係なく祭りのように連日大騒ぎしている様子。

 ――変装なしで街を歩けば美味しい料理や探索道具が無料で手に入る日々。

 ――前と変わらないのは相変わらず解けないカジノの出禁くらい。

 

 外堀が完全に埋められているのに、今更、否定できるはずがない事だけは僕でも分かっていた。

 故に、空気を読んで全てを諦めた僕は大人しく勇者任命式が行われる今日を迎えて。

 

「――ここに、新たなる勇者が誕生した! みなのもの、讃えよ!」

 

 まばらな拍手は少しずつ大きくなり、賞賛の声に変わってゆき、そんな歓声に包まれた僕は静かに声をこぼす。

 

「…………これからどうしよ。あぁ、やっぱり――僕は運が悪い」

 

 僕の心からの呟きは、大広間の人々の喝采に打ち消された。



 

 ――勇者になる為に必要な“強さ”とは何なのだろうか。

 

 どんな相手でも討ち倒せる剣術だろうか?

 仲間を魔物や罠から守れる防御力だろうか?

 傷を治す奇跡のような秘術だろうか?

 数多の敵を一掃できる強力な魔術だろうか?

 

 きっと、どれもが正解だろう。

 

 どんな事も、極めれば“強さ”足り得る。そして、その“強さ”は勇者に至る可能性となるのだ。

 

 ――それでも。

 

 それでも、『勇者になる為に必要な“強さ”は何か』という、幼い子供の頃、誰もが漠然と抱いていた問いに明確な答えを選ぶとするならば。

 

 この僕、ラックウェル・クローバーの答えはきっと一つに定まる。

 

 勇者になる為に必要なもの、それは――不運だ。

 

 たぶん、世界で一番運悪く勇者になってしまった男が言うのだから間違いない。

 ――あと台本通りに返答したんですけど、任命式はこんな感じで大丈夫だろうか。

 僕は勇者任命式が終わるまで、内心ビクビクしながら過ごした。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る