Vtuber始めてみました⁉

夏宵 澪  

第一話「推しって尊い!!」

午前三時三十七分。


「あーもうっ、なんで星夜くん、こんなに尊いの!?」


飴川りんは布団の中で転げ回っていた。

スマホの画面には、Vtuber《雨夜星夜》。


空色の瞳、銀髪、儚げな笑み――そして、声。

その声を聞くたび、りんの人生は何度も更新されてきた。


「“呼吸をしていれば、それでいい”……」


星夜の最後のセリフをリピートして、スクショを撮る。

フォルダには、すでに1247枚の星夜。


「尊い。天才。神。星夜教信者です、私」


そんな時、LINEの通知音が鳴った。


『もう寝ろ あめりん』


送り主は親友の速水。ほぼ毎晩、この時間に届く定番メッセージだ。


『速水へ:今、星夜くんの新作見終わった。人生変わった』

『速水へ:星夜くんの声、世界一綺麗だと思わない?』

『速水へ:星夜くんと付き合いたい』


すぐに返事が来た。


『朝9時に起きた翌日に遅刻したのお前だよな』

『「スマホ中毒」って言われてるの、まじで気をつけろよ』


りんはスマホを置いた。……三秒後に拾った。


昨日のSNSの悪口も、部活中に没収されたスマホも、全部思い出す。

それでも、星夜くんの「大丈夫だよ」の一言が、りんを救ってくれた。


「いや、でもさ。速水。私を救ってくれたのは星夜くんなんだよ。

学校の言葉より、あの人の声の方が、ずっと心に響くの」


そんな独り言を呟いた瞬間、スマホが震えた。


『雨夜星夜が配信を開始しました』


「えっ、今!?」


時刻は午前四時。

星夜の配信はいつも夜十時前後。これは異常だ。


りんは布団を蹴り飛ばし、転がるようにスマホをタップした。


画面には、眠たげな星夜のアバター。


「あ、えっと。こんな時間の配信、ごめんなさい。

最近、ネットで変な噂が出てて……僕、Vtuberやめようかなって思ってて」


「やめる?」


りんの心臓が、ドクンと跳ねた。

星夜が――いなくなる?


「冗談です」


星夜は微笑んだ。その笑顔に、息が止まりそうになる。


「実は、新作アニメを見てテンションが上がっちゃって。

登場人物が主人公をずっと応援してるんです。

その純粋さがすごく心に残って。

僕も、あんなふうに応援されたら嬉しいなって思って」


星夜は画面をまっすぐ見つめた。


「だから、皆に言いたい。もし推し活をしているなら、

それってすごく素敵なことなんだ。

その気持ちを大事にしてほしい。

応援があるから、僕たちは明日も頑張れるんです」


りんの目から、涙がこぼれた。


「なんで、朝四時にそんなこと言うの……反則だよ」


コメント欄は騒然。


『星夜くん、朝4時!?』

『推し活最高!』

『寝て! マジで寝て!』


りんは指を動かした。


『星夜くん、朝4時に応援の話をしてくれてありがとう。

君の声を聞くと、頑張ろうって思える』


送信。コメントは流れていく。埋もれる。それでいい。

画面の向こうに届かなくても、確かに想いはそこにある。


――翌日、昼休み。


「あめりん、朝の配信見た?」


速水が駆け寄ってきた。


「見た。泣いた」


「やっぱ見てたか。あれ聞いて思ったんだけどさ――

お前、配信する側になってみたら?」


「は?」


「誰かの推しになるのも、悪くないだろ」


りんの頭の中で何かが弾けた。


「待って。それ、もし私がVtuberになったら……

星夜くんと同じ業界に入れるってこと?」


「いや、そうは言ってないけど」


「星夜くんに会える! リアルで!」


目が輝く。


「速水、これ運命だよ。星夜くんが“推し活を大事に”って言ったのは、

私に“Vtuberになれ”って言ってるんだ!」


「曲解が過ぎるだろ」


「決めた。私、Vtuberになる。星夜くんに会うために!」


りんは立ち上がった。椅子が倒れる。


「そしていつか言うんだ。『実は、私、あなたの推しです』って!」


「それ、ストーカーだぞ」


「違う! 愛だよ!」


その瞬間、飴川りんの人生は確実に動き出した。

午前三時の涙が、すべての始まりだった。

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