だらだらと。だらだらと。

緋雪

第1話

「しーちゃん、仕事遅くなる?」

「ん。今日は残業になりそう」

「そか」

「なに?」

「今晩焼き肉食べたいと思ってた」

「ひかりと行きゃいいじゃん」

「いいよ、今めんどくさい」

「そか」


 しーちゃんと住んで半年になる、線路近くのボロアパート。電車が通るたびに結構うるさくて。

「エッチの時の声聞こえなくていいじゃん」

 って、ここに決めた。

 阿呆だ。我々は時刻表どおりにはエッチしないのだよ、しーちゃん。

「逆に壁薄くて聞こえまくりだってば」

 って言ったら、

「いーんだよ、お互い様だもん」

 って笑った。


 そういう阿呆なとこもコミで、しーちゃんのことを気に入っていて、しーちゃんもオレのことを気に入っていて、一緒に暮らしている。だらだらと。そう、実にだらだらと。


 我々は、一歩外に出れば、普通のサラリーマンで、それぞれ別々の会社で、ごく普通に仕事をしている。特に、しーちゃんは、大きな企業の営業部のエース。凄い人なのだ。


 しーちゃんこと、河野こうのしずくは、モテる。背も高くて美形。カッコいいし、仕事もできるし、優しいからね。

 だけど、彼女は作らない。作ったことがない。何故なら、彼はゲイだから。


 そして、そんなカッコ良くて仕事もできて、優しい、しーちゃんの彼氏は、このオレ。高木たかぎ雨音あまね

 オレがしーちゃんの会社のバイトをしていた時に知り合った。つきあってもう2年になる。オレが就職して、実家を出たいと言ったら、しーちゃんは、じゃ、一緒に住むか、と言ってくれたのだ。

 そして、愛の巣に選んだのが、前述のボロアパートだった。

「折半すれば、結構いいとこ住めるじゃん」

 オレが言うと、しーちゃんは笑って言った。

「金貯めてんのよ。日本ここ出ていくために」

「え?! そうなの?」

「ここは、ゲイの住みにくい街ばかりだからね」

「え?! 嘘! オレ捨てて?」

「バーカ。だから雨音も金貯めろ」

 オレは俄然やる気になった。

「よっしゃ! 貯金だぜ!」

「あははは。雨音は可愛い」

 しーちゃんが、オレを抱きしめて、頭のてっぺんにキスをした。オレの天パのふわふわの髪は、しーちゃんのお気に入りなのだ。



 通勤電車は凄く混んでいた。

 こんなことなら自転車にすればよかったな。

 今日は雨が降っていて、雫と雨音には、とってもいい天気なんだけど、実際はそうもいかない。今日は傘さして駅まで徒歩。そこから満員電車。窓の近くにさえいられなかったので、前のおっさんの後頭部をひたすら見て過ごした。

 電車を降りると、やっと息ができた。


 改札を抜けると、ひかりが待っていた。

 綾野あやのひかり。オレの彼女だ。お前、雫という彼氏がいながら? だよな。オレは、バイセクシャルで、男も女も恋愛対象になる。といっても、滅多に、両方ともいっぺんに好きになることはないんだけど。なんか今回は、珍しく。


「おはよ。一緒に行こ?」

「おはよ。いい天気だね」

「雨音は、雨が好きだね」

「名前通りです」

 どっちでもいい会話をしながら、同じビルに入る。

 同じ会社の同期だ。ひかりは一階で受付嬢様。オレは3階の営業課。同じ1年生でも、ひかりは短大卒なので、オレの2個下。

 ひかりは受付嬢の中でも特に美人で、実はお金持ちのお嬢様。そのコネで、ここに入ったって言ってた。2年だけ、社会勉強のために一般企業で働いて、一人暮らしをさせてもらっているのだとか。


 ひかりには、自分がバイセクシャルで、雫という彼氏がいることも言ってある。ひかりはそれでもいいと言った。

「今どきそんなことに拘る人いるの?」

 逆に、そう言う。これだけBLだの百合だのと美化されている世の中で、実際にそうだったら変な目で見られるのもどうなの? と。



「ねえ、雨音」

 ひかりはオレの腕を枕に言う。

「何?」

 結局、ひかりと焼肉を食べに行ったあと、彼女の部屋で一戦交えた。肉は闘争本能をくすぐるのかもしれない。

「提案があるんだけど」

「提案?」

「そ。真面目な話」

「じゃ、真面目に聞こう」

 オレは、ひかりと向かいあった。


「三人でここで暮らさない?」

「え?」

「私と雨音と、雫」

「え?」

 父親が借りてくれているこの部屋は、一人暮らしには広すぎる。実際部屋が一つ空いているし。と。

「いや、それは流石にさあ……」

「雨音は好きな方で寝ればいいじゃない」

「だって、俺ら、普通にやるよ? 声聞こえるよ?」

「お互い様じゃない」

 ひかりは、しーちゃんみたいなことを言って笑った。


「ん〜、オレの一存じゃ決められないし。しーちゃんと相談してみるよ」

 オレは帰り支度をしながら、そう言った。

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