君たち、ちゃんと頭を使いなさい、頭を

 何でこんな重大なことに気がつかなかったんだろう? 正直、油断してたとしか言いようがない。


「しまった、料理の問題があった……」

「あん、料理? ユキっち何言ってんだよ、お前いつも作ってんじゃねーか」

「バカ、それはランチメニューだから何とかなってるだけ。問題はディナーだよ、ディナー。ウチのメニュー、一体何種類あると思ってんの?」


 マジックを見せる店としてはあまり名誉なことじゃないかもだけど、この店が何とかお客さんの数を維持できているのは、マスターの料理の腕前によるところが大きいと思う。お酒の種類が豊富なのもさることながら、ココはディナーメニューの種類がファミレス並みに多い。それもトッピングやソースの違いで水増ししてるなんてことじゃなくて、和洋中は基本中の基本、その他世界の民族料理から果ては創作料理に至るまで、凝り性のマスターが次から次へとメニューを増やしていった結果、メニュー表が喫茶店にあるまじき分厚さになってしまったというのだから笑えない。


「――どうしたの、何か困ったことでもあった?」


ひとりで頭を抱えていると、洗い物を終えたぱろ☆さんもホールに入ってきた。


「ねぇ、ぱろ☆さん。夜の部の料理のことなんだけど」

「……やっば。完全に失念してたわ、どうしましょう」

「あのよう、そんな深刻に悩むようなことか? 今日だけメニューを減らせばいいじゃんか」


ハァ……これだから万年ヒモ男は。


「アキヤお前なぁ……簡単に言ってくれるけど、減らしてもなお大変だから困ってるんだろ」

「ヘッ、どういうことよ? あとお前、いまおいらの名誉を踏みにじる想像したろ」

「ボクらは皆、基本あくまでマジシャンであって、調理はほとんどマスターの補助しかしてないだろ。ボクもサンドイッチとかパスタとか、あとカレーとか。そのくらいなら自分だけで作れなくもないけど、はっきり言ってマスターの完成度を再現するのは無理だよ。ぱろ☆さんは?」

「悪いけど、アタシも似たようなものね。ハンバーグ、オムライス……洋食の定番と、あと焼き魚とか。それでも家庭料理の域を出るかと聞かれたら、ノーとしか言えないわ」

「サラッと無視すんじゃねぇ!」


 まぁ幸い(?)何人もお客さんが一気に押し寄せることはないだろうから、1品ずつ着実に作っていけば何とかなる、かな? とにかく実際に調理可能なモノをまとめて、まずは今日限定のメニュー表を作らなきゃなんない。それから冷蔵庫と棚を確認して、足りなそうな材料があったら買出しに行って。あとはお酒だけど、こっちはポニーさんが詳しいはずだから任せれば――ああさっきからナンパ野郎アキヤがウザいな。一応聞いといてやるか。


「ちなみに亜希也、何が作れる?」

「え、おいらかい。自慢じゃねえけど、フライドポテトとチャーハンなら任せときな」

「チャーハンの硬さは?」

「実は案外、ベッチャベチャのベチャな奴が好きでさー」

「はい却下――ポニーさんは?」


ダメ元で訊ねると、ポニーさんはビクッ、と肩を震わせて、それから頬に両手を当ててブルブルと頭を振り出した――この反応は? もしかすると、案外イケる?


「えっ、ポニーさん。実は料理得意だったりします?」


 「……スマン。実はさっき、20人組の団体の予約をオーケーしてしまっタ……」


何してくれちゃってんの、このお馬ーーーーー!?


「お、終わった……いっぺんに20人だなんて、ボクらで捌けるわけがない」

「どうしてこんな日に限って……最低だわ。この店はろくに料理も出せない……低評価の嵐……誰にも惜しまれることなく閉店……アタシのお給料……」

「あのー、お前ら流石にダウナーすぎね?」

「ポニ。ポッニーニ、ポニっ……」


ポニーさん、「スマン。本当にスマン」なんて言われても……ああ。言っても仕方ないとはわかってるけど、こんなときにマスターがいれば。


「マスターに電話してみたけど、出る気配がないわ」

「いちおうメールしとくか……あの人基本ケータイ見ないから、望み薄だとは思うけど――――アレ?」


 ところが何という奇跡だろう(スゴい安っぽい奇跡だけど)、送信してからほとんど待つことなくマスターから返信がきた。


――どうしました?


――20人組の団体さんの予約の

――料理はどうすべきでしょう?


よし、これでよし。絶望の闇の中に一筋の光とはまさにこのことだろう、4人全員がスマホの画面に張り付いた。マスターなら大丈夫のはず。いや正直メールのやり取りだけでは限界があるような気がしないでもないけども、それでもマスターならきっと何とかしてくれるはず……!


――私からお伝えできるのは

――メモに書いた内容だけです

――頭を使いなさい


「千尋の谷に突き落とされたーーー!?」

「お給料……アタシのお給料……」

「ありゃ? コレひょっとしなくても、わりとピンチか?」

「ポニポニポニポニ!!!」


 でも仕方ないか。いくらマスターでも身体がこっちにない以上、手助けなんて無理だろうし。亜希也に限らず、ボクらちょっと仕事を甘くみてたかもしれない。大人しくお客さんに事情を話して、なるべく同じメニューにしてもらうようにお願いするしか……待てよ、頭を使えば?


「いや、何とかなるかもしれないぞ」

「な、何だって!?」

「由紀くん、何とかなるって本当!?」

「ポニポニポニ!?」


「みんな忘れてない? ボクらはマジシャンだろ。だったらメニューの問題だって、マジシャンらしい方法で解決すればいいじゃないか」

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