地味同盟遠征計画
月曜日になっている祝日と、そうなっていない祝日の差がどこにあるのか、調べれば分かるのだろうけれど、調べる気はしないので分からない。で、11月も下旬になって迫ってきている祝日、勤労感謝の日は後者に当たる祝日だった。
「週の半ばに祝日があると、却ってやりにくい感じがあるんだけどねぇ」
私は泳ぎ続けないと死ぬマグロなので、中途半端に休みがあるとどうにもぎこちなくなる。とすれば部活やバイトなどをすべきなのだろうか、と検討してみるのだけど今のところ答えは出ていない。
という訳で、私はこの休みに地味同盟の面々をどうにかなにかに巻き込めないか画策していたのである。具体的には下記。
「勉強すればいいじゃない。勉強」
「なにかあれば勉強、ってのはなんだかさもしいよ」
「なにがさもしいのよ」
相変わらず京香は痺れる程に辛辣である。彼女がいればこそやっていけるという確信は変わっていない。とても頼もしい。
「もうすぐすれば期末テストなんだから」
「やだねぇ、ちょっと前は中間テストだと思ってたら、もう期末だよ」
「でもそれを乗り切れば年末だよ」
佳奈はぼっそりと言った。確かにここまでくれば年末年始まで一直線。テストが終わればあっという間に終業式、そしてクリスマス、正月。楽しい想い出を今年も作ろうとし、そのいたいけな個人の気持ちを大資本が搾取しようと手ぐすね引いて待っている。とてもよろしい。一年で一番世の中が浮かれる季節――寒くて淋しいからこそ、我々は騒ぐのかもしれない。
「カナちんはクリスマスの予定はあるのかい」
「それ訊く? ある訳ないじゃない。今年もひっそりとひとりで……」
「しかし今年は地味同盟があるぞ」
と予告してみたのだが、実際の所はまるで計画を立てていない。大切なイベントだからこそ、そこは慎重にならざるを得ない。アイディアは色々とあるが、まだボンヤリとした着想以前のものに過ぎない。ここは彼女たちの事情を優先するべきだという思いもある。私自身は自由だが、彼女たちもそうだと安易に断じるのは軽率だろう。
しかしそれはまあ、まだ一ヶ月後のことである。まだまだ考える時間はあるし、そして今は目の前に迫った祝日の計画のほうが優先される。
「勤労感謝の日って、お父さんお母さんになんかしなきゃならないイメージがあるけど」
「そういうカナちんは実際になんかしたことあんのかい」
「……ない」
奇妙なところで真面目なところがある佳奈。そういうところもいじらしいのだけれど、地味同盟に入ったからにはもうすこしエエカゲン道を学んでもらわないといけない。おおらかかつ小さいことは気にしない、というのは綱領にも定められている。
「文芸部はなんかあんの?」
「いや、別に……っていうか。蒔田先輩はもう完全に受験モードだから。勤労感謝の日も塾だって」
「あんたは基本的に蒔田先輩次第だからねぇ」
「そ、そういう誤解を招く言い方は止めなさい!」
京香は隠しおおせていると思っているらしいが、蒔田先輩関連に対しての反応は、じつに分かり易く、楽しい。もうちょっと素直になって、それを受け入れられれば楽になるのに――と心配しなくもないのだが、基本的にはからかっている。しかしそうも行っていられない時間が来ているのも確かだった。京香がこの舞坂高校で蒔田先輩と一緒にいられる時間も4ヶ月弱になっている。彼女はそれを意識しているのだろうか。もし彼女が真剣に
それはともかく。
「つまり、祝日にはみんな予定がないということでOK?」
「まあ、不本意ながら」
地味同盟は暇人同盟でもある。暇を埋める為にあると言ってもいい。そういう訳でこういった中途半端な祝日はめんどくさいようで、いい機会でもあると言えよう。私はそう解釈している。
「じゃあ、まずは私の提案を聞いてもらおう――水族館に行かない?」
「はぁ?」
私は何気なく言ったのだが、佳奈も京香も反応は鈍い。ここまで鈍いとは想定していなかった為、私は内心「外したかな?」と思ってしまった。だがそうであればこそ、ここは無理くり押し切ろうという謎の使命感にも駆られた。
「水族館なんて何度も行ってるし、いつでも行けるし、なにもこのタイミングで……」
佳奈のぼやきはまさにその通り。地元の水族館はここからでも30分程度で行けるほどの近場であり、地元民ならそれこそ幼稚園の遠足からずっと、何度も言っている定番観光地であり、それゆえ新鮮味はすくない。
「65536回くらいいったよ、水族館なんて」
「それは過剰表現だろう、カナちんよ」
しかしそう言った冗談が彼女から出てくることに、私はすこし好感触を持っていた。
「大分寒くなって来たし、こんな季節でイルカショーとか観たくないな」
「イルカショーについてはその時考えよう」
しかししかし、幾つになっても水族館に対するワクワク感は忘れたくない。ふたりにとってもそうなって欲しいと思っている。そして家族や遠足ではなく、3人で行くことになんらかの、よくは分からないけれどなにか重大な意味があると、私は確信している。
「確かに我々は何度も何度もあそこには行った。それは認めよう。しかしながら、ここで地味同盟として改めて乗り込むことに大いなる意義があると私は考える!」
「乗り込む、って。そんな大層な」
京香はまるで興味が無い、といった姿勢を崩さない。いっぽう、佳奈も同じように乗り気でなさげな顔をしているようで――すこし目がゆらいでいるのが見えた。彼女は自分が思っているより分かり易い反応をするのを自覚していないのだろう。
「で、でも……祝日でしょ? 家族連れとかカップルとかでいっぱいだよ多分。そんなところに私たちが行ったら浮いてしょうがないよ」
佳奈の危惧はごもっとも。だが私はだからこそニヤッと笑った。カッコよさと気持ち悪さが同居した、じつに味のある顔をしていたと、多分自分でもそう思い、それを誇りにする。
「分かってないねカナちん。そんなリア充共の巣窟に私ら腐れ地味同盟が乗り込んで、それをすっぱり台無しにしてやろうという、遠大な計画なのだよこれは」
「……地味同盟ってアンチリア充組織だったの?」
「っていうか自分で『腐れ』とか言うな!」
私は一切動じない。
「そういった側面があるのは、諸君らも否定できやしまい」
「あぅ、それは……」
「それで堂々とするのもどうかと思うよ」
しかし、私には確たる勝算があった。単純な理由である。
「なによりあんたらも――私もだけど――用事なんかないっしょ。くさくさして暇な休日を過ごすくらいなら、まだしも有意義な一日を過ごそうじゃないか。さあ、この提案に反論できるか!」
私の覚悟が伝わると、ふたりとも黙り込んでしまった。仁王立ちになって腕を組む私の前で、ふたりは細々と目線を合わせる。言葉にならないコミュニケーションが発生していた。しかし私は自信満々。諸手を上げて賛成する訳でもないが、かといって明確に否定する理由もない。となれば私の勝利は揺るがない。
「まぁ……別にやることもないし、それでもいいか」
「あぁーあ、カナちん折れちゃった。なら私も付き合ってあげるよ」
そういうことになった。
◇
と、半ば強行的に水族館侵攻を地味同盟議会に承認させた私ではあるが、さすがに小学生時分のワクワク感はさすがにない。それくらいは大人にはなっている。すくなくとも明日が楽しみで眠れない、といった感じにはならなかったのは確かだ。
しかし小学生の時とは違った楽しみもある。
「どんな服を着ていこうかなぁ……」
地味同盟と簡単に侮るなかれ。そうは言っても私も女の子である。根っこが地味であっても、そう言った場所に行くからには着飾っていきたいと言う思いはあり、そしてそれは純粋に楽しみだった。
メイクまではしないが(というかやり方を知らないが)、お洒落な服は何着か持っている。しかしここは男性諸氏に注意喚起しておきたい。女子が着飾るのを好むのは媚びたいのではなく、単純に自分がかわいくなるのを楽しんでいるだけなのである。
佳奈は家族連れやカップルの中に、などと危惧していたが、実際にはそこまで自己卑下する必要もないんじゃないかと思っている。色気はないかもしれない。しかし女子高生3人が和気藹々と水族館を練り歩くのは、それなりに愛らしいものになるのではないかとそこに不安はない。さすがにひとりだときついかもしれないが、私たちには仲間がいる。仲間がいればどんな逆境も乗り越えられる。いや水族館は逆境でもなんでもないけど。
「よし、これで行くか」
私は決断し、明日着ていく服を最終選択し、備えるようにして机に置いた。ニヤニヤしてしまう。まぁ、私のようなたぬき女が着飾ったところで馬子にも衣装程度のものでしかないだろう。だがそれでもいいのだ。女にとって服は武装である。戦いに赴くための戦化粧――いやまあ、どこに戦いがあるのか、と問われればそれはないのだけれども。
しかし楽しみはそれだけじゃない。思えば地味同盟などといってそれなりにつるんできた私たちだが、お互いの私服姿はあんまり見て来なかった。せいぜいが勉強会とかの時の普段着程度。それがこういった舞台設定をして、ほかのふたりはどう着飾ってくるのか、それが楽しみでしょうがなかった。これも注意喚起するが私はレズではない。レズではないが女の子は親しい子のかわいい姿を見るのは好きなのだ。
「ぐふふふふ。楽しみだぜぇ……待ってろ水族館!」
こここそが栄光の始まり。ここに架け橋をつなぐ。その覚悟を持って、私はぐっすりと眠った。
ジミ地味アライアンス 〜舞坂高校のおばか女子高生三羽烏〜 塩屋去来 @sugerless
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