毒殺夫人
宮世 漱一
愛妻弁当
まったく、あの人ときたら今日も酔っ払って帰ってきました。酒臭くて暴力的で、おまけに知らない匂い、いや、この前も嗅いだ、鼻が曲がるかのようにツンとしたシナモンの香水。
家で食事をしてくれるのは朝食の時だけ。けれど一緒に食べたらあの人の気分を害してしまうから。
お夜食は食べてくれるわけないのに、懲りずに作る私も、また、めんどくさい女なのでした。貧乏生活でやりくりが楽しかったあの頃とは違うけれど、食事を残したくはないから、いつもあの人の分が私の夜食になる。だから元々私の食事は作らない。
ダメンズが好きなわけじゃない。けれどあの人に惹かれてしまうの。
毎日のお弁当。一緒に食事は出来なくとも、それでもお弁当を食べてくれるのが嬉しいから、毎日、毎日、手間をかけて手作りのとっておきを作る。
昔酔っ払って帰ってきた時、会社で素敵な愛妻弁当だと褒めてくれていた人の話もしてくれたけれど、今や、ちっともお話してくれないのよ。
ハートの卵焼き、足を作ったウインナー。今日はちょっと隠し味。ハンバーグのタネに硫酸銅を少々入れて焼いた。それだけじゃ物足りず、ケチャップにも、とびっきりの愛情を入れて詰めて、あの人に手渡しした。今日もやっぱり「ありがとう」と言ってくれやしない。
今日も変わらずお手紙を書いて、そっと巾着の中に入れておきました。最後に「愛しています」と書いて。
夜分遅く、当然、あの人は帰ってきませんでした。
しかし、愛しているけれど、ちっとも寂しくありませんでした。
調べられて私が犯人だと人様に知られても一向に構いません。
すると家の電話が鳴りました。
「私は純一さんの妻ですけれど……」
「まぁ、大変」
「えぇ、命に別状はないと……えぇ、食中毒が原因ですと、はぁ、ご迷惑おかけしました。すみません。ありがとうございます。失礼します」
まったく、しぶとい男。出会った時から、一筋縄じゃいかない男。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます